「それでも中国が好きだ」 課題残す台湾軍

「それでも中国が好きだ」 課題残す台湾軍
台湾、知られざる素顔①
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『「おかげで中国での商売が駄目になった。レストランは閉め、台湾に帰って出直しだ」
台湾人の50代男性、鄭宗賢(仮名)は最近まで中国に脅されていた。2010年代、台湾軍で幹部を務めた鄭。退役後は「軍幹部OBのお決まりのルート」(軍関係者)に乗り、中国で商売を得た。台湾軍の情報を中国側に提供できるうちは商売は順調だった。

だが次第に行き詰まる。軍を離れ、中国に提供できる情報が減ったからだ。同じ台湾軍に…

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『軍を離れ、中国に提供できる情報が減ったからだ。同じ台湾軍に入隊した息子に情報を頼ったが、息子は応じなかった。

「用無し」となった鄭に、中国は容赦しない。レストランは当局の嫌がらせで閉鎖に追い込まれた。だが鄭は「それでも中国が好きだ。恨みはない」と振り返る。

台湾統一を掲げる中国が実際に軍事侵攻したら――。向き合う台湾軍の事情は複雑だ。

もともと中国がルーツ。49年、国民党軍は共産党軍に敗れ、台湾に逃れた。中国大陸の奪還を誓ったが、夢に終わる。国民党軍は結局、台湾を守る「台湾軍」として衣替えを余儀なくされた。

その屈辱が軍内に強く残る。「我々こそ中国だと、今なお台湾独立に反対する教育が軍内で盛んだ」(軍事専門家)

17万人を抱える台湾軍では将校などの幹部も依然、中国人を親などに持つ中国ルーツの「外省人」が牛耳る旧習が続く。歴代国防部長(大臣)も外省人がほぼ独占する。

「そんな軍が有事で中国と戦えるはずがない。軍幹部の9割ほどは退役後、中国に渡る。軍の情報提供を見返りに金稼ぎし、腐敗が常態化している」(関係者)。鄭もそんな一人だった。

1月初旬。台湾高等検察署(高検)高雄分署は台湾軍の機密情報を中国側に漏らしたとして、元上校(大佐)と現役将校の計4人を拘束した。

2週間後には元立法委員(国会議員)の羅志明と海軍元少将が、台湾高雄地方検察署(地検)に取り調べを受けたことが判明。中国の統一工作などに便宜を図ったとされた。2021年には国防部ナンバー3の副部長(国防次官)の張哲平まで捜査対象となった。

「いまだに中国に協力するスパイが軍に多いことが台湾最大の問題だ」。ある陸軍OBはこう明かす。米国が長年、台湾への武器売却や支援に慎重だったのも中国への情報流出を恐れたためだ。

「私は今日、台湾軍がいかに優れているかを台湾の人にも見せたく、ここに来ました。台湾のみなさん、安心ください」

軍による中国への情報漏洩発覚が続いたさなかの1月13日。総統の蔡英文(ツァイ・インウェン)は、軍事基地がある北部・新竹を視察し、報道陣を前に軍を持ち上げた。

「新たな軍をつくろう」。7年前。蔡は就任早々、軍改革を訴えた。中国の圧力が強まるなかメスを入れなければ、いずれ台湾のアキレス腱(けん)になると踏んだ。この1年間で30回近く軍の現場に足を運んだ。寄り添う姿勢をアピールしたが「軍は終始、中国に強硬な蔡の改革案に抵抗し続けた」(専門家)。蔡は軍を掌握できていない。

「釣魚台(日本名・尖閣諸島)は台湾固有の領土だ」

1月下旬、東部・宜蘭県蘇澳(スーアオ)の漁港を訪れると、こんな標語が目に飛び込んだ。「釣魚台は台湾の領土で、政府の一貫した立場だ」と蔡も語る台湾。マグロの好漁場でもある尖閣まで蘇澳から13時間。「今でも200隻近い船が漁に向かう」と地元漁協の蘇澳区漁会総幹事、陳春生は明かす。

08年、そんな台湾の漁船が尖閣近くで日本の海上保安庁の船と衝突、沈没した。抗議に出た別の台湾漁船は尖閣の領海に侵入、当時の行政院長(首相)の劉兆玄は「開戦も排除しない」と発言した。以来、尖閣では「中台で連携を望む声が絶えない」(関係者)。

かつて台湾軍は国民党軍として中国で日本と戦った。有事を見据え今後、日台連携で中国対抗の絵を描いても「日本と距離を置くあの台湾軍が、いまさら日本と領土防衛で本当に協力できるのか」(軍事専門家)。多くの課題を残す台湾。緊張は日に日に高まっている。

(敬称略)

米国と連携し中国と向き合う台湾。複雑な歴史を抱え、社会は一つにまとまらない。知られざる素顔を追う。

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上野泰也
みずほ証券 チーフマーケットエコノミスト
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貴重な体験談 台湾における本省人(大陸出身者)と本省人(台湾出身者)の微妙な関係を切り口に、台湾軍の実情に迫ろうとしている、非常に興味深い記事。「蔡(英文総統)は軍を掌握できていない」という一文は衝撃的でさえある。米国は台湾に武器を供与しているほか、台湾軍の訓練支援のため派遣している米軍部隊の規模を去年の4倍以上(100~200人)に増やすことを計画と報じられているが、どこかむなしさが漂う。筆者は以前、国共内戦で激戦地になった金門島を訪れたことがある。観光地になっている要塞の長距離砲を据えた砲台では、台湾軍兵士がなごやかに昼食をとっていた。台湾海峡の緊迫感が高まっている現在、雰囲気は変わっているのだろうか。
2023年2月28日 7:55いいね
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柯 隆
東京財団政策研究所 主席研究員
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分析・考察 中国大陸から台湾に移住した台湾人のルールは間違いなく中国である。それは中国のイデオロギーとは無関係である。それに対して、台湾原住民のアイデンティティは台湾である。目下、北京と台湾の対立はある意味では、価値観の違いを巡る争いであり、独立か統一かの問題ではない。というのは中国大陸が民主化し、同じルールのもとで公正に選挙を実施して、当選した人が政治指導者になれれば、対立が簡単に解消されるからである。問題を複雑化させたのは片方だけ民主化しており、もう片方は専制政治を続けながら、統一しようと呼び掛けている。民主化したほうがその呼びかけに応じられない
2023年2月28日 6:42 』