中国資本工場でストから暴動 中国人とインドネシア人が対立

中国資本工場でストから暴動 中国人とインドネシア人が対立、死者2名ほか多数が負傷
https://news.yahoo.co.jp/articles/042f22cd62733f1deec67097c699e27d9dc2d253

『背景には「民族」対立に加え労働者と会社経営側という「階層」の対立も──

インドネシアの中国資本の工場で起きた暴動の様子

インドネシア・スラウェシ島にある中国資本のニッケル精錬工場で1月14日に労働争議が発生し、2人が死亡し多数が負傷。うち9人が重傷を負い病院で手当てを受けているという。【大塚智彦】

【動画】中国人とインドネシア人労働者の暴動

地元警察や軍が出動して治安は回復したものの警察は71人を拘束して捜査を進めている。
工場では多くの中国人労働者が働いており、警察はインドネシア人労働者と中国人労働者の対立が争議の背景にあるとみているほか、政府も事態を重視して近く関係者を現地に派遣するなど、徹底した真相解明を進める事態となっている。

現地からの報道などによると1月14日午前に中スラウェシ州東部北モロワリ県にある中国とインドネシアの合弁ニッケル精錬工場「ガンバスター・ニッケル・インダストリー社(GNI)」の労働者側の労働環境改善、安全対策徹底などを求める交渉が決裂し、労働者数百人がストライキに入った。

同日午後、スト参加の労働者が参加せずに働いている労働者に対してスト参加を呼びかけていたところなんらかの理由で騒乱状態に発展。スト参加者らが工場内の車両や重機などに次々と放火したり社員寮を破壊したりするなどの大規模な暴力行為に発展した。

この騒動でインドネシア人と中国人の労働者各1人が死亡した。

<中国人との対立煽る動画も>

事態を鎮静化するために警察官と軍人約550人が展開して事態は収拾し、精錬工場は16日に操業を再開している。

16日に首都ジャカルタで会見したリストヨ・シギット・プラボウォ国家警察長官によるとストライキに参加を呼びかける過程でインドネシア人労働者が中国人労働者に殴られたとの流言が伝わったことから騒乱になったとの情報があるとしている。

SNS上にはインドネシア人が中国人に殴打される動画がアップされているというが、警察では「民族間の対立を扇動する目的のフェイクニュースではないか」とみている。

騒乱の直接の原因について各種の情報が入り乱れているが、警察は「スト不参加者に参加を求める過程で対立が生じた可能性がもっとも高い」として拘束者71人の中の17人を破壊行為容疑の重要参考人として慎重に捜査していることを明らかにしている。

GNI精錬工場では過去1年間に爆発事故や重機の事故など死者がでる保安上のトラブルが起きており、労働者側が会社に対して安全確保、労働条件改善などを求める交渉を続けてきたという。』

『中国企業を積極的に誘致

中スラウェシ州の北モロワリ県やモロワリ県では地元産業の活性化と労働者雇用促進を打ち出し、積極的に中国からの投資を促し、中国企業を誘致している。

今回労働争議が起きたGNIは2015年に着工され、2021年から精錬を開始。年間180万トンの精製能力を有している。

建設には中国から約27億ドルが投資されたといわれ、約1100人のインドネシア人労働者のほか、約1300人の外国人労働者が働いており、うち約1000人が中国人労働者という。

インドネシア政府は2014年から未加工の鉱石などの輸出禁止政策を打ち出したことから銅やニッケルなどの鉱石を精錬する工場建設プロジェクトが増え、中国企業・中国人労働者が北モロワリ県などに集中し始めた。このため2018年には地元にモロワリ空港も開港、中国からの渡航が楽になった。

モロワリ県では精錬工場の工業団地建設が計画されているほか、2019年以降EV用バッテリー素材工場の建設計画も進んでおり、中国からの投資総額は43億ドルに上っている。

<警戒する民族間の憎悪助長>

インドネシアでは触れることが忌避されるタブーとして「SARA」というものがあり政治・社会・文化の隅々に浸透している。「SARA」はインドネシア語の「民族、宗教、人種、階層」という言葉の頭文字を並べたもので、この「SARA」に関わる対立、差別は治安維持上からも危険とみなされることが多い。

今回のGNIでの労働争議から発展した騒乱はインドネシア人と中国人という「民族」の対立と労働者と会社経営側という「階層」の対立という要素が絡み合って起きた可能性がある。在インドネシア中国大使館も「卑劣な事件を非難する」とコメントをだして暴力行使への反対を表明した。

このような状況で国家警察長官が会見して「犠牲者の家族に哀悼の意」をわざわざ示したのは「SARA」に配慮して社会不安への影響を最小限に留めたいとの意向が反映しているといえる。』