【解説】 開戦1年、ウクライナでプーチン氏の戦争は失敗したのか ロシアは何を求めている
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-64700796



『2023年2月20日
ポール・カービー、BBCニュース
Ukrainian troops in Bakhmut
画像提供, BBC/Goktay Koraltan
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ロシア軍が猛攻を続ける東部バフムートを防衛するウクライナ兵
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が2022年2月24日に兵20万人をウクライナに送り込んだ時、数日もすれば首都キーウを制圧し、ウクライナ政府を倒せるはずだと、間違った思い込みをしていた。
屈辱的な後退が相次ぐ状況で、その当初の侵略計画が失敗したのは明らかだ。しかし、ロシアはまだ戦争に負けたわけではない。
プーチン氏の当初の目標は
ロシアによるウクライナ侵攻は、第2次世界大戦以降の欧州で最大規模の侵略戦争で、1300万人以上のウクライナ人が国内外への避難を余儀なくされているが、プーチン大統領はいまだにこれを「特別軍事作戦」と呼ぶ。
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2月24日にウクライナの北部、南部、東部へ兵を派遣したプーチン氏は、目標は「ウクライナの非軍事化と非ナチス化」だと自国民に説明した。ウクライナ政府に8年にわたり威圧され、ジェノサイド(大量虐殺)行為を繰り返されてきた現地の人々を保護することが、目的なのだと。こうした主張はいずれも、客観的証拠の裏付けがない。大統領はこのほか、北大西洋条約機構(NATO)がウクライナに足掛かりを得るのを防ぐことも目的の一つに挙げていた。加えて、ウクライナの中立確保も、目的に付け加えられた。
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プーチン氏、ウクライナ東部2地域の「独立」承認 現代の皇帝のように
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プーチン氏は公言こそしていないが、ロシアにとって特に優先順位が高かったのは、ウクライナ国民が選挙で選んだ大統領を失脚させることだった。ウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、「敵は私を標的その1に、家族を標的その2に指定した」と述べた。大統領顧問によると、ロシア軍は2度にわたり、首都キーウの大統領府を急襲しようとした。
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「私たちはここにいる、独立を守る」 首都からウクライナ大統領が政府幹部と(2022年2月25日)
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「ウクライナのナチスがジェノサイドをしている」というロシアの主張に、整合性はついぞなかった。しかし、ロシア国営リア・ノヴォスチ通信は4月初めの論考で、「非ナチス化とはすなわち、否応なく、非ウクライナ化でもある」と書いた。つまり、ロシアの目標は現代ウクライナ国家の抹消だというわけだ。
ロシアの大統領はもう何年も前からウクライナについて、独自の国家ではないと主張してきた。2021年7月に発表した長文では、9世紀末にさかのぼり「ロシア人とウクライナ人はひとつの民だった」と論じた。
プーチン氏の主張の変化
侵攻開始から1カ月たつころには、ロシアの戦役が予定通りに進んでいないのは明らかだった。プーチン氏は「第一段階」の完了を宣言し、その野望を劇的に縮小してみせた。ロシア軍はキーウとチェルニヒウの周辺から後退し、北東部で勢力を再編した。戦争の主な目標は「ドンバス解放」にすり替えられた。「ドンバス」とは、ウクライナの東部ルハンスクとドネツク両州にまたがる工業地帯を漠然と指す。
ロシア軍はさらに9月初めには北東部ハルキウ州から、11月には南部ヘルソンからも撤退した。ロシアの目標は変わっていないものの、ほとんど実現できずにいる。
そして9月21日、プーチン大統領はウクライナをめぐり国民向けのビデオ演説で「部分的な動員令」の発動を宣言した。ロシア国防省は、軍務経験がある予備役約30万人を段階的に招集すると明らかにした。しかしこの発表を受けて、戦争がいよいよ身近に迫ったロシア人の多くが、次々と国を逃れた。
劣勢に立たされたプーチン氏は9月30日、ウクライナ東部と南部の4州を一方的にロシアに併合すると宣言した。東部のルハンスクとドネツク、そして南部のヘルソンとザポリッジャの各州がその対象だったが、いずれもロシアの支配は部分的にしか及んでいなかった。それでもプーチン氏は、4州は「永遠にロシア」だと宣言した。
Vladimir Putin speaks to crowds in Moscow, with the words “Together forever” at the top of the screen.
画像提供, Getty Images
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併合宣言を祝うコンサート会場では、スクリーンの上に「永遠に一緒」の文字が表示された(9月30日、モスクワ)
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今では、長さ850キロにわたる戦線で消耗戦が続いている。ロシア側の勝利は珍しく、勝っても小規模だ。あっという間に終わるはずの軍事作戦が、今では長期化した戦争となった。そして西側諸国の首脳は、ウクライナがこの戦争に勝たなくてはならないと、意を固めている。ウクライナの中立確保など、現実的な可能性ではとっくになくなっている。
プーチン氏は昨年12月、「長引くプロセスになるかもしれない」と述べつつ、「軍事紛争の円盤を回し続ける」ことがロシアの目標ではなく、戦いを終わらせることこそ目標だと述べた。
プーチン氏はこれまでに何を達成したのか
プーチン大統領が主張できる最大の成果は、ロシアからクリミアまで陸路を確保したことだろう。2014年にロシアが違法に併合したクリミア半島まで、以前はケルチ海峡にかけた橋を利用しなくてはならなかったが、今では陸路でクリミアに行き来できる。
ウクライナ南部のマリウポリやメリトポリといった都市を制圧したことで、ロシアはこの陸路を確保した。これをプーチン氏は「ロシアにとって重要な結果」と呼んでいる。ケルチ海峡内のアゾフ海は「ロシアの内海になった」とプーチン氏は宣言し、ロシア帝国のピョートル大帝にさえできなかったことだと指摘した。
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失敗したのか?
クリミアへの陸の回廊を奪取したことを除けば、ロシアが一方的に引き起こした戦争はロシア自らと、その相手となった国に、悲惨な流血の事態をもたらした。これまでのところ、ロシア軍がいかに残虐で能力が低いかを露呈した以外、成果と呼べるほどのものはほとんどない。
マリウポリなどの都市は廃墟と化し、キーウ近郊ブチャなどでは民間人に対する戦争犯罪の詳細が明らかになっている。こうした事態を受けて、ロシア国家そのものが、国家的なジェノサイド(民族虐殺)を画策・扇動したと糾弾する第三者報告も出ている。
しかし、ロシアの弱さを何よりも明るみに出したのは、相次ぐ戦場での失態だった。
昨年11月にロシア兵3万人が南西部ヘルソンからドニプロ川の対岸へ後退したのは、戦略的な失敗だった
開戦直後にキーウ近くで全長64キロの装甲車列が立ち往生したのは、補給上の失敗だった
東部ドネツク州マキイウカで新年早々、動員間もない兵士がウクライナのミサイル攻撃で大勢死亡したのは、情報活動の失敗だった
昨年4月に黒海艦隊の旗艦モスクワが沈没したのは、防衛上の失敗だった。同様に、昨年10月にケルチ海峡大橋が攻撃され、数週間も閉鎖を余儀なくされたのも、防衛上の失敗だった
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クリミアとロシアを結ぶ唯一の橋、爆発の瞬間
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ロシアは西側に対して、ウクライナに武器を提供しないよう、再三警告しているが、西側は構わずウクライナを支援し続けている。むしろ、「必要な限りずっと」支援し続けると、欧米諸国は繰り返している。
この結果、ウクライナは攻撃力に優れたハイマース(高機動ロケット砲システム)を入手した。さらに、ドイツ製のレオパルト2戦車の供与約束もとりつけている。
しかし、この戦争は終わっていない。ドンバスをめぐる攻防は続く。ロシアは今年に入り、東部ソレダルの街を制圧し、東部バフムートも抑えようとしている。バフムートを掌握し、さらに西の主要都市への足がかりにして、昨年秋に失った地域を再び奪おうというもくろみだ。
プーチン・ウォッチャーたちは、大統領が昨年4月に併合を宣言した4州すべてを支配しようとするはずだと見ている。そこにはドンバス地域だけでなく、主要都市ザポリッジャも含まれる。
必要となれば、プーチン氏は動員対象を拡大し、戦争を引き延ばすこともできる。ロシアは核保有国だ。そして、プーチン氏は必要となれば核兵器を使ってロシアを守り、すでに占領したウクライナの領土にしがみつく用意があると、その姿勢を示している。
「ロシアと国民を守るため、我々は持てるあらゆる手段を使う。これは、はったりではない」と、プーチン氏は昨年9月の時点で警告している。
ウクライナ政府はこれに加えて、隣国モルドヴァについても、ロシアがその欧州寄り政権を転覆しようとしているとみている。親ロ派が実効支配するモルドヴァ東部トランスニストリア地域には、ロシア軍が駐留している。
プーチン氏の立場は弱くなったのか?
70歳になったプーチン氏は、ロシア軍の失敗から距離を置こうとしている。しかし、少なくともロシア国外では、その権威は完全に失墜しており、大統領が国外に出ることはほとんどなくなった。
国内では、ロシア経済は表向きは西側の相次ぐ経済制裁にも耐えたかのように見える。しかし、財政赤字は急拡大し、石油と天然ガスの売り上げは激減している。
こうした中でロシア国民がどれだけプーチン氏を支持しているのか、実態を把握するのはきわめて困難だ。
ロシアで政府に異を唱えるのは、きわめて危険な行為だ。ロシア軍に関する「偽情報」を広めたとされれば、誰でも刑務所に入れられる。ロシア政府に反対しようとする人は、国外に逃れたか、あるいは野党指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏のように、投獄されている。
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SNSで反戦表明し、自宅軟禁に……ロシアの大学生
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ウクライナ、西側へシフト
この戦争の発端となったのは2013年のことだ。欧州連合(EU)との政治経済関係を強化する「連合協定」をウクライナが結ぶかどうかという事態の渦中、ロシア政府は協定締結をやめるようウィクトル・ヤヌコヴィッチ大統領(当時)を説得した。
これにウクライナ国民の多くが大いに反発し、大規模なデモが続いた。ヤヌコヴィッチ氏は失脚してロシアへ亡命。ロシアは2014年2月にクリミア半島を併合し、ウクライナ東部の領土を奪った。
その8年後にロシアの今回の侵略が始まってから4カ月後、EUはウクライナに加盟候補国の立場を与えた。ウクライナ政府は、加盟手続きを加速するよう強く求めている。
プーチン氏は、ウクライナのNATO加盟も何としても阻止しようとした。しかし、NATOの東方拡大が今回の戦争の原因だと非難するその言い分は、事実と異なる。
開戦前にウクライナは、NATOに加盟しないとする暫定合意をロシアと交わしていたと言われている。そればかりか昨年3月の時点でゼレンスキー大統領は、ウクライナを非同盟・非核化の国にすると発言。「(NATO加盟は)できないと聞いている。これが事実で、認識しなければならない」と述べていた。
戦争はNATOのせいなのか?
NATO加盟国は、ウクライナの防衛を支援するため、防空システムやミサイルシステム、大砲やドローンを相次ぎ提供した。これがロシアの侵略を押し返してきた。
しかし、この戦争が起きたのはNATOのせいではない。むしろ、スウェーデンとフィンランドが正式に加盟申請したのは、ロシアのウクライナ侵攻のせいだった。
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この戦争はNATOの東方拡大のせいだというロシアの言い分は、欧州ではある程度、受け入れられている。開戦前にプーチン大統領はNATOに、1997年の状態に戻るよう要求し、中欧、東欧、バルト半島から軍備を引き上げるよう求めた。
プーチン氏の目線からすると、西側は1990年にNATOは「1インチたりとも東へ」拡大しないと約束したにもかかわらず、東へどんどん拡大してきたということになる。
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「NATOは我々をだました」 プーチン氏、恒例の年末記者会見で不満あらわに(2021年12月)
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しかしそれはソ連が崩壊する前の話で、当時のソ連大統領ミハイル・ゴルバチョフ氏への約束は単に、ドイツ再統一の文脈から、東ドイツに限定された内容のものだった。
ゴルバチョフ氏はのちに、当時「NATO拡大の話題はまったく協議に上らなかった」と述べている。
対するNATO側は、ロシアが2014年に違法にクリミアを併合するまでは、東欧に部隊を派遣するつもりなどなかったと反論している。
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スウェーデンとフィンランド、正式にNATO加盟申請
(英語記事 Has Putin’s war failed and what does Russia want?)』