なぜTikTokは、米議会で真剣に議論され、禁止されようとしているのか?

なぜTikTokは、米議会で真剣に議論され、禁止されようとしているのか?
https://forbesjapan.com/articles/detail/61973

『 米国で、中国発の動画共有アプリ「TikTok(ティックトック)が全面禁止になる可能性が取り沙汰されている。TikTokに仕掛けられたバッグドア(裏口)からユーザーデータに中国政府がアクセスしている可能性があり、安全保障上問題があるというのがその理由だ。

筆者は職業柄TikTokをよく閲覧するのだが、「全面禁止はデマ」であるという日本語の解説動画が、昨年からよく上がっているのを目にしていた。解説動画の主たちはTikTokが禁止されるのは政府職員など公的機関の人々が使う端末のみで、民間では禁止されるわけではないから、早とちりをするなと呼びかけていた。

彼らの主張が受容されたかのように、TikTokは米国でみるみるユーザー数を伸ばしていき、現時点(2023年3月)でのアクティブユーザーは1億5000万人もいるという。実に米国の人口の約半数が使っているということになる。

しかし、その頃からTikTok全面禁止の可能性は確かにあった。米国の政治をよく観察していればわかるのだが、TikTokの全面禁止は「ユーザーデータへのアクセス」という言葉からイメージされる軽いものではなく、その先にある世論操作まで想定されるものだからだ。
トランプの集会へ「空予約」の呼びかけ
TikTokで世論操作など本当にできるのだろうか? その可能性を想像させる事件が、2020年6月に起こっている。当時は、大統領選挙のキャンペーンの真っ最中。トランプ候補の集会が、TikTokユーザーによって空席だらけになるという出来事が発生したのだ。

オクラホマ州で行われるトランプの集会を「空予約しよう」という呼びかけがTikTokで行われた。集会の運営側は100万人以上の予約があったと意気揚々と事前に発表していたのだが、実際には約2万人規模の会場に空席が目立つほどの動員にとどまった。

会場に収容できない人々用にも追加の演説が予定さていたが、当然中止。3カ月ぶりに行われた集会は散々な結果となった。

公平を期すために言えば、トランプ陣営はTikTokによる影響を否定しているし、空予約も適切に排除していると主張している。当時は新型コロナウィルスの感染拡大もいま以上に懸念されていたこともあるし、Kポップファンによるトランプ反対運動が効いたという説もある。

しかしTikTokで空予約の呼びかけが行われて、それがかなり拡散したのは事実である。筆者もその影響は少なくないと考えている。

そしてその3カ月後の9月、意趣返しのように当時大統領であったトランプはTikTokの新規ダウンロード禁止の大統領令を発出した。やはり安全保障上のリスクがあるという理由によるものだ。

結局、TikTok側の異議申し立てを受け、裁判所が大統領令の一時差し止めの判決を下したため、実際には禁止措置は実行されず、その後バイデン政権になり、大統領令そのものが撤回された。』

『「認知戦」と言われる第6の戦争
しかし事ここに至り、再度、全面禁止が取沙汰されている。米中関係の急激な悪化によるものだ。今後「戦争状態」になったら、TikTokを通じて仕掛けられる米国内の混乱に対処するというのはよくわかる話だ。

さらに最近、気になる事件もあった。シリコンバレー銀行破綻に続いた複数の銀行の破綻及び取引停止の連鎖だ。預金者が一気に預金を引き出すことで起こる、いわゆる取り付け騒ぎが破綻のトリガーになったのだが、その原因としてイエレン財務長官も言及したソーシャルメディアでの噂の拡散だ。

例えば、米中が事を構えることになったら、ソーシャルメディアで米国内の金融不安を煽り、火力を用いずして米国社会に破壊的ダメージを与えることも可能だ。

もう少し具体的に言及すると、中国がフェイクニュースを複数作成し、ユーザーデータを用いて各ユーザーの心理に最も響くであろうものを1億人以上の米国民にピンポイントに届け、フェイクニュースを否定するような投稿に関しては届かないように工作するというようなことも想定できる。なんなら、影響力のあるインフルエンサーだけフェイクニュースを仕掛けて、陥れてもいい。

これは各国で真剣に検討されているリスクであり、陸、海、空、情報、宇宙に続く第6の戦場である人間の認知空間を舞台にした「認知戦」と言われるものだ。このようなこれまでの火力以外の争いも含めた現代の戦争をNATOでは「ハイブリッド戦」、中国では「超限戦」と呼んでいる。

つまり、TikTokがどの程度中国政府のコントロール下にあるのかは、国家安全保障の究極である戦争の問題として認識されているのだ。本当に独立している、なんならTikTokが米国政府のコントロール下に入るというところまでやらないと、この問題は解決しないということだ。

もちろん、そのようなことはTikTokも承知していて、用意周到にこのポリティカルリスクに備えていたのだろう。TikTokは米国文化により浸透し、クリエイターとして生計を立てる米国人も増えたので、これを禁止したら、経済に悪影響を与えるという説も言われるようになっていたし、TikTok側はユーザーデータの保護も約束している。

3月23日には周受資(ショウ・ジ・チュウ)CEOが米議会で証言に立ち、TikTokは中国とは既に切り離された米企業であり国家安全保障に悪影響を及ぼさないという主張を行った。
デジタルの技術や文化に明らかに疎い口調でTikTokを追求しようとする米議会議員たちに対し、彼らよりも明らかに20歳から30歳は若く見えるハンサムな周CEOが、5時間にも及ぶ議会公聴会で1人毅然と知的で冷静な返答を行っていく姿は話題になり、TikTokに対するシンパシーや彼自身のファンも生み出した。』

『周CEOは若干40歳。もとから若く見えるアジア系で、スリムということもあり、アメリカでは30代前半、下手したら20代のようにさえ見えるのだろう。

TikTokのメインユーザーはミレニアルやZ世代といった若者であり、公聴会をみていたTikTokユーザーの多くは、ソーシャルメディアに理解を示さず小うるさい話をする頭の固い「老人」たちよりも、自分たちに近くみえるTikTokの若きリーダーに感情移入するものも少なくないであろうことは容易に想像できる。その世代に色濃い、人種差別や外国人差別などマイノリティ差別への反対感情を味方にするという面もあるのだろう。

つまり今後、TikTok側は主に若い世代やユーザーをターゲットにした世論を盛り上げて対抗していくことが想定されているのだろう。周CEOは、たしかに経歴も実績も申し分のないエリートなのだが、立ち振る舞いやルックスなどが世論に与える影響も加味され選ばれたという可能性も高いと筆者は考える。彼がCEOに就任したのは、2021年のことだ。

一方、周氏は全ての質問に対しストレートに答えず、応酬が平行線をたどることも多かったこともあり、結局TikTokと政府の溝は埋まりそうもないという結果になった。筆者の印象としては冷静に真摯に答えているようには見えるが、はっきりと明言しきらなかったことが多いのも事実だ。

この一件で、今後、大統領令ではなく議会で禁止法案が進められるのは確定し、それに対しTikTok側が廃案にするか、骨抜きにするかというロビイングや世論を味方につける活動を行っていくと想像される。』