スイス銀行が抱える闇
https://globalnewsview.org/archives/18334
『ハナフサマユコ Mayuko Hanafusa
2022年4月14日
2022年2月、スイスの銀行大手クレディ・スイスで大規模な内部告発が発生し、ドイツの新聞社南ドイツ新聞に情報が流出した。リークされた情報の中身は30,000人もの顧客の18,000件以上に及ぶ口座リストであり、預金総額は1,000億米ドルを超える。さらに拷問や麻薬取引、マネーロンダリング、汚職、その他重大犯罪に関与していた顧客の存在も明らかとなり、その中には有名な政治家や富裕層が名を連ねていることが判明した。法律上、銀行には、扱う資金が明確で合法的な出所であることを保証する明確な義務がある。そのため本来顧客が犯罪に関与していれば、銀行は取引を一切許可するべきでない。しかし銀行はその義務を果たしてきたとは思えず、一部の口座は現在も開設したままだという怪しい状況だ。
クレディ・スイスはこれまでにも数々のスキャンダルを起こし、何度も罰金を科されてきた。それでも犯罪等によって得られた汚いお金を管理し、利益を獲得し続けてきたのである。なぜこのような状態がまかり通ってきたのだろうか。本記事では、歴史を辿りながらスイスにおける銀行業の実態に迫る。
組織犯罪・汚職報告プロジェクト(OCCRP)のウェブサイト(写真:Hanafusa Mayuko)
目次
金融の中心地としての歴史
犯罪の温床となる訳
今回のリーク
改善へ?
展望
金融の中心地としての歴史
スイスは世界の中でも金融の中心地の1つとして名が挙がる。はじめに、なぜそう認識されるほど銀行業が発展したのか、その歴史を振り返ろう。
遡ること16世紀、ヨーロッパでは各地で宗教改革が行われていた。そのうちの1つであるフランスから、カルヴァン派のユグノーやプロテスタントの難民が、宗教的迫害からの解放を求めてスイスの改革派地域に逃れてきた。難民の中には熟練の職人や商人が多く、彼らは時計製造などの製造業発展に大きく寄与した。そして製品への需要が高まり多くの資本が流入したことで、製造業はスイスにおける経済成長の原動力となっていった。また、宗教戦争が勃発した際スイスは中立を保ったものの、多くのスイス人が傭兵として外国軍に派遣された。その後帰還した傭兵が、派遣先で得た報酬や金品等を安全に保管するために銀行に預けたことによって、さらに多くの資本が流入した。このような資本流入の結果、スイスでは銀行業が発展の道を辿ることとなった。
1713年、ジュネーブ大評議会(※1)にて、銀行家に対して顧客名簿の保管を義務づける一方、市役所の同意がない限り顧客以外の者への情報開示を禁止する法律が制定された。それはフランスの王族たちが、宗派の異なるスイスの銀行と行っていた取引を隠蔽するのを手助けするためであった。この法律制定に伴い、銀行は守秘義務に対する信頼を獲得していく。そうして18世紀後半から19世紀初頭にかけて、市民革命等で政治や社会が混乱する中、ヨーロッパの富裕層は富を蓄える場所を求めてスイスに銀行を設立していった。ここでの銀行はプライベートバンクを意味する。プライベートバンクとは、一定額以上の資産を保有する富裕層の顧客を対象として、資産管理・運用といった総合的なサービスを提供する銀行の形態である。
発展の理由は守秘義務に対する高い信頼性だけではない。スイスは山がちな地形で、金庫の建設に適していた。というのもセキュリティや温度・湿度条件という点において、芸術作品なども含む資産の保管環境として優れていたからだ。また周辺をドイツ等の工業国が囲んでおり、各国市場に向けたサービス提供が可能であった。さらにスイスは1815年にウィーン会議(※2)で永世中立国となり、1848年に連邦国家の成立が認められた。守秘義務に対する高い信頼性に加え、このような地理的条件、そして中立国としての政治的安全性も影響し、金融の中心地へと大きく発展した。
その後はプライベートバンクとしての地位を高めていく。1901年、フランス等で相続税が導入された。スイス銀行はその機会に飛びついて外国資本を呼び込み、フランスの富裕層を惹きつけた。そして次第にスイスはタックスヘイブン(※3)として知られるようになった。スイスはフランスの富裕層にとって絶好の財産の隠し場所となったが、フランス政府にとっては自国の税収減や資本逃避に貢献するスイスへの怒りが高まるばかりだった。そこでフランス警察は、脱税を取り締まることを目的として、1932年にスイス銀行のパリ支店に強制捜査として踏み込んだ。すると、押収したデータから数百人のフランスの富裕層がスイスに秘密口座を持っていることが発覚した。スイスの銀行業界はこの件に対し激怒し、銀行機密を厳しくすることで報復しようと働きかけた。
ドイツでの動きもスイス銀行に影響を与えた。アドルフ・ヒトラー氏が率いるナチス政権は、ユダヤ人を差別し迫害した。それに伴い、ドイツのユダヤ人の多くは、資産の一部を守るために資金をスイスの口座に、貴重品をスイスの貸金庫に預けた。またドイツが中欧や東欧に侵攻してくると、これらの地域に住むユダヤ人も同様に資産を預けた。ところがスイス銀行は、ドイツの政府関係者の資産や彼らがユダヤ人から略奪した金や貴重品をも預かっており、被害者からも加害者からも利益を得ていた。実際に第二次世界戦後、スイス銀行は守秘義務を理由に、ホロコースト(※4)の犠牲者が所有する休眠口座の詳細を公開することに応じず資産を遺族に返却しなかったことが後に問題となった。
銀行機密の必要性を受け、そしてユダヤ人による送金を促進させるために、1934年にスイス政府は銀行法を厳格化した。それは、銀行関係者が外国当局に顧客情報を開示することは犯罪とみなすという内容であった。守秘義務に関する規則をより厳しくしたことで、スイスはプライベートバンクとしての地位を確立していったのである。
クレディ・スイスと刻印された金塊(写真:Marco Verch / CCNULL [CC BY 2.0 DE])
このような状況は戦後も続いた。そして1980年代、スイス銀行は他国からの圧力にさらされるようになった。それはスイスに資産を持つ自国籍の人々から税金を回収しようとしたためである。しかし1984年に行われた、個人情報保護に関する銀行法の緩和を求める国民投票では、投票数の73%を反対票が占め否決された。それ以降もスイスの銀行業務における強い機密保持は伝統として根強く残り、スイスの金融システムは外国の規制当局や税務当局を入り込ませる隙を与えなかった。
犯罪の温床となる訳
顧客の個人情報を徹底して保護する歴史の中で、スイス銀行にはなぜ犯罪等で得られた不正資金が集まるのか。理由を大きく3つに分けて考える。1つ目は秘匿性を利用されるからである。例えば脱税だ。銀行の秘匿性が高いため、外国政府に口座情報共有がされない。また外国側から情報獲得のために捜査することもできない。このような仕組みを利用しスイス銀行に財産を隠すことで脱税をする人が現れるのだ。またマネーロンダリングも同様である。マネーロンダリングとは、犯罪によって得た資産をまるで合法的な手段で得たように見せる行為で、資金洗浄とも呼ばれる。秘匿性が高いことで具体的な取引の流れが見えにくくなるため、資金が合法なものか否か判断し難くなる。
実際に2020年、クレディ・スイスは、ブルガリアのマフィアのためにコカイン取引によるマネーロンダリングを助けたという疑惑に関して、スイスで刑事告発された。クレディ・スイスは、コカインの密輸に関わり有罪判決を受けているブルガリアの元レスラー、エベリン・バネフ氏とその関係者との取引において、スマーフィングを行ったとみている。スマーフィングは、多額の不正資金を預金など取引する際に、報告基準額を超えないよう、少額に分割して取引を複数回行ったり、複数の個人で行ったりするマネーロンダリングの一種の手口である。このようにスイスの金融機関は、秘匿性が高く金銭の流れが見えにくくなることを利用して、犯罪に悪用されやすいのだ。
2つ目は、銀行文化として、犯罪で得られた資産を法律に違反して扱うリスクを取るよう奨励するからだ。収益や銀行員の給料、株主の配当金を最大化するためには、大口の顧客を確保すること及び顧客との関係を継続することが鍵となる。銀行員は厳しい規則に従わなければならないが、それを無視するインセンティブがあるのだ。規則の1つにデューデリジェンスがある。デューデリジェンスとは、顧客がどこから資産を得ているのかをはじめとして顧客を引き受けるリスクを詳細に調査し、評価することである。
スイス紙幣(写真:cosmix / Pixabay)
資産が100万米ドル相当の顧客に対してはデューデリジェンスを非常に徹底しているとされている。しかし、それを上回る超富裕層の口座となると態度が変化すると指摘されている。管理職の者は自身の昇進を求めて威圧的になり、部下に、悪い評価を見て見ぬふりするよう勧めるようだ。銀行員は個人としての刑事責任がほとんど問われないため、犯罪で得られた資産を法律に違反して扱うリスクをとることを優先する場合があるとされている。
3つ目にスイス銀行を監視する体制が不十分であるからだ。スイスには金融セクターの監督機関として金融市場監督機構(FINMA)が存在する。しかしこの機関が有する権力はそれほど強くない。というのも、リスクのある顧客の受け入れに対してFINMAが行えるのは、銀行に警告することくらいである。実際に受け入れるかどうかは最終的に銀行が決めることなので、銀行はリスクをとり続けるのだ。法律上、不正行為に直接関与した場合にのみ、銀行員に制裁を下すことができると決められている。そのためFINMAは銀行員の責任を追及するための証拠集めに苦労し、裁判所は犯罪の責任の所在を銀行員と断定することが困難になる。その結果として「何も知らなかった」という理由で無罪になる事例が多いようだ。
また、課される罰則も弱い。国内外に関わらず悪事が発覚したとしても、銀行が求められる罰金の額は銀行が保有する総資産と比較するとわずかにすぎない。罰則に違法行為に対する強い抑止力がないため、銀行はリスクをとり続ける。銀行はリスクを冒しながら他人の不正な利益から分け前をもらい、その代わりに安全で秘密な財産の隠し場所を提供し、資金をため込むという流れがビジネスモデルとして残存しているのだ。
今回のリーク
では今回のリーク内容は実際どのようなものだったのか、具体的に見ていこう。冒頭でも述べた通り、クレディ・スイスは大規模な内部告発により、ドイツの新聞社に顧客情報が流出した。そして「スイス・シークレット(Suisse Secrets)」と呼ばれるプロジェクトが立ち上げられた。それはドイツの新聞社と組織犯罪・汚職報告プロジェクト(OCCRP)が中心となり、世界中の40以上の報道機関が連携して実施した調査のことである。ただスイス国内の報道機関は参加しなかったという。というのもスイスの銀行法第47条では、スイスのジャーナリストは、プライベートバンクの保有するデータを所持しているだけで刑事訴追、さらに公開しただけで起訴の危険性があるとしているためである。
スイスのチューリッヒに建つクレディ・スイス本社(写真:Roland zh / Wikimedia [CC BY-SA 3.0])
調査の結果、リークされた18,000件以上の口座は、1940年代までさかのぼるものもあったが、3分の2以上は2000年以降に開設されたものであった。しかもその多くは過去10年間も開設されており、一部は現在も開設されている。そして、著名な富裕層や政治家などを初めとして、クレディ・スイスの顧客が重大犯罪に関与していたことも明らかになった。犯罪等で得られた不正資金が預けられていた可能性がある口座には、80億米ドル以上の資産が保有されていたという。比較的最近罪を犯した口座保有者については、2001年に起訴されたセルビア人証券詐欺師、2008年に贈収賄で有罪判決を受けたドイツ企業の社員、フィリピンでの人身売買で2011年に終身刑判決を受けたスウェーデン人がその例である。
今回のリークの影響はクレディ・スイスの信頼性の低下に限らない。欧州議会における最大政党の欧州人民党(EPP)は、欧州連合(EU)のスイスに対する姿勢を見直し、マネーロンダリングを犯すリスクが高い国と認定するかどうかを検討するよう求めた。それはスイスの銀行業界、ひいてはヨーロッパの金融セクターにも負の影響をもたらすとも指摘されている。
改善へ?
前述の通り、第二次世界大戦後、スイス銀行はホロコーストの犠牲者が所有する口座の詳細を公開することに応じず、資産を返却しなかった。その理由は守秘義務であり、死亡診断書を含む書類の提出など、法律で定められた条件を満たせないのであれば口座の詳細を明かせないという態度を示した。ホロコーストという異例の事態を考慮せず、厳格な銀行法に従ったのである。
この問題に対し、世界ユダヤ人会議(WJC)においてスイスがホロコースト犠牲者の預金口座の問題を調査するよう求められたのを機に、その代表者とスイス政府及びスイス銀行間で交渉が行われた。そしてユダヤ人やナチスドイツ政権の財産の保管場所としてスイスがいかに大きな役割を担っていたことが明らかになった。1995年、当時連邦大統領であったカスパー・ヴィリガー氏は、スイスのホロコーストへの加担について、「我が国によるユダヤ人の扱いについて、かなりの罪の重さを感じている」と発言した。これはヨーロッパのユダヤ人に対して、スイスが何らかの形で責任を負うことを公式に認め謝罪する機会となった。そして銀行側がホロコーストの犠牲者と彼らの相続人に対し12億5,000万米ドルの支払いに応じた。
脱税及び租税回避防止に関する取組みに関してOECDが会見を行う様子(写真:OECD Organisation for Economic Co-operation and Development / Flickr [CC BY-NC2.0])
2000年代以降は、金融の透明性を求める声が挙がっている。中でも2007年、銀行大手UBSの銀行員ブラッドリー・ビルケンフェルド氏が、UBSが何千人ものアメリカの富裕層の脱税を手助けしたという情報を自主的にアメリカ当局に提供したことで、状況は一変した。この暴露に対しアメリカはスイスに圧力をかけ、2014年から富裕層の口座保有者の財務秘密を一方的に開示させた。同様のことをEUも行っており、銀行は情報を明らかにしなければ罰則を受けるという義務を負った。
世界各国からスイスが脱税の拠点として認識されるのを防止する策として、2014年にスイスは共通報告基準(CRS)を採択した。CRSとは、口座情報や納税者、報告が必要な金融機関、金融機関が従うべき一般的なデューデリジェンスの手順といった報告基準である。さらに2017年、経済協力開発機構(OECD)は、外国の金融機関に保有する口座を利用した租税回避を防止するために、自動情報交換制度(AEOI)を策定した。AEOIは、金融機関に非居住者の口座がある場合、各国の税務当局を通じ、相手国の政府にその口座情報を報告する制度のことだ。スイスはAEOI導入に署名し、CRSに基づき、また金融口座情報の自動的交換に関する多国間協定(MCAA)の条項に従って、金融情報を他国へ相互提供している。
AEOIに関して、スイス政府は、税務に関する国際自動情報交換に関する条例(AEOIO)及び税務上の国際自動情報交換に関する連邦法(AEOIA)の改正を2021年から発効すると発表した。この改正に伴い、スイスの不動産に投資する外国人に対する監視の目が厳しくなる。不動産のオーナーらは財務情報を共有しなければならず、スイスの金融機関は、税務上有用だと思われる書類の保管義務が課されることになる。しかしデジタル通貨の口座を初めとして、自動的な情報交換の要求事項の対象外となるものもあり、金融の透明性に関する提言すべてがスイス政府に受け入れられたわけではない。また、税収を失っている国の多くはスイスと情報交換に関する合意がまだできていない貧しい国々で、90カ国以上(そのほとんどが低所得国)の富裕層が依然としてスイスの口座に資金を隠している。このシステムの不公平さは、汚職を助長し、低所得国が必要とする税収を奪うことになる。
このように、改善への道を歩んでいるようだが透明性の向上に向けてまだまだ課題は山積みだ。イギリスのNGO団体であるタックス・ジャスティス・ネットワークは、各国の法律や金融システムがどれくらい富裕層の資産隠しや犯罪のマネーロンダリングを可能にするかを指標化し、金融秘密指数として発表している。その金融秘密指数においてスイスは2020年の上位3位を維持している。このことからも、依然としてスイスの銀行機密が高いことは推測できるだろう。
スイスの連邦最高裁判所(写真:Norbert Aepli / Wikimedia [CC BY 3.0])
展望
スイスの銀行業界は大規模な改革を行わなければ、正当な金融機関としての信頼を失うばかりだろう。しかし今回のリークにおいてデータを公開した内部告発者は、銀行が「法的枠組みの中で利益を最大化し、良き資本家であるだけ」であるため、銀行だけが現状を非難されるべきではないと示唆した。すなわち変えるべきなのは犯罪を可能にする法律である。スイス政府が法律を変え、スイス銀行が抱える闇を照らす光となることを願いたい。
※1 スイスは連邦共和制をとっており、複数の州(現在は20の州と6の準州)で構成される。その1つであるジュネーブ州における議会。
※2 オーストリアの首都ウィーンで開催された国際会議。フランス革命やナポレオン戦争後、ヨーロッパの秩序を再建することを目的とした。
※3 課税が完全に免除される或いは著しく軽減される地域で、租税回避地とも呼ばれる。多国籍企業や富裕層は、法人税や源泉徴収税が皆無に等しいタックスヘイブンに資産を移すことで租税を回避する。
※4 第二次世界大戦中、ナチスドイツが実行したユダヤ人大量虐殺のこと。数百万人のユダヤ人を収容所に移送し、そこで特別に開発されたガス施設にて彼らを殺害した。
ライター:Mayuko Hanafusa』