台湾の蔡英文総統、中国圧力下の訪米 綱渡りの外交攻勢
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『【台北=中村裕、龍元秀明】訪米中の台湾・蔡英文(ツァイ・インウェン)総統が中国からの圧力下で綱渡りの外交日程を続けている。米国での詳しい予定は非公開を貫き、外遊最大の目的のマッカーシー米下院議長との来週の会談実現まで、事を慎重に運びたい構えだ。中国も台湾前総統の馬英九氏と組み、蔡氏の訪米成果をかき消そうと対抗策に出ている。
蔡氏は訪米2日目の31日(台湾時間)、ニューヨークで米シンクタンクのハドソン研究所の招待を受ける形で授賞式に参加した。ただ講演は非公開で行われ、慎重な対応に終始した。
米台の連携強化をアピールする絶好の見せ場ともみられたが「マッカーシー氏との会談を控え、中国への刺激を避ける配慮があった」(関係者)とされる。
蔡氏は米国をいったん離れ、4月1日から台湾の数少ない外交関係国、中米のグアテマラとベリーズを訪問する。直前に中米ホンジュラスが台湾に断交を通告し、中国と国交を結んだばかり。中国の圧力で蔡氏の4年ぶりの中米外遊も「つなぎ留め外交」の様相が強まった。
計10日間にわたる外遊の最大の山場は、中米からの帰路で経由する米西部カリフォルニア州における5〜6日(台湾時間)の滞在となる。蔡氏はマッカーシー氏の地元で会談。下院中国特別委員会のマイク・ギャラガー委員長らも出席する可能性があるという。
仮に米下院議長との会談が実現すれば、過去30回近くに上る歴代総統の訪米で最高位の人物との接触となる。中国は会談があれば「必ず断固とした反撃をする」とし、直前まで予断を許さない状況だ。
対中強硬派のマッカーシー氏は、1月に下院議長に就いて以降、訪台に意欲をみせてきた。昨夏、当時のペロシ下院議長が訪台した際、中国は軍事演習で猛反発し、台湾社会は混乱した。蔡政権には中国を刺激しすぎだとの見方も増え、昨秋の統一地方選で与党・民主進歩党(民進党)が大敗する一因にもなった。
民進党としてこれ以上の失点を避けるため、マッカーシー氏の訪台に代わって浮上したのが、蔡氏の訪米計画だった。米国での会談なら、中国の過度な反発は避けつつ米台連携のアピールも可能。中国がこの時期なら、過剰な反発には出られないとの読みもあった。
米下院議長は大統領の継承順位が副大統領に次ぐ要職だ(マッカーシー氏)=ロイター
台湾では来年1月に次期総統選を控える。仮に中国が台湾に大きく反発すれば、台湾有権者の投票行動に影響を与え、中国が敵視する蔡氏の民進党を利することになる。
中国にとっては教訓がある。前回、総統選まで1年となった19年1月、再選を狙う蔡氏は支持率が下がり、当選が危ぶまれた。しかし習近平(シー・ジンピン)国家主席が台湾統一に向け、香港に適用した「一国二制度」の受け入れを迫ったことに台湾世論が猛反発。蔡氏の総統選での圧勝につながった。
中台政治に詳しい台湾・東呉大学の左宜恩准教授は「習氏は前回の台湾総統選の失敗から教訓を得た」と指摘する。台湾の蔡明彦・国家安全局長も30日、今回は中国の軍事的反発は「ペロシ氏訪台時ほどになるとは見込んでいない」と語った。
とはいえ中国側も黙っていない。蔡氏の訪米が固まると、親中路線の台湾最大野党である国民党の馬英九・前総統と手を組んだ。台湾総統経験者の初の訪中を実現させ、中台融和路線の演出に一気にかじを切った。
馬氏は30日、中国で台湾政策担当トップを務める宋濤・国務院台湾事務弁公室主任と会談。「(中台)両岸の人々は血縁や言葉、歴史を共有し、同じ中華民族に属する」などと述べた。
馬氏は中台統一志向が強く、16年までの8年間の総統時代、中国との融和や経済発展を大きく進めた自負がある。その土台を蔡氏に壊されたという個人的な思いも強い。
中国は蔡・マッカーシー両氏の会談に対抗し、共産党序列4位の王滬寧(ワン・フーニン)氏など大物と馬氏の会談を実現させる方向で調整が進むとされる。
だが米台も今後「台湾の総統選に向けマッカーシー氏の訪台という最終カードも切るはずだ」と、台湾の専門家は指摘。台湾を巡る米中攻防はさらに激しさを増す。』