習近平氏が慄く「ロシアと同類」の制裁、米の危険な脅し

習近平氏が慄く「ロシアと同類」の制裁、米の危険な脅し
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK1904K0Z10C23A2000000/

『(中国国家主席の)習近平が今、本当に慄(おのの)くのは、世界が注視した米戦闘機による中国気球の撃墜問題ではない。それは、次元の違う対中国制裁に道を開く米バイデン政権による事実上の『テロ支援国家指定』に近い措置の検討だ」

米大統領のバイデンが電撃的にウクライナ・キーウ(キエフ)を訪問する直前、奥深い米中のつながりに詳しい外交・安全保障関係者が、ドイツ・ミュンヘンでの「米中気球協議」に至る裏事情を…

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『中国の外交トップ、王毅(ワン・イー)と米国務長官のブリンケンの接触に関する独自の解説は、双方の発表とも全く違っており、興味深い。

テロ支援国家指定に匹敵する対中制裁も

中国が公式にテロ支援国家に指定されなくても、それに準じる扱いになれば、イラン、北朝鮮、シリアなどと同じ範疇(はんちゅう)の国家というレッテルを貼られてしまう。米中関係は、間違いなく衝突一歩手前の危険な状態に陥る。

電撃的にウクライナ・キーウ入りしたバイデン米大統領と、ウクライナのゼレンスキー大統領(20日)=ロイター

中国側が、ブリンケンとの協議について「会談」と発表せず、あくまで「非公式接触」と言い張った裏には、米国への強い不信感が見え隠れする。それでも、いわゆる「偵察気球」を米領空に侵入させてしまった負い目のある中国は、話し合いに応じるしかなかった。
中国として、従来ならありえない厳しい制裁を受ける可能性まで真剣に念頭に置かざるを得ない理由がある。それは今回の外交トップ会談で、ブリンケンが予告なく使った明確な脅し文句が象徴している。

「ウクライナに残忍な戦争を仕掛けているロシアに対して、中国が物質的に支援し、体系的な制裁回避に協力している事実がある場合の影響と結果について警告した」

この言葉は、見た目以上に重い。今回の米中外交トップ会談で、互いに本当に確かめたかったのは、単なる気球問題ではなかった。1年が経過しようとしているロシアのウクライナ侵攻問題への対処そのものだった、ということになる。

18日、ドイツ南部ミュンヘンで開催中のミュンヘン安全保障会議に登壇した中国外交トップの王毅氏=ロイター

危険な駆け引きの実相をつまびらかにしたのが、ブリンケンの補足説明だ。米主要テレビに相次ぎ出演し「中国がロシアに殺傷力のある支援を検討しているとの情報がある。これは深刻な問題だと共有するのが重要だった」と明かしている。

一方でブリンケンは「中国はまだ一線を越えていない」とも語り、バイデンが言及した将来の首脳協議などもにらみ、交渉の余地を残した。いわば「寸止め」である。殺傷力のある対ロシア支援の中身については「武器提供を含む様々な支援があり得る」と述べている。

問題は、ブリンケンがトルコでの記者会見で、王毅に直接、懸念を伝えたことに関して「ロシアに殺傷力のある武器を提供すれば、どんな結果を招くか、中国は理解したと思う」と明言したことだ。中国が理解した内容こそが、テロ支援国家指定に匹敵する対中制裁発動の検討を意味する。

欧州議会は既にロシアをテロ支援国家と認定する決議を賛成多数で採択済みだ。これはロシア非難の姿勢を明確にするもので、法的拘束力を持たない。一方、米国は、テロ支援国家指定とは違う従来の枠組みで厳しいロシア制裁を実行している。

もしバイデン政権が、今後中国に対してテロ支援国家指定に近い制裁を行うなら、ロシアと中国をほぼ「同類」として扱うことになる。「中ロは同じ穴のむじな」になりかねないのだ。

逆に強気で脅し返した中国側

米領空を侵犯した気球が自国のものと認めた中国は、バイデンの命令でF22戦闘機がそれを撃墜した直後、米側に強く抗議している。当事者は対米外交を担う中国の外務次官、謝鋒だ。このとき中国側は、バイデン政権の対中制裁強化に関する意図を察知したうえで、米側に裏であるメッセージを送っていた。

ある別の関係者は、最高指導部の意向を示すこのメッセージに関して「(気球問題を契機に)バイデン政権がこれ以上の対中制裁措置に踏み込めば、ウクライナ問題の解決で米側に一定の配慮をすることも不可能になる」という含意だったと解説する。

見方を変えれば、中国側は、ウクライナ問題で四苦八苦するバイデンの足元を見透かし、逆に脅しをかけようとした。我々が考える以上に強気の姿勢ともいえる。

膠着するウクライナ問題で中国から協力がほしければ、半導体のサプライチェーン(供給網)問題で日本やオランダまで巻き込んだ対中包囲、供給制限にまで踏み込む措置を直ちに放棄せよ――。

中国の逆攻勢は、来年に迫る米大統領選挙をにらみ、ウクライナ問題で明確な成果が欲しいバイデンには必ず効果がある、と見込んだものだった。このように、極めて複雑な米中の駆け引きに、ミュンヘンでの米中気球協議が利用されたのは間違いない。

これに関連し、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは、中国からロシアに輸出される半導体など電子部品と原材料の規模が大きく増加したと報じた。米側は、中国が裏で供給する軍民両用の部品、原材料こそが、非殺傷性ながら武器に準じるものだ、と考えている。

日本も完全な当事者 
  
この問題では、日本も完全な当事者である。中国気球による領空侵犯とみられる事象が確認された問題と同じく、ロシア支援が絡む対中制裁の検討という問題でも日本は早急な対処を迫られている。

握手する林外相(左)と中国の王毅氏(18日、ドイツ・ミュンヘン、外務省提供)=共同

一連の事態を深刻に受け止めている中国は、王毅がミュンヘンで外相の林芳正と会談し、日本にこう迫った。「(ワンサイドに偏った)一方主義、デカップリング(分断)は、いずれの利害にも合致せず、日本側は状況を認識し、独立自主的な選択をすべきである」

日中の経済関係を単独で考えれば、分断は望ましくない。それははっきりしている。だが、ウクライナ問題から台湾問題、東シナ海問題、南シナ海問題に至る厳しい安保環境を頭に入れるなら話は別だ。

「戦狼外交」といわれる強硬姿勢をとってきた中国側が、まず緊張緩和に道筋をつける必要がある。しかも、それは明確な意思表示でなければならない。中国の「偵察気球」が頻繁に日本領空を侵犯する危うい状況のなか、日本企業は安心して中国でビジネスを展開できない。

2022年2月4日、北京五輪の開幕に際し、習は、孤立を深めていたロシアの大統領、プーチンを北京に招き、会談した。中国側は対ロ関係について「制限のない友好」と表現した。プーチンは、これをもって中国から強い支持を得たという雰囲気を醸し出しながら、同24日、ウクライナへの全面侵攻に踏み切ったのだ。

ウクライナ侵攻に先立つ2022年2月4日、北京で会談した習氏㊨とプーチン・ロシア大統領=AP

この経緯から、事実とは少しずれた形で「中ロは軍事、外交の両面で結託している」という印象が世界に流布された。中国の国際的なイメージも大きく毀損されることになった。
ところが、習自身はプーチンとの「盟友関係」にも配慮して、あえてこれを全面否定してこなかった。今に至っても態度は曖昧である。そのツケといえるのが、現在の厳しい米中関係だ。

焦点は習氏のロシア公式訪問

バイデンは20日、電撃的なキーウ訪問によって、米国がウクライナと共にあるという強いメッセージを送った。ウクライナ侵攻1年の今、一方の習はいかなる声を世界に発信するのだろうか。

近く習がロシアを公式訪問するとの観測も強まっている。プーチンが昨年末、習と電話協議した際、ロシア国営メディアは、春の習訪問の準備に触れたプーチンの言葉を紹介したうえで、「ロシアと中国の軍隊の交流強化をめざす」と語ったとも伝えた。

中ロが今後も軍事・安保面で手を切らず、協力も強化するなら、バイデン政権が「中ロは同類」と見なす厳しい措置を中国にとる可能性は十分にある。事態は予断を許さない。(敬称略)

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中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。』