中国仲裁案の裏に独自予測 「ウクライナ侵攻は夏終結」
真相深層
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM036GL0T00C23A3000000/
『ロシアによるウクライナ侵攻から1年がたった2月、中国が独自の仲裁案を公表した。ウクライナ情勢への深入りを避けてきた習近平(シー・ジンピン)指導部が動いた背後には人民解放軍がまとめた予測があった。
「中国は対話と和平の側に立つ」。2月18日、首脳・閣僚級ら200人以上が参加したミュンヘン安全保障会議。中国外交担当トップ、王毅(ワン・イー)氏は仲裁案を近く公表すると語った。
侵攻からちょうど1年とな…
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『侵攻からちょうど1年となる2月24日に発表した仲裁案は早期の停戦や和平交渉の再開を促す12項目の提案からなる。当たり障りのない内容だが、それでも中国の方針転換を印象づけた。
中国は侵攻したロシアを批判せず、対ロ経済制裁にも参加していない。停戦を呼びかけつつも具体的な行動には慎重だった。それが豹変(ひょうへん)した理由はその2カ月前に遡る。
北京市海淀区。19世紀に英仏軍が破壊した円明園の近くに地図に載らない中国最高峰のシンクタンクがある。中国人民解放軍直属の軍事科学院だ。軍の最高意思決定機関、中央軍事委員会への提言や報告が役割でトップは閣僚級が務める。
中国政府関係者によると、軍事科学院は2022年12月にウクライナ情勢を巡るシミュレーションをまとめた。その結果は衝撃的だった。「23年夏ごろにロシア軍が優勢なまま終局に向かう」。ロシア、ウクライナともに経済の疲弊が激しく、夏にも戦争継続が難しくなるとの見立てだ。
「ロシア寄り」の習指導部に聞き心地のよい結果を報告した可能性は拭えない。それでも奇妙に符合するのは、昨年12月に米議会で成立した450億ドル(約6兆円)の支援予算が切れると見込まれるのも夏であることだ。
米下院で多数派を握った共和党の一部議員はウクライナへの巨額支援を疑問視する。日本の首相官邸幹部も「秋以降は米国の支援がどうなるかわからない」と気をもむ。援助額全体の半分を占める米国の支援が止まる前に、停戦協議が動き出すとのシナリオはそれなりに現実味がある。
中国政府は軍事科学院の予測を受けて仲裁案の作成を始め、侵攻1年に間に合わせた。仲裁案では3つの効果を狙う。
まず、欧州との関係修復だ。米国とは偵察気球の撃墜で亀裂が深まり、台湾問題で米国と歩調を合わせる日本とも早期の関係改善は難しい。一方で欧州はウクライナへの武器支援を拡大するが、独仏などに早期停戦を望む声がくすぶる。
中国は「欧州は中国向けの直接投資や技術移転をまだ見込める」と期待しており、関係改善が経済回復にもつながる。中国政府内では「停戦協議の開始前に中国が積極的に関与すべきだ」との意見が優勢になった。
2つ目がウクライナとの友好関係の維持。かつては旧ソ連製の空母をウクライナ経由で買い取り、中国初の空母「遼寧」に改造した。米欧が人権問題を批判してもウクライナは口をつぐんだ。
中国政府関係者は「ロシアと並び、ウクライナも失うわけにはいかない」と話す。仲裁案には「経済復興計画策定」を盛り込み、すでに経済支援策の検討に入った。
3つ目が停戦の「主役」を勝ち取ること。プーチン大統領のロシア訪問の招待に習氏も応じる検討をしている。中国外交筋は「訪ロは早すぎてもいけないし、遅すぎてもいけない」と話す。
習氏にとりプーチン氏に仲裁案を示した後にロシアとウクライナが交渉を始めるのが最良の展開だ。中国が主導して停戦に持ち込んだように演出できれば、米国とも中国とも距離を置く途上国「グローバルサウス」を引き込む契機にもなる。
ウクライナのゼレンスキー大統領は領土奪還へ反転攻勢の構えを崩さず、戦闘長期化の予測も多い。ロシアへの武器供与疑惑で米欧は中国への批判を強めている。
仲裁に失敗すれば習氏の権威に傷がつく。トップに追従、忖度(そんたく)する人が並んだ現・指導部に、複雑な交渉技術や粘り強い胆力を求められる仲裁をやりきれるのか。習政権3期目の実力が早速試される。
(北京=羽田野主)』