民主主義に忍び入る脅威 中朝「工作疑惑」に揺れる韓国
風見鶏
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM271HD0X20C23A3000000/
『ソウルを横断する漢江に浮かぶ水上レストランに2022年末、報道陣が集まった。記者団を呼んだのはこの中華料理店の代表だ。中国が海外に置いた「秘密警察」――。こう韓国メディアに名指しされた店が開いた反論の記者会見だった。
「秘密警察」は中国の警察当局が海外に住む反体制派中国人の監視や強制送還をするための出先機関とされる。韓国聯合ニュースによると店の代表は3時間半にわたり「我々は中国人の帰国を支援する…
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『記者会見で疑惑は収まらなかった。逆に与党内で「怪しい点が一つや二つではない。疑惑が事実なら主権侵害だ」との声が強まった。ソウルの警察当局は3月24日、電光掲示板の不法設置の疑いという名目で関係者の聴取に踏み切った。
中国警察の在外機関はスペインの人権団体が22年、海外に54拠点あるとの報告をまとめて世界に衝撃を与えた。各国政府が調査に動き、日本政府も外交ルートを通じ中国に懸念を伝えた。松野博一官房長官は「実態解明を進める」と表明した。
韓国メディアは「秘密警察の最終的な目標は各国に親中政権を樹立することだ」と指摘する。韓国にいる反体制派中国人の影響力を弱らせ、習近平(シー・ジンピン)指導部寄りの世論工作を進めようとしているとみる。
自国の安全保障に都合の良い世論を各国でつくる「認知戦」の一環だ。
カナダでは過去2回の連邦議会選挙で中国に敵対的とみなした候補を敗北させるキャンペーンがあったと報じられた。トルドー首相が6日、事実確認のため独立した調査官を任命して「われわれの民主主義を強化する」と強調する事態になった。
選挙で指導者を決める民主主義が機能するには有権者が正しい情報を基に自分の意志で投票する環境が不可欠だ。権威主義体制下では不正確な情報や金がばらまかれて民主主義のプロセスがゆがみやすい。
韓国では北朝鮮による工作への警戒も高まっている。国家情報院は1月、労働組合の中核組織である全国民主労働組合総連盟(民主労総)の本部を家宅捜索した。幹部が16年以降、東南アジアで北朝鮮の朝鮮労働党工作員と接触していた疑いがあるという。
2月には南部の済州島で活動する革新系政治団体の幹部らを国家保安法違反で逮捕した。韓国の与党内には北朝鮮がスパイ活動によって韓国の反日感情をあおり、日韓の対立を促しているとの見方がある。
韓国には軍事政権時代、反共の掛け声の下に民主化運動を抑えつけた歴史がある。暗い過去を想起させるスパイ捜査に本来は慎重だが、工作活動が疑われる動きを野放しにもできなくなってきた。
韓国中央情報部(KCIA)に勤務した後、金大中政権で統一相を務めた康仁徳(カン・インドク)氏は最近刊行した回顧録にこう記した。「民主主義を覆す者に対抗するには、誰よりも自由と民主主義に対する強い信念の持ち主にならなければいけない」
24年は台湾総統選と韓国の国会議員選、日本の自民党総裁選、米大統領選などが重なる選挙イヤーだ。指導者を選ぶ手続きの正統性が揺らげば民主主義の危機に直結する。
韓国軍OBで韓国国防外交協会の趙顕珪(チョ・ヒョンギュ)中国センター長は「最大の懸念は見えないことへの私たちの警戒心のなさだ」と話す。まず権威主義国の手法を知ることが民主主義を守る一歩になる。
(安全保障エディター 甲原潤之介)』