気球が変える対中国観、米国に衝撃 脅威浸透と副作用

気球が変える対中国観、米国に衝撃 脅威浸透と副作用
ワシントン支局 坂口幸裕
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN16E6O0W3A210C2000000/

『2001年の米同時テロ以来の主権侵害――。領空を敵対する中国の偵察気球が飛行する映像は、地理的に遠いアジアの脅威が米国本土に迫る現実を突きつけた。米国に与えた衝撃は世論の対中国観に変化を促し、日本人を含むアジア系移民へのヘイトクライム(憎悪犯罪)を増幅させるリスクをはらむ。

大西洋を臨む米南部サウスカロライナ州マートルビーチ。4日午後、海岸から数マイル離れた沖合上空で米軍が中国の偵察気球を撃ち落…

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『その10日後に現地を訪れると、一時は米軍や情報機関、報道機関などで騒然としていたビーチ周辺は平穏を取り戻していた。

沿岸から気球を見たという地元ホテルに勤務する20歳代男性は「初めて中国の脅威を肌で感じた」という。地元の警察官は「目に見える気球のインパクトは大きかった」と話した。

周辺住民は気球の飛来を機に米軍の哨戒機が増えたように感じている(サウスカロライナ州マートルビーチ)

バイデン政権は軍事・経済など幅広い分野で米国に挑む中国を「現在の国際秩序をつくり替える意思と能力を持つ唯一の競争相手」と位置づける。米国民にも警戒感は高まるものの、対処すべき最優先事項になっておらず政府や議会と温度差がある。

差別を助長したトランプ前大統領
米ギャラップが22年2月に実施した世論調査で「米国への最も重大な脅威は何か」を聞いたところ、トップはサイバーテロ(82%)。北朝鮮の核開発(78%)、イランの核開発(76%)が続き、中国の軍事力は6位(67%)だった。

高さ60メートルほどある偵察気球の飛来は中国の軍事的脅威が身近になり、米国民に浸透した面がある。前駐日大使で野党・共和党のウィリアム・ハガティ上院議員は「01年の同時テロ以降、目に見える最もひどい主権侵害だ。米国の核施設上空を飛行するのをリアルタイムで見たのは衝撃だった」と指摘する。

米世論の嫌中感情は20年から世界に拡大した新型コロナウイルス感染症を機に急速に高まった。トランプ前大統領は「中国ウイルス」と呼び、差別を助長。ニューヨーク市の21年の対アジア系憎悪犯罪は約130件で20年の28件から急増し、西部カリフォルニア州の被害者は20年比で177%増えた。

中期的な米中の相互理解につながる人的交流も細る。国務省によると、21年度の米国から中国への留学生は382人。前年の2481人から85%減り、10年前の38分の1に落ち込んだ。一方、中国から米国への留学生は29万人で10年前より5割増えた。

日本人も襲撃対象になる可能性
元ホワイトハウス高官は「米国人自身が中国への理解や関心を高めなければ対中感情は悪くなる一方だ」とみる。シャーマン国務副長官は「中国への留学希望者を増やす必要がある。アジア系米国人への憎しみを増大させないよう細心の注意を払わなければならない」と語る。

多くの米国民にとって日本人、韓国人も見た目に差はない。中国以外のアジア系移民まで襲撃対象になり得る。米国に住む日本人にとって人ごとでなく、気球飛来でそのおそれが再び高まっている。

対中強硬論が強まる米連邦議会も中国の独裁政権と国民を区別する必要性を認識する。下院共和のマイク・ギャラガー中国特別委員長は「中国共産党と中国国民を混同させないのが重要だ。敵は中国共産党だ」と話す。

マートルビーチでは「客や友人に中国系移民もいる。彼らへの反感が高まらないよう願っている」との声も聞いた。日米の両政府にとって憎悪の連鎖を断ち切る丁寧な取り組みが急務になる。

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青山瑠妙
早稲田大学大学院アジア太平洋研究科 教授
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ひとこと解説 気球問題がアメリカ大衆の中国観を大きく変えたわけではないが、高まる反中感情がアメリカで多発するアジア系住民への嫌がらせ、暴力を助長しているのは確かだ。CNNのLisa Lingなどの著名人が積極的に自分の受けた差別的体験を発信し、「憎悪が憎悪を生む連鎖」を断ち切るために「Stop Asian Hate」運動を広めている。こうした考え方が社会全体に浸透するには長い時間がかかるが、この記事にも書かれているように、政府としての取り組みも必要であろう。
2023年2月27日 7:26いいね
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柯 隆
東京財団政策研究所 主席研究員
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分析・考察 トランプ政権のとき、中国が進めた「中国製造2025」はトランプ大統領を刺激し、中国に対する制裁の直接な原因だった。結局、習政権は仕方なく、「中国製造2025」を言わなくなった。ただし、取り下げたわけではない。今回の気球問題も同じであり、米国を刺激して、習政権自身が窮地に陥ってしまった。このようにみれば、習政権は「戦略なき台頭」を実現しようとしているようにみえる
2023年2月27日 5:41いいね
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