[FT]ドイツ、EUの内燃機関禁止案に急ブレーキ(社説)

[FT]ドイツ、EUの内燃機関禁止案に急ブレーキ(社説)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB122ST0S3A210C2000000/

 ※ EU内の対立軸の一つとして、西部の「低高度国(ベネルックス3国)」vs.「高高度国(仏・独)」というものもある…。

 ※ 「海面上昇・国土浸水の恐怖」に対する国民意識が、全然異なるわけだ…。

『これがまさに自動車関連法案で起きた「衝突事故」というものだろう。2035年までに内燃エンジンを搭載した新車の販売を禁止するという欧州連合(E U)の野心的な計画は、EUの自動車産業をけん引するドイツの反対で土壇場で頓挫した。

この合意は加盟国が昨年合意し、欧州議会も先日承認した。今週、E U閣僚理事会が承認すれば発効するはずだったが、無期限で延期されることになった。法案を人質にして自らの国益を守…

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『法案を人質にして自らの国益を守ろうとする国々にとって、ドイツは「よい」見本を示した。

それだけではなく、この一件は低炭素社会への移行(グリーントランジション)に取り組むドイツ自身とE Uの信頼性をも脅かした。この規制案は50年までにカーボンニュートラル(温暖化ガス排出実質ゼロ)を達成するというEUの目標のカギとなる施策だ。それが今、壁にぶつかってしまった。

気候変動の危機により、化石燃料からクリーンな代替燃料への転換がこれまでにないほどの規模と速さで求められている。それには最大の要因の一つを取り除く必要がある。

環境を汚染する産業での雇用減少など、痛みを伴うトレードオフ(二律背反)は避けられない。自動車産業の場合、状況は厳しい。米フォード・モーターのトップは内燃エンジンを廃止して電気自動車(E V)に切り替えると、雇用が約4割失われる可能性があると考えている。フォードは欧州で3800人の人員削減を発表したばかりだ。

ドイツでは旧来の自動車産業が国内産業全体の売上高の5分の1を占めていることを踏まえると、市民生活が物価高騰で圧迫されている今、政治家がこの業界の雇用確保になぜ熱心なのかは容易に理解できる。

実行されぬ目標にどれほど意味があるか

ただドイツ政府が首を縦に振らなければ、EUの内燃エンジン搭載車の販売禁止案は効力を持たない。フェラーリの本拠地イタリアもドイツを支持している。ポーランドはすでに禁止案への反対を表明ずみで、ブルガリアは採決では棄権すると公言している。

ドイツは欧州委員会に対し、二酸化炭素(CO2)と水素でつくる「e燃料」を使う車は例外とするよう求めている。e燃料は通常のエンジンでも使えるため、ガソリン車メーカーなどにとっては頼みの綱となるかもしれない。しかし、うたわれているような万能薬ではない。高価で効率が悪く、たとえ技術的には気候中立でも、燃やせば化石燃料と同程度の二酸化窒素を排出するからだ。

メーカー側も、バッテリー製造で遅れているとみられる部品大手のボッシュ以外は特にe燃料を推進しているわけではない。独ポルシェは看板車種の「911」には内燃エンジンを使い続けたいと考えている。フェラーリはe燃料の使用を検討中としながらも、まだ正式に取り入れてはいない。

独フォルクスワーゲン、伊フィアット、独メルセデス・ベンツなど、他のドイツやイタリアの自動車メーカーはE Vに将来を賭けており、内燃エンジンの製造を段階的に取りやめる工程表を明らかにしている。

政策の行き詰まりの背景の一つには、3党が連立を組む独ショルツ政権内の対立がある。政治家は生産性と気候変動対策という2つの観点からクリーンエネルギーの開発を優先し、結果的に生じる問題への対処法を見つけなければならない。

EUはクリーンエネルギーの目標設定では世界で主導的役割を果たしているものの、今は目標達成のための具体的な行動と、それに伴う痛みの軽減策に取り組む必要がある。今回の内燃エンジンを巡る混乱でそのことがはっきりした。

E U執行部は実行されない目標にどれほど意味があるかも考えなければならない。フランスは20年以降、加盟国の中で唯一、再生可能エネルギーの目標を達成できていない。だが欧州委はフランスに制裁を科すかどうか、科す場合はどのようにするかをまだ決められずにいる。50年までにカーボンニュートラルに移行するのは生易しいことではない。加盟国は合意した以上、目標の実現に向けて今こそ全力を尽くすことが求められている。

(2023年3月9日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版 https://www.ft.com/)

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小山堅
日本エネルギー経済研究所 専務理事 首席研究員
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ひとこと解説 自動車産業が経済の屋台骨を支えているという点では日本とドイツには共通点があり、今回のドイツの動きはまさに注目に値するものだ。脱炭素化、排出ネットゼロを目指していく道程では、交通部門での排出削減が重要なカギの一つとなる。EVがそこで極めて重要な役割を果たすことは間違いないが、その他の手段・オプションと、様々な角度から包括的にコスト・ベネフィットを検討し。選択していく必要性に世界は気が付き始めているのかもしれない。EV推進と稀少鉱物の関係に伴う経済安全保障問題、雇用と所得を守る経済・産業政策なども含め、総合的・戦略的観点で、脱炭素化のメニューを改めて見直していく動きが現れていく可能性もある。
2023年3月11日 9:30 』