日銀総裁なぜ辞退? 雨宮正佳副総裁の2つの信念
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『政府は日銀の黒田東彦総裁の後任に、経済学者である植田和男元審議委員を指名する人事を固めた。サプライズの人選となった理由は、本命とされた雨宮正佳副総裁が最後まで政府の打診を固辞したことにある。そこには植田氏起用にもつながる雨宮氏の2つの信念があった。
雨宮氏「私は適任ではない」
「(報じられている通りなら)次期体制は理想的な布陣になったんじゃないか?」。植田氏らを起用する日銀人事が報じられた10日…
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『ある関係者が雨宮氏に連絡をとると、そんな朗らかな声が返ってきたという。
雨宮氏は20年を超える長期緩和の制度設計を一手に担った「日銀のプリンス」。次期総裁の筆頭候補で、政府も同氏に総裁ポストを打診。長く調整作業が続けられてきた。
ところが雨宮氏は最後の最後まで固辞。人事の国会提示が迫る2月10日になって、植田氏の起用が固まった。なぜ雨宮氏は総裁ポストを固辞し続けたのか。そして、なぜ経済学者である植田氏に白羽の矢がたったのか。
日銀の雨宮副総裁は最後まで総裁ポストを辞退し続けた
「日銀の次期体制は長い金融緩和の点検と修正が求められる。私は緩和政策を実行してきた当事者中の当事者であり、客観的に公正な見直し作業ができるとは思えない」。雨宮氏が総裁ポストを固辞した一つの理由はこれだ。
確かに雨宮氏は、2001年の量的緩和から10年の包括緩和、さらには13年の異次元緩和、16年のマイナス金利政策まで、あらゆる実験的な金融政策の設計を主導してきた。長期緩和の点検作業は、雨宮氏が繰り出した一連の施策の自己批判でもある。
ただ、政府関係者らは「長期緩和のすべてを知るからこそ、その点検と修正もできるのでは」と雨宮氏を説得し続けた。雨宮氏は政府や市場関係者とのパイプも太く、異次元緩和からの出口を描く際の「対話力」で右に出る人物はいない。それでも雨宮氏は総裁ポストを辞退した。
実は雨宮氏にはもう一つの強い信念があった。「中央銀行のトップ人事の世界標準は、もはや中銀マンの内部昇格や官界からの登用などではない」
米連邦準備理事会(FRB)議長には後にノーベル経済学賞を受賞するバーナンキ氏や労働経済学者であるイエレン氏が起用され、欧州中央銀行(ECB)もドラギ前総裁は米マサチューセッツ工科大(MIT)出身のエコノミスト。中央銀行の首脳会議は単なる金融政策を語る場ではなく、複雑なマクロ経済分析を披露する場ですらある。
アジアをみても、中国人民銀行の易綱総裁は米イリノイ大で博士号を取得した経済学者であり、李昌鏞(イ・チャンヨン)韓国銀行総裁も米ハーバード大で経済学を学んでアジア開発銀行(ADB)チーフエコノミストなどを歴任している。世界の主要中銀では日銀と財務省(大蔵省)のたすき掛けのようなトップ人事はありえない。
主流派経済学者との長い闘い
政府は最終的に次期総裁に植田氏を起用する人事を固めたが、背景には雨宮氏の「世界的な経済学者を登用すべきだ」という一貫した主張があった。植田氏のMIT留学時代の指導教官は、世界の中銀の理論的支柱であるスタンレー・フィッシャー氏(FRB元副議長)。バーナンキ氏もドラギ氏も、フィッシャー氏の教え子である。
雨宮氏が総裁ポストを固辞した2つの主張は「きれい事すぎるのでは」と、うがった見方も残るだろう。同氏には難作業である異次元緩和の出口から「逃げ出した」との批判すら出るかもしれない。
それでも中央銀行と経済学界の融合を求める雨宮氏の信念は強かった。1990年代後半からの日銀のデフレとの闘いは、米国を中心とする主流派経済学者との闘いでもあったからだ。
2000年前後の日銀は、バーナンキ氏やポール・クルーグマン氏ら主流派経済学者から「日本がデフレから脱却できないのは、日銀がインフレ目標も設定せず、大量の資金供給もしないからだ」などと手厳しい批判を浴びた。その主張は日本の政界の日銀批判に発展して、雨宮氏ら日銀執行部は深く苦悩することになる。
逆にクルーグマン氏はECBのドラギ総裁(当時)を「現代における最も偉大な中央銀行家」などと持ち上げた。中銀にとって最も大事なことは世間の信認だ。その評価を左右する著名経済学者の理解がなければ、金融政策はスムーズに進んでいかない。黒田体制での異次元緩和は、米国の主流派経済学者の主張をそっくり採り入れて始まった。
もっとも「大量の資金供給でインフレ期待に働きかける」という異次元緩和の理論はうまく機能せず、バーナンキ氏もクルーグマン氏も今ではかつての日銀批判を修正している。現在のパウエルFRB議長とラガルドECB総裁は、ともに法律専門家でありエコノミストではない。08年の金融危機を予見できなかった主流派経済学者は力を落としており、米欧中銀にはエコノミスト偏重の組織運営に見直し機運がある。
雨宮氏は現在67歳。5年後の日銀総裁人事では、また雨宮氏の名前が有力候補として挙がるだろう。そのときに中央銀行のトップ人事の世界標準がまた変わっていれば、次こそ「雨宮日銀」の誕生が現実味を帯びる。
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村上芽
日本総合研究所創発戦略センター シニアスペシャリスト
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別の視点中央銀行のトップ人事の世界標準、というフレーズから思いつくのは、文中にはありませんがマーク・カーニー氏です。民間投資銀出身で、2008-13年までカナダ銀行総裁、2013‐20年までイングランド銀行総裁、そしてその間、「金融安定と気候変動」に焦点をあて、いまのTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の生みの親です。イングランド銀行総裁の時に、化石燃料への投資が「座礁」するリスクについて警鐘を鳴らしたスピーチは印象的でした。日銀の総裁にもそういう顔を(いずれ)期待したいです。
2023年2月13日 8:16いいね
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上野泰也
みずほ証券 チーフマーケットエコノミスト
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別の視点副総裁として黒田路線にコミットしすぎており政策の改革に適任でないと自分で考えること(日銀OBの強い批判も意識しているかもしれない)、アカデミックなバックグラウンドのある人が日本でも中央銀行総裁になるべきだという強い信念に加え、趣味人としてこのあたりで自由な時間が欲しいという思いも、雨宮氏の心中にあるのではないかと、勝手に推測している。政策当局のトップになると、自由な時間はますます限られるだろう。日経ヴェリタスの元旦号に掲載された清水功哉編集員のコラムには、「『自由な身』になったら、やりたいことは色々あるよ」との数年前の雨宮氏の言葉が紹介されていた。ワークライフバランスは、偉い方でも重要である。
2023年2月13日 8:36いいね
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柯 隆
東京財団政策研究所 主席研究員
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ひとこと解説中央銀行総裁と聞いてなりたい人がいっぱいいるはず。なりたくないといって断る人は皆無ではないが、多くはない。今の経済状況をみて、だれが総裁になっても、尻拭いは簡単なことではない。単なるゼロ金利を続けるならば、総裁を変える意味はない。金融政策の柔軟性を高めるのは経済を正常化する重要な措置である。しかし、拙速に利上げすると、経済は失速してしまう恐れがある。いずれにせよ、雨宮氏の冷静さを褒めたい
2023年2月13日 7:36 』