泥沼化するフランス年金改革 マクロンの「悪手」は何か

泥沼化するフランス年金改革 マクロンの「悪手」は何か
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/29848

『マクロン政権は、3月16日、フランス憲法第49条3項に基づき、年金改革法案を政府の責任で実施する提案を行った。同規定によれば24時間以内に提出された不信任動議が可決されない限り当該法案は採択されたと見なされる。野党側より提出された不信任動議についての投票が20日に行われ、可決に必要な国民議会議員の過半数に9票足りず否決された。

 欧米主要紙は、マクロン政権が国民議会での議決を回避して年金改革法成立を図ったため国内世論が更に強く反発し、フランス政治の混乱が予想される、と論じている。まず、その典型例として、3月19日付の英フィナンシャル・タイムズ紙の社説‘Macron’s pension reform muddle’の要旨をご紹介する。

 マクロンは、フランスの年金制度の改革に賭けている。国民の3分の2が大統領の法案に反対という抗議の声を背景に、少数派の政府は、負けるかもしれない議会の投票を回避することにした。高齢化が進むこの国で、年金不足を解消するためには、制度の改革が必要だ。しかし、マクロン大統領が改革を強行しようとした方法は、大統領とフランスに民主主義の欠落を残す。

 フランスの寛大な年金制度を見直すのは、常に気の遠くなるようなことだった。ストライキは避けられず、マクロンも国民議会の議決を回避できる49条3項を過去10回使っている。法案に対する全国の不満はすでに収まり始めていたこともあり、マクロンは、抗議運動の規模を過小評価していた。

 マクロンは、有権者にも議会議員にも、その政策の必要性を納得させることができなかったが、それは、昨年、議会の過半数を失ってからは欠かせないことであった。ビジョンを強引に押し付ける彼のやり方は、どのようにメリットがあるとしても、彼の最初の任期を台無しにした「黄色いベスト運動」と同様に、不安を不安定化に変える危険性がある。

 フランスが賦課方式の年金制度を見直す必要があり、公共サービスを賄うためにより多くの人々が働く必要がある、とのマクロンの主張は正しい。しかし、政策を押し通すマクロンの手法は、政治的にほとんど理解しがたい。3月11日、上院で必要な票を獲得しており、それを 国民議会の投票に付すべきだった。

 短期的には、ボルヌ首相の将来が不透明であるが、長期的にはもっと大きな問題がある。中道右派の野党・共和党は、長い間、年金改革を支持し、キャンペーンを行ってきた。もし、マクロンが実質的な妥協をしてもなお多数派形成のために彼らをあてにできなかったら、2027年までの大統領職の残りの期間、他の野心についても希望は持てないだろう。

 そうなれば、フランスをより競争力のある国にできたはずの彼のレガシーを危機に晒す。マクロンは、コンセンサスによるトップダウンではないスタイルのフランス政治を公約に掲げた。この改革を強引に進めようとすれば、彼は、結局は弱体化する。

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 3月11日に上院が大差で改革法案を可決した時点で、マクロンは、国民議会でも共和党の賛成を得て余裕を持って承認を得ることができ、歴代政権の長年の懸案を実現し政権基盤を強化する展望が開けたと思ったのだろう。

 しかし、その後の予想以上の世論の反発、特に街頭での抗議活動の盛り上がり、そして選挙区からの圧力により共和党議員から相当数の造反議員が出ることが予見され、マクロンは、憲法49条3項の手続きに切り替えた。』

『野党は、これを民主主義に反する乱暴な措置と非難したが、この手続きは憲法上行政府に与えられた明確な権限であり、国民議会は首相を不信任することでこの法案を拒否することができたが、過半数を得られなかった。国民議会は法案の成立を容認したことになり、手続きは合法でもあり正当でもある。

 だが、元々年金改革に反対が7割近くを占める国民の目には民意を無視するものと受け取られ、野党側は、民主主義に反する暴挙であるとして、20日の不信任決議の審議では、4時間にわたり政府を非難した。不信任案否決後も全国の都市での抗議行動は激しさを増し暴力行為にも発展している。

 野党勢力は、首相辞任、国民投票の実施或いは議会の解散総選挙を要求している。極右や極左は、この機会にマクロンを追い詰めて勢力を伸ばそうと年金改革の是非よりもマクロン政権の姿勢を非難し、国民を煽っており、この問題の政治利用の意図が露わである。

 年金改革は、国民に負担を求めるものなので、フランス人が国家の将来よりも自分の懐を重視するのはやむを得ない面があるが、そこを粘り強く説得し理解を求める慎重な努力が必要であったかもしれない。また、ウクライナ問題に起因する経済的困難の中で無理をすべきではなかったとの指摘もある。
マクロンに必要な多数派の再構築

 現在、抗議行動の鎮静化と体制立て直しがマクロンの緊急の課題であるが、まず、マクロン自身が国民になぜこのような選択をしたか説明する必要がある。年金改革法の撤回や国民投票や議会の解散はあり得ないが、マクロンは、ボルヌ内閣の閣僚のパフォーマンスには必ずしも満足していなかったとの報道もあり、首相を含む内閣の交代の可能性や、年金受給者に有利な何らかの部分的修正や負担軽減措置の検討する意向表明などはあり得よう。

 また、残された4年の任期のために多数派の再構築が必要であり、内閣不信任決議のリスクが常に存在することから共和党への依存が更に深まることになろう。国内情勢次第では欧州連合(EU)における発言力にも影響が出る可能性がある。しかし、外交は、大統領専権事項であることから、マクロンは引き続き積極的関与を続けるであろう。』