欧州が探る「戦争の終わらせ方」 政治秩序の歴史的転換
欧州総局長 赤川省吾
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR263GJ0W3A220C2000000/
『ロシアのウクライナ侵攻から1年がすぎた。ウクライナはもとより欧州諸国のあいだでもロシアへの不信感は拭えず、停戦は遠いとの見方が広がる。それでも戦場となった欧州では「戦争をどう終わらせるか」というシミュレーションが水面下で始まった。これは欧州秩序の歴史的な転換になるかもしれない。
ウクライナの安全保障がカギ
ウクライナの安全保障をどう担保するのか――。それが戦争を終わらせるカギを握ると欧州連合(E…
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『ウクライナの安全保障をどう担保するのか――。それが戦争を終わらせるカギを握ると欧州連合(EU)加盟国の複数の政府高官は語った。ロシアのプーチン大統領はウクライナを「兄弟国」と呼び、ロシアと一体であると主張する。仮に停戦しても再軍備のための時間稼ぎにすぎず、再びウクライナを侵略するかもしれない。野望を封じる仕組みがなければ、ウクライナはとうてい停戦に応じられない。』
『そんなウクライナの心境を欧州は痛いほど知る。フィンランドのハービスト外相に「停戦の定義」を問うと言葉を慎重に選びながら答えた。「もたらされた平和の時期が軍事力の回復に使われてはならない」』
『「目先の平和を考えるだけでなく、長期的な視点でウクライナの防衛力を強化すべきだ」。英首相官邸報道官によるとスナク英首相は2月、ショルツ独首相との会談で語った。』
『再軍備や再侵略を防ぐにはロシアの野心をくじくような「戦後秩序」にするしかない。そこで「停戦」と「戦後の欧州秩序」をセットにした「戦争の終わらせ方」が欧州の政策当局者のあいだで取り沙汰される。』
『まず欧米の支援でウクライナは少なくとも1年前の全面侵略前のラインまでロシア軍を押し戻す。ウクライナに極めて有利な状況で外交交渉に入り、停戦成立後は欧州がウクライナ防衛と復興に全面的に関与する――。そんな案だ。』
『停戦後も欧州はウクライナへの武器供与を続ける。戦闘機などの最新兵器も検討対象に入る。さらに英国、フランス、ドイツ、ポーランドなどが個別にウクライナと軍事同盟を結ぶことが考えられる。北大西洋条約機構(NATO)への加入は難しいが、2国間の合意ならハードルは下がる。
停戦になればEUや主要7カ国(G7)からの膨大な復興資金がウクライナに流れ込み、経済面でもウクライナは欧州と一体になる。「夢物語と思われていたEU加盟が現実味を帯びるかもしれない」との声がEU官僚から漏れる。』
『一方でロシア制裁は停戦後も続ける可能性がある。ロシアがウクライナの一部を占領した形での停戦なら「全面撤退まで制裁継続」という案が浮かぶ。
昨年夏ごろまでは「ロシアを追い詰めるのはよくない」との意見が欧州でも多かった。しかしロシア軍の残虐行為などで極度の不信感が生まれ、対ロシア強硬派の中・東欧勢の発言力が欧州内で強まった。欧州の盟主ドイツもロシアとの断絶を覚悟する。3月初旬に訪米し、バイデン米大統領と会談したショルツ独首相は「必要な限りウクライナを支援する」と公約した。
バイデン米大統領㊨と会談したショルツ独首相はウクライナの支援継続を公約した=ロイター
もはやウクライナとロシアはもとより、欧州とロシアの関係も元通りになりそうにない。これは欧州史の大きな転換点になる。』
『19世紀、ナポレオン戦争後の欧州秩序を決めるウィーン会議に「欧州の大国」としてロシアが参加した。各国の利害が対立し、「会議は踊る、されど進まず」と称されたウィーン会議から200年余り。欧州の政治秩序には常にロシア、そしてソ連がかかわってきた。
20世紀初頭にはロシア、英国、フランスの三国協商が成立し、ドイツに対抗。第2次世界大戦後は共産圏の盟主として東欧諸国を自らの影響下に組み込んだ。』
『もう「ロシアを含めた欧州秩序」はないだろう。プーチン体制が倒れたら、再びロシアは欧州の一部になるのか。 答えはノーだ。ポスト・プーチンが民主的とは限らない。少し前まで対ロシア融和策を掲げていたドイツ与党の重鎮は悲観的だ。
「我々はソ連やロシアの指導者が代わるたびに民主主義に近づくと信じてきた。その対ロシア政策は失敗した。ドイツは歴史から学ばないといけない」』
『欧州から排除されたロシアはどうするのか。ますます東に目を向け、中国との絆を深める。「強権VS民主主義」の構図はウクライナにおける戦争が終わっても続く。』
『肝心の停戦はなお遠い。中国は2月、独自の仲裁案を公表した。だがロシアに寄り添う中国が公平な仲介者として振る舞えるか疑念は残る。
国際機関・欧州安保協力機構(OSCE)も水面下で停戦を働きかける。東アフリカなどでロシアとウクライナの対話を探ったが、双方の溝があまりにも深かったと関係者は明かす。いま停戦を強く促せば「OSCEはロシア寄り」との印象になってしまうとのジレンマもある。』
『ウクライナは欧米から主力戦車の供与を受け、反転攻勢に打って出たい。いま停戦すればロシアの領土占領を追認することになってしまう。クリミア半島を含めた全領土の奪還はウクライナの悲願だ。一方、ロシアは2024年の大統領選を控えて譲歩できない。ウクライナを支える西側諸国の支援疲れや厭戦(えんせん)機運を忍耐強く待つ。』
『戦争は長引きそうだが、「終わらせ方」の模索は始まった。法の支配を軽んじ、民主主義に挑戦するロシアを利する停戦は禍根を残す。将来の台湾有事などをにらみ、日本は民主主義陣営の一員としてロシアに毅然と対峙すべきだ。日米欧の結束がますます大切になる。日本がG7議長国となったこの1年は、そのような歴史的な局面にある。』