ウクライナ侵攻1年 ロシア、20世紀型大国の落日
変わる世界秩序㊤
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR109CD0Q3A210C2000000/
『【この記事のポイント】
・短期間での政権打倒を想定したロシア、長期化は誤算
・資源や軍事力など「20世紀型大国」の行き詰まり示す
・台湾海峡をめぐる東アジアの安全保障にも影を落とす
ロシアがウクライナへの軍事侵攻を始めて24日で1年となった。短期間での政権打倒と全土の制圧は容易と見誤り、長期化した戦争の現状は20世紀型の大国であるロシアの行き詰まりを示す。侵攻は核抑止の均衡を揺さぶり、台湾海峡をめぐる東…
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『侵攻は核抑止の均衡を揺さぶり、台湾海峡をめぐる東アジアの安全保障にも影を落とす。
「1分前に攻撃ドローン(無人機)が北に飛んでいきました」。ウクライナの首都キーウ(キエフ)近郊に住む20代の学生、パブロさんは民間の技術者が開発したアプリ「ePPO」経由で軍にドローンやミサイルの飛来情報を報告している。
市民の目撃証言とスマートフォンの全地球測位システム(GPS)機能を活用し、情報を収集した軍は限られた撃墜要員や兵器を最適の場所で活用できるようになった。市民の協力を合わせた防空態勢のIT(情報技術)化も奏功し、ミサイル攻撃への迎撃率は昨年10月の5割から8割超に向上した。
「ルールと人間性、予測可能性に基づく世界秩序の未来が決まりつつある」。ウクライナのゼレンスキー大統領は20日、電撃訪問したバイデン米大統領をキーウに迎えた。同日夜、ビデオ演説で改めて西側の支援拡大を呼び掛けた。
2014年に南部クリミア半島を短期間、ほぼ無血で併合した成功体験からロシアはウクライナの軍事能力を過小評価した。だが、東部で続いた対ロ紛争で経験を積み、北大西洋条約機構(NATO)式の戦い方を身につけたウクライナ軍は侵攻当初に陥落が危ぶまれた首都を守り抜いた。
ゼレンスキー氏は亡命の勧めを断り、国内にとどまって国民を鼓舞した。「1年がたち、キーウは持ちこたえている。ウクライナ、民主主義は持ちこたえている」。20日、バイデン氏は簡潔な表現で称賛を送った。
人口で3.3倍、国内総生産(GDP)で9倍のロシアに対し、ウクライナが示してきた高い強靱(きょうじん)性と復元力。支えたのは、独立後の30年で育んできた独自の国民意識、米欧による巨額の軍事・財政支援とデジタル技術の柔軟な活用だ。
米データ解析会社のパランティア・テクノロジーズが提供した人工知能(AI)のソフトウエア「メタコンステレーション」は商業衛星や熱センサー、偵察ドローン、市民からの報告などの膨大なデータを瞬時に解析し、敵の位置情報を把握する。過去の戦闘から「学習」し、東部バフムトなどの激戦地で戦う兵士を支援する。
「ミサイル攻撃を受けても、複数の地下シェルターから職員がリモート管理できるようになった」。西部リビウの電力制御施設の責任者オレグさんは、侵攻後にシステムを改良し、停電防止や早期の復旧につなげていると強調する。
広大な領土、豊富な天然資源、人口と、これらに裏打ちされた軍事・工業力。20世紀後半、第2次大戦に勝利した米国とソ連という2つの超大国は激しい競争を繰り広げた。
「ソ連崩壊は20世紀最大の地政学的悲劇」。ロシアのプーチン大統領は、05年の年次教書演説でこう嘆いた。
冷戦に敗れ解体したソ連、前身の帝政ロシアへの憧憬は偏執に転じ、「我々の歴史的土地」と呼ぶウクライナを取り戻し、帝国の再構築を図ろうとあがく無謀な戦争に及んだ。
規模が物を言った20世紀から、頭脳やネットワークが競争を左右する21世紀へ。ウクライナの健闘は、世界秩序を形作る要因の変化を示す。
「35年までに最大42%減る」。英石油大手BPは1月末に発表した年次報告書で、19年に日量1200万バレルだったロシアの原油生産は減少傾向をたどり、35年に700万バレルまで落ち込む可能性があると指摘した。
主因は、高度な生産技術を持つ米国企業の撤退だ。油田の掘削・運営分野の世界3強はすべて米企業で、ロシアはその技術に深く依存してきた。侵攻後に3社は事業の停止や縮小を決定。技術的な理由から減産は時間の問題になっている。
ロシアは脱炭素の潮流を自らの手で加速させた。天然ガス供給の遮断など、エネルギーを武器化したことで、最大の顧客だった欧州連合(EU)は脱ロシアにかじを切った。世界各国は経済のグリーン化を推し進める。
資源国ロシアの落日は、サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)など中東の産油国にとっても人ごとではない。強権体制を支える石油・ガス収入の急減は体制に混乱をもたらしかねないからだ。
冷戦後の国際社会をけん引してきた米国もまた国外では中国の挑戦に、国内では社会の深い分断に直面し、指導力に衰えがみえる。きしむ世界の現実は新しい秩序への波乱に満ちた道のりを映し出している。
(ウクライナ西部リビウ=田中孝幸)
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諸富徹
京都大学大学院経済学研究科 教授
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分析・考察 多くの示唆に富む記事だ。1年前、ウクライナのこれほどの大健闘を誰が想像できただろうか。物量と資源で劣勢でも、最新技術を活用して物事にあたる「個」の力を育成し、それらをネットワーク化して全体を最適化できれば、十分に大国に対抗しうることをウクライナは証明した。他方、ロシアは「個」の力が弱く、ネットワーク化もされていないため、「全体」の下に「個」が犠牲になりがちだ。結果、物量と資源が豊富でも、それを生かした全体最適が実現できない。最先端技術を活用した末端からトップへのフィードバック・システムが効かないため、トップが誤った判断を下せば修正できず、何度も同じ過ちを繰り返すトップダウン型の弊害も顕著だ。
2023年2月23日 19:39 (2023年2月23日 19:56更新)
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伊藤さゆり
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 研究理事
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別の視点 軍事侵攻開始から1年。
ロシアへの制裁とウクライナ支援を継続する西側、とりわけエネルギーをロシアに依存してきた欧州にとっても、政策の優先順位の変更、エネルギーや経済も含めた安全保障の優先化を急遽迫られる激動の1年だった。
ロシア制裁、ウクライナ支援での西側、EUの結束は、おそらくプーチン大統領の想定を上回るものだったろう。
ウクライナ侵攻は、西側にとって、中国の抑止、中国リスクの削減のための供給網の再構築の必要性を再認識する契機ともなった。
しかし、安全保障と異なり、経済面では米欧は競合関係にある。規制強化、補助金による戦略産業の誘致合戦はフレンドショアリングの難しさを浮き彫りにしつつある。
2023年2月23日 20:59いいね
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