煮え切らない中国、焦るプーチン 露中経済関係の実情
服部倫卓 (北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター教授)
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/29339





『今を去ること約1年前、2022年2月4日の北京冬季オリンピック開会式には、30ヵ国ほどの国家元首が出席したと言われている。その中で、明らかにV.プーチン・ロシア大統領は別格の大物であった。欧米日等が外交的ボイコットを実施する中で、曲がりなりにも大国であるロシアの出席を得たことは、中国としても最低限の面目を保った形であった。
2018年8月、モスクワのモーターショーに出品された中国車HAVAL(筆者撮影)
プーチン訪中の機会を捉え、習近平国家主席との首脳会談が開催された。会談後に出された共同声明には、「北大西洋条約機構(NATO)をこれ以上拡大しないことなどを法的に保証するよう、ロシアが米国などに求めていることについて、中国側は共感し、支持する」との文言があった。むろん、ロシア側も、「『1つの中国』の原則を改めて支持するとともに、台湾を中国の不可分の領土と確認し、いかなる形の『台湾の独立』にも反対する」と、中国の国益への最大限の配慮を示してみせた。
このように、北京五輪の際には、露中がお互いの中核的国益を擁護し合っていた。国際場裏において両国が共同戦線を張っていることを、強く印象付けた。
それからほどなくして、プーチン・ロシアは2月24日に、ウクライナへの軍事侵攻に踏み切った。欧米とは決定的に対立し、網羅的な制裁を科せられた。それでは、こうした難局でロシアは、当初期待したような支援を中国から受けられているだろうか? 今回のコラムでは、経済面から、露中関係の実情を考察してみたい。
輸出入とも確かに拡大
ウクライナへの軍事侵攻開始後、ロシアは貿易統計を国家機密扱いとし、一切公表しなくなった。したがって、露中貿易の動向を知るには、中国側の統計を紐解くしかない。
図1は、中国の貿易統計にもとづき、2021~22年の中国の対ロシア輸出入額を、月別に跡付けたものである。実は22年2月の開戦ショックで対露輸出が落ち込んだのは、中国も同じであった。
(出所)中国の貿易統計にもとづき筆者作成(以下図3まで同じ) 写真を拡大
中国は対露制裁に加わらなかったものの、送金や輸送の不確実性が大きすぎ、多くの中国企業が出荷を見合わせたからだった。ようやく7月くらいから対露輸出が上向くようになった。一方、対露輸入は、侵攻直後の3月から増加に転じ、年間を通じて高い水準を維持した。
結局、22年の中国の対ロシア輸出は761億ドルで、前年比12.7%増であった。対ロシア輸入は1141億ドルで、前年比43.9%増であった。確かに、国際的なロシア包囲網が形成される中で、中国は悪目立ちしている。しかし、中身を見ると、若干印象が変わってくる。』
『図2は、中国の対露輸出の商品構成を、21年と22年とで比較したものである。なお、図中でたとえば「84.機械・設備」とあるのは、国際的に用いられている商品分類のHSコードにおける第84類の商品であることを意味する。図2を見ると、主要品目の輸出で、目立って伸びているのは自動車くらいであり、他の品目の拡大はそれほど顕著ではない。
自動車に関して言えば、22年にChery(奇瑞汽車)、Haval(哈弗)、Geely(吉利汽車)などの中国車がロシア市場で大幅な販売拡大に成功したことは事実である。ロシアの乗用車販売市場に占める中国ブランド車のシェアは同年、18.1%にまで拡大した。ただ、これは欧米日韓のブランドがロシアから撤退したため、消去法的に中国車が選択されたものである。
先進国に制裁の包囲網を敷かれたロシアは、電子部品、とりわけ半導体の不足に苦しむことになった。注目されたのは、中国が抜け穴となり、ロシア向けの電子部品供給を拡大するのではないかという点であった。
電子部品はHSコードでは第85類に分類される。図2を見ると、2022年に中国はロシアへの第85類の輸出をむしろ減らしている。今のところより詳細なデータが得られないので、断言はできないが、中国がロシア向けに電子部品輸出を大幅に増やした様子は見られない。
写真を拡大
ハイテク分野で象徴的だったのは、中国の通信機器大手・ファーウェイの対応である。先進諸国の制裁で、ロシアにおける通信機器確保に不安が広がる中で、ファーウェイは22年末をもってロシアにおけるBtoB事業を打ち切ったのである。中国は対ロシア制裁に加わっていないにもかかわらず、ファーウェイは二次制裁の懸念などから自主的にロシアへの通信機器供給から手を引いた形であった。
もっとも、米ウォール・ストリート・ジャーナルが今般報じたように、中国企業が水面下でロシアに軍需部品、汎用品を供給しているとの疑いは否定できず、それには第三国経由の輸出も含まれる可能性がある。今回のコラムで筆者は、公開された中露二国間の貿易統計から一次的な考察を試みたが、本格的な実態解明にはより多角的で精緻な分析が求められる。
一方、中国の対露輸入の商品構造を21年と22年とで比べたのが、図3である。そもそも、中国の対露輸入は大部分が第27類エネルギーから成り、22年の輸入総額の急拡大をもたらしたのもまたエネルギーだったことが分かる。22年には、ロシアからのエネルギー輸入が59.5%も伸びたのに対し、エネルギー以外の品目は11.6%しか伸びなかった。
写真を拡大
バーゲン価格で石油を買った中国
このように、22年の中国の対露輸入増は、ほぼエネルギー輸入増に尽きると言って過言でない。
ロシアがウクライナ侵攻を開始すると、米国はすぐにロシアからの石油輸入を禁止し、欧州もロシア石油からの脱却を打ち出した。行き場を失った石油のはけ口となったのが、インド市場と並んで、中国市場であった。
中国もロシアによる侵攻開始当初は、あからさまにロシアを支援しているように見られて自国の国営石油大手が制裁を食らうのを恐れ、ロシアからの石油購入を見合わせたようだ。しかし、しばらくすると、対応を変えた。ロシアのウラル原油は国際価格から1バレル当たり30ドルほどもディスカウントされて売られるようになり、中国としても価格の安さに抗えなかったのだ。』
『中国によるロシア原油のタンカー輸入は、21年には日量80万バレル、22年第1四半期には75万バレルだったが、それが5月には過去最高レベルの110万バレルに跳ね上がった。これ以外にも、元々中国は東シベリア太平洋(ESPO)パイプラインを通じて日量80万バレル程度の原油を輸入しており、両者を合わせると最盛期には日量200万バレル近くの石油がロシアから中国に向かうこととなった。
結局、22年通年では、中国によるロシア産原油の輸入は8625万トンに上り(日量172万バレルに相当)、前年から8%拡大した。首位となったサウジアラビアの8749万トン(日量175万バレル)に次いで、ロシアは僅差の2位となった。
ロシアから中国向けには、19年12月に天然ガスパイプライン「シベリアの力」が稼働し、それを利用したガス輸出が年々拡大してきている。輸出量は、22年に155億立法メートルとなり、ロシアのパイプラインガス輸出全体の15%ほどを占めるまでになっている。
このほか、22年にはロシアから中国への石炭および液化天然ガス(LNG)の輸出も顕著に拡大した。
「シベリアの力2」は正式決定せず
22年には、石油だけでなく天然ガスについても、ロシアは主力の欧州連合(EU)向けの輸出を激減させた。問題は、中国がそれに代わる市場になれるかであるが、タンカーによる海上輸送が可能な石油に比べて、液化しない限りパイプラインで運ぶしかないガスは、市場シフトの難易度がはるかに高い。
露中が「シベリアの力」で合意しているピーク時の供給量は、年間380億立法メートルである。これまでその供給源はサハ共和国のチャヤンダ・ガス田のみであったが、22年12月にイルクーツク州のコビクタ・ガス田もこれに加わり、380億立法メートル達成に一歩近づいた。また、22年2月のプーチン訪中の際に、さらに100億立法メートルを追加で供給する旨の契約が結ばれたが、本件は供給源のサハリン沖のガス田が米国による制裁の対象となっており、先行きが不透明である。
いずれにしても、ロシアの主力ガス産地は西シベリアのヤマロ・ネネツ自治管区であり、そこからアジア方向へのパイプラインを新規建設しない限り、ロシア産天然ガスの本格的な東方シフトは不可能だ。ロシアはヤマロ・ネネツから中国に至る「シベリアの力2」という新パイプラインを検討中で、年間500億立法メートルの輸送能力を予定している。
ただ、本件は経由国となるモンゴルとは合意済みだが、肝心の中国はまだ最終的なゴーサインを出していない。おそらくロシアとしては、22年9月にウラジオストクで開催した「東方経済フォーラム」でシベリアの力2合意をぶち上げ、「ロシアは欧州ガス市場なしでもやっていける」とアピールしたかったのではないか。しかし、出席した中国共産党ナンバー3の栗戦書全国人民代表大会常務委員長は、本件につき明言を避けた。』
『ロシアが息を吹き返す唯一のシナリオは……
22年12月30日にプーチン大統領と習近平国家主席のリモート首脳会談があった。その席でプーチンは、22年の露中貿易は25%ほど伸びており、このペースで行けば24年までに往復2000億ドルの貿易額を達成するという目標を前倒しで実現できそうだと、手応えを口にした。
しかし、上で見たとおり、22年の露中貿易の拡大は、国際石油価格が高騰する中で、中国が割安になったロシア産原油を積極的に買い増したという要因にほぼ尽きると言っていい。シベリアの力2をめぐる駆け引きに見るように、中国はプーチン・ロシアに救いの手を差し伸べているわけではなく、経済協力を進めるにしても、自国にとっての利益を最優先している。
このように頼みの中国が積極的に支えてくれないとなると、筆者が以前のコラム「プーチンによる侵略戦争はいつ終わるのか」、「2023年ロシア経済を待ち受ける残酷物語」で論じたように、ロシア経済が中長期的に衰退に向かうことは、やはり不可避であろう。
ただし、一部で警鐘が鳴らされているとおり、もしも近いうちに中国が台湾に軍事侵攻するような事態となれば、話はまったく違ってくる。その場合、中国はロシアとのより強固な同盟関係を構築するはずなので、経済面で相互補完性の強い中露が支え合って、ロシアが息を吹き返す可能性が出てくる。』