インド陸軍が日本で共同演習 世界にとっても重要な理由
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『長尾 賢 (米ハドソン研究所 研究員)
先月、インド空軍が日本に来て演習をしたばかりだが、今月17日、インド陸軍も日本に来て、日印共同演習「ダルマ・ガーディアン」を実施する。この演習がなぜ重要なのか、3つの観点から、指摘することにした。実は、この演習は、より戦略的な意味で、とても重要なのである。
日本の陸上自衛隊とインド陸軍の共同演習「ダルマ・ガーディアン」が日本で行われる(朝雲新聞/時事通信フォト)
「ダルマ・ガーディアン」とは
そもそも「ダルマ・ガーディアン」とは、何だろうか。これは2017年に日印間で合意され、18年、19年、21年と継続して行われてきた陸上自衛隊とインド陸軍、それを支援する航空自衛隊とインド空軍を含めた共同演習のことである。
これまで3回は、常に日本側がインドへ行き、演習を行ってきた。今回初めて、日本で行われる。
訓練内容は、対テロである。インドは、過去70年、テロや反乱の問題を抱え、その対応に追われてきた。特に、パキスタンが、インド国力を削ぐためにイスラム過激派を支援する、いわゆる「千の傷戦略(テロによって小さな傷を千つければ、強い相手も弱くなるという戦略)」を採用してからは、イスラム過激派のテロに長期に悩まされたのである。
結果、インドには世界屈指の対テロ作戦のノウハウが蓄積されていて、世界中の国がインドへ学びに行く。そこで、日印の陸上部隊で、そのノウハウを共有し合うことになったのである。
直接的には、北朝鮮や、中国、ロシアも、日本に特殊部隊を潜入させてきて、市街地でテロを行ったり、要人を暗殺したりするかもしれない。または国連平和維持活動(PKO)に参加した時、日本もテロや反乱に遭うかもしれない。そういったとき役立つものである。』
『真の狙いは中国対策
ただ、この「ダルマ・ガーディアン」は、単に対テロ、反乱演習とは言えない側面がある。それは、少なくともインド側の態度からみてとれる。例えば、初めて「ダルマ・ガーディアン」が行われた18年、インド側が用意した講演者が、インド第17軍団長だったことだ。
第17軍団は、対テロ、反乱を担当する部隊ではない。第17軍団は、新しい部隊で、9万人規模、中国が侵略してきた際には、大型輸送機やヘリコプターで移動し、チベットや新疆ウイグル自治区へ反撃に出る、空中機動軍団とも呼ばれる部隊である。歩兵だけでなく、大砲などの重火器も皆、輸送機やヘリコプターで運ぶ。そのための超軽量火砲M777と、その誘導砲弾を米国から購入している部隊だ。
M777は、米国がウクライナに援助した最新武器として、日本でもニュースになったこともある火砲だ。命中率がとても高い。
つまり、国家を相手にする部隊で、対テロ・反乱部隊ではない。だから、日印共同訓練の目的が対テロだけならば、第17軍団長が講演者というのは意味不明である。対中国のための共同訓練を兼ねたものとみていい。
そもそも対テロや災害救援、という演題は、使いやすいものである。対テロとか災害救援といえば、他の国々が怖がらない、というより中国を刺激しないからだ。実際に、インドには、中国を刺激するべきではない論理的理由がある。インドは日米豪印による枠組み「QUAD(クアッド)」の中では唯一、実際に中国の襲撃を受け、戦わざるをえなくなり、死傷者を出しているからだ。
その背景には、QUADでは、インドが最も中国のターゲットになりやすい事情がある。QUADの中では、日米豪は、中国と陸上で接してはいない。攻撃する場合も海を越えた先にいて、遠いのである。一方、インドは陸上でつながっているから、攻撃しやすい。
さらに、日米豪は、条約で結ばれた正式な同盟国だ。インドは違う。中国がQUADを1カ国ずつ切り崩して離間させたければ、最初のターゲットはインドである。インドで攻撃して、事件を起こし、インドに迫る。「QUADはインドを助けに来ない。損だぞ。QUADなんて、やめてしまえ」と、いうわけである。
このような環境の中で、インドの取るべき道ははっきりしている。「QUADは軍事同盟ではない」と言いながら、実際には、QUAD各国と防衛協力するのである。日印共同演習が、QUADではなく2国間で行われているのも、対テロを名目としながら実際に共同演習を実施するのも、そういった考えが背景にある。本音と建て前である。
拡大するQUADの「戦場」
ただ、今回の日印共同演習を含め、QUAD各国が行っている共同演習をみると、QUADの担当分野が広がっていることがわかる。QUADはもともと、海洋における安全保障協力を中心に議論されてきた。だから、日印の共同演習も、海上自衛隊とインド海軍の演習が最初である。しかし、中国の方は、海洋だけに進出しているわけではない。
印中国境における中国による侵入事件数と、これを中国公船による尖閣周辺の接続水域への侵入事件と比較すると、図1のようになる。つまり、両方とも、12年に侵入事件数が増加し、その後、横ばい、19年に再び増加しているのだ。中国は、何らかの事情で、日本とインドの両方に対して侵入事件をエスカレートさせているのである。
(出所)インドメディアの資料、海上保安庁の発表資料から筆者作成 写真を拡大
だから、中国対策をめぐって協力するならば、日本とインドは、そして米国も、陸海空全体で、総合的に対応しなければならない。だから、昔は海洋中心だった米印共同演習も、最近は印中国境で行うのが増えているのだ。』
『昨年8月には事実上の印中国境から200キロメートル、11~12月にかけては100キロメートルの場所で、米印共同演習が実施された。日本も、海上自衛隊とインド海軍だけでなく、先月は航空自衛隊とインド空軍が、今月は陸上自衛隊とインド陸軍が、共同演習をするのである。
QUADが協力すれば、中国は、日本向け、印中国境向け、予算を分けて使わなければならない。中国が日本や台湾だけを念頭に予算を集中できないように、または、中国が印中国境だけに集中して予算を投入することがないように、日本とインドは、米国や豪州と共に、協力すべきなのである。
G20とG7議長国にとっても役割
今回の陸上自衛隊とインド陸軍の演習は、その重要なステップだ。ぜひ継続し、改善し、日印の連携、QUADの連携を強化すべきだ。今後は、印中国境のように、山岳や冬季戦などの訓練内容にしたり、サイバー部隊、AI関連の兵器を使った訓練(両国は軍事用無人車両を共同開発中)、情報共有の手順などに関する共同訓練などに拡大していくことも考えられる。
両国が保有するCH-47のような大型輸送ヘリコプターの数を増やすなど、装備品を共通のものにして、相互の連携をとりやすくすることもあり得る。武器の輸出入や供与、共同調達も進めるべきだ。
最近発表された国際通貨基金(IMF)の予測では、22年、インドの経済成長率は6.8%。中国は3%であった。インドは台頭している。インドは今年、20カ国・地域首脳会議(G20)の議長国でもある。だから、日本は主要7カ国(G7)のゲストとして、モディ首相を日本に呼ぶかもしれない。
最近行われた日印協会120周年記念レセプションには、岸田文雄首相が参加している。今年は、日本にとっても、インドにとっても、そして米国や豪州にとっても、重要な年になるだろう。
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