英仏はブレグジットの傷を癒すことができるのか

英仏はブレグジットの傷を癒すことができるのか
岡崎研究所
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/29806

『3月10日付の英フィナンシャル・タイムズ紙(FT)は、社説で、英仏首脳会談の開催により、両国が和解に向けて歩み寄ったことを歓迎している。

 3月10日にパリで5年ぶりの英仏首脳会談が開催された。具体的な成果は限られたもので、移民を小型船で英国に密輸する厄介な問題に焦点が当たるだろう。それでも今回の会談は、ブレグジット(英国の欧州連合<EU>離脱)後の関係正常化の歓迎すべき兆しであり、英国と他の欧州諸国、そしてEUとのより広範な関係回復の雛形となる可能性がある。

 和解は、2人が元銀行マンで相性が良いこと、そして英国首相が、北アイルランドとの貿易をめぐるEUとの紛争について融和を選択したことにより加速した。

 スナク英首相は、昨年に過去最高の4万6000人の移民を英国に運んだ危険な小型船問題に取り組む上で、マクロン仏大統領に支援を求めることになる。両国は、協力を深めることに合意するだろうが、マクロンは、英国がフランスに求めている移民に関する「送還協定」は、EU全体と交渉するべきだと主張する。

 しかし、英国にとって、小型船の問題が英仏関係その他を規定することがあってはならない。その1つが安全保障問題である。ウクライナ戦争によって、両国は欧州の安全保障を確保する兵力も装備も足りないことを自覚した。共同調達や競合する次世代戦闘機の相互運用性などを考える上で、EUの軍備計画に英国のメーカーの参入を認めるなど、英国をEUの防衛構想に結びつける事も考えられる。

 エネルギーもまた、安全保障や気候変動に対処するため、英仏が協力できる分野である。フランスの原子力に関する専門知識と英国の再生可能エネルギーにおける補完的な能力は多くの機会を提供する。

 英仏に続いて英独などでも同様の首脳会談が行われることは、欧州と英国の双方にとって利益となる。スナクは、迷いを克服して、EUの科学技術振興策「ホライズン・ヨーロッパ」に参加するなど、EUとの関係を強化するためにウィンザー合意で生まれた勢いを利用するべきだ。

 英国のウクライナ支援はすでに一つの例証であるが、英国は「EUからの離脱に投票したのであって、欧州からの離脱ではない」とのスローガンを実施に移す時が来ている。

  •    *    *  ブレグジット国民投票以降、移民、「AUKUS(オーカス)」潜水艦問題、漁業権などを巡って、揉めていた英仏関係であったが、3月10日のパリにおける首脳会談で、両首脳はあたかも昔からの親友のような親密さを示して、英仏関係が修復されたことを印象付けた。  その背景には、この社説の指摘通り、英国としては、EUからは離脱したが、欧州から排除されることを望んだわけではなく、ウクライナ紛争という欧州にとっての危機的状況があり、直近では、ブレグジットによる北アイルランドとの貿易上の問題が決着したことで、機が熟していたといえる。』

『また、スナクとマクロンが共に投資銀行に勤めた共通の経験があり、政治的にも中道右派で親和性があったことなどが、この和解を容易にしたのではないか。

 EUからは離脱したとはいえ、英国は北大西洋条約機構(NATO)においてEU諸国の重要な同盟国であり、ロシアの侵略攻撃が続く中でウクライナ支援のためのNATOや西側の団結の維持が不可欠であることから、今回の英仏間の和解は極めて明るい話題であり、特にEUとの協力関係を必要とする英国にとって朗報であろう。

 英仏首脳会談では、移民問題が焦点となり、スナクが、フランスが英仏海峡を渡ろうとする難民を阻止する支援に3年間で5億8000万ドルの拠出を表明し、これをマクロンが責任の共有化を示すものと評価した。他方、マクロンは、英国が求める難民をその出発地に送還する協定については、EUと交渉すべきとの立場で応じなかった。

 マクロンは、EUの主権や戦略的自律を強調する一方、安全保障や政治協力ではより広い欧州の枠組みを模索しており、その主要な狙いは英国やEUに非加盟の欧州諸国の取り込みである。また、マクロンにとって、対米関係においても、英仏和解は有益であろう。
英仏間の火種は残る

 もっとも、これで違法移民の流れが止まるとは思えず、引き続き火種は残るであろうし、この社説が推奨しているEUの科学技術振興策である「ホライズン・ヨーロッパ」への参加について、スナクは費用対効果の面で慎重である。

 また、2国間関係を首脳の個人的な関係に頼ることは政権が交代した場合に友好関係が引き継がれないリスクがある。特に、スナクは与党内対策も油断はできないであろう。他方、マクロンは、年金改革で無期限ストに直面しており、これを乗り切る必要がある。

 2国間の和解を持続可能にするように、追加的な法的、政治的枠組みが構築されると共に、この社説が期待するように、英国との和解の動きがドイツやEU諸国全体に波及することが更に望ましい。

 成熟した民主主義国の隣国同士が、懸案事項にも拘らず良好な関係を築くことは喜ばしく、英仏両国が国連安保理事国であり、またG7(主要7カ国)のメンバーであることからもグローバルにも良い影響が出ることを期待したい。』