ロシアによるウクライナ侵攻の経済学(その1) – 防衛研究所

ロシアによるウクライナ侵攻の経済学(その1) – 防衛研究所
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 ※ .pdfなんで、テキスト抽出したものを貼っておく…。

『NIDS コメンタリー第216号
1
2022 年 2 月 24 日の早朝に突如として始まったロシアによるウクライナ侵攻では、ロシアが民間軍事会
社(Private Military/Security Company:PMSC)を投入して作戦の一部を担当させている。ロシアはこれ
までにも、武力紛争で PMSC を投入してきているが、以下ではその経緯・特徴を概説する。
ロシアでの PMSC の活動の歴史は、古く遡ると帝政ロシアによるコサック遊牧民の傭兵募集に行き着くと
も言われている。帝政ロシアは広範な自治権を付与する代償として、彼等を傭兵として辺境警備や治安維持に
当たらせた。コサックは正規兵としてもロシア軍に編入され、世界最強と言われたその騎兵団が、日露戦争で
は秋山好古が率いる日本軍騎兵と激しく干戈を交えたことは良く知られている。コサック騎兵は、第2次大戦
でもソ連軍部隊として東部戦線で活動した。
転機が訪れたのは、1991 年 12 月のソ連崩壊である。供給側の要因として、冷戦終結と連邦崩壊で軍の
規模が縮小され、失職した元軍人と廃棄された武器や装備品が市場に流れだした。同時に需要側の要因もあっ
た。旧ソ連諸国は政治・財政基盤が脆弱なまま独立国家となった。したがって治安の悪化に加えて、軍・警察
を含む公務員の待遇は悪化して彼等のモラル低下に繋がった。そこで富裕層や商工業者の中には資産の保護
を警察に頼ることを諦め、民間警備会社と契約する者が現れた。
ロシアでは一般市民が所有している銃は 1,800 万挺で、その約 6 割が未登録所持である。またカザフスタ
ン、ウズベキスタン、タジキスタン、トルクメニスタン、キルギスの中央アジア 5 ヶ国を合計すると、登録・
未登録で一般市民が所有する小火器の数は 90 万挺に上ると見られている。参考までに米国では 4 億挺、日
本では 38 万挺である。
多くの旧ソ連兵が傭兵として活動しているのがアフリカだ。この背景には、アフリカの多くの国では冷戦期
にソ連の軍事援助を受けており、旧ソ連製武器が多く配備されていたことがある。小銃や肩打ち式ミサイルな
どの個人携行火器だけではなく、戦闘機や武装ヘリコプター、戦闘車両などの高性能・大型武器にも旧ソ連製
が多く、操作に慣熟した旧ソ連兵の需要は大きかった。
PMSC を含む民間警備の市場規模は、調査主体によって値が異なり一概に言えないが、2020 年の年間売
上げで 1,300 億ドル~2,900 億ドル、ロシアはその約 5%を占めると見られている。 ロシアは潜在的に PMSC の「社員」となり得るものが 10~15 万人おり、この他にもフランス外人部隊の
勤務経験者が 3,500 人程度いる。このように傭兵・水平分業的な PMSC が設立される素地がロシアには備
わっている。ロシアには民間警備保安会社(合法)が約 4,000 社、PMSC(非合法)は 10~20 社あるが、
後者にはロシア国外に拠点を置くものを含む。
ただし傭兵は「政治的地位を自由に決定し並びにその経済的、社会的及び文化的発展を自由に追求する」
(「国際人権規約」第 1 条:1966 年)という民族自決権を外部から妨害する存在でもある。このため国際法
では傭兵は禁止されており、民間軍事会社には利用指針や行動規範が定められている(表1)。ただし民間軍
事会社の利用指針である「モントルー文書」には、ロシアは加入していない。
ソ連崩壊と旧ソ連製武器・旧ソ連兵
民間軍事会社の市場と規制
ロシアによるウクライナ侵攻の経済学(その1)
――ロシアの民間軍事会社(PMSC)――
特別研究官 小野 圭司
第 216 号 2022 年 5 月 10 日
NIDS コメンタリー第216号
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表1:傭兵・民間軍事会社の法規制など
ハーグ陸戦規則
1899 年
軍に付随する非戦闘員(民間業者)の保護
ジュネーヴ諸条約 第 1 追加議定書
1977 年
傭兵は捕虜としての保護対象外
傭兵禁止条約
1989 年
日米欧露などは未加入
モントルー文書
2008 年
民間軍事会社利用者への指針:露は未加入
民間軍事・警備会社のための国際行動規範
2010 年
民間軍事会社に対する指針 :露は未加入
傭兵型の PMSC は冷戦前後に多く設立され、アフリカ内戦などで活動したが国際世論の強い批判にあった。
このため英米系を中心とする西側の PMSC は国際法や規制の動きに従う形で、武装警備を含む警備業務や知
的支援(ノウハウ提供)、後方支援を中心とした業務を展開している。軍が顧客の場合には装備品の維持修理
や兵站・補給などを請け負う垂直分業で、武装警備は行っても戦闘や攻撃任務には加わらない。
しかしロシアの PMSC には、国際法や規制に縛られない形での傭兵的な水平分業で事業を展開しているも
のがある。軍と同じように戦闘部門と支援部門を抱え、独立した戦闘組織としての自己完結性を有する。そし
て正規軍が表立って行うことができないような任務(攻撃任務を含む)を肩代わりしている。
ロシア政府が PMSC を活用し始めたのは、1990 年代前半である。これらは非合法ながら政府と密接な関
係にあり、「プーチン大統領の私兵」と揶揄されている。ロシアの主な PMSC を表 2 に示す。
アンチテロ・グループは、特殊任務を遂行する傭兵の訓練とその準備を行っている。設立に元海軍軍人が関
わったモラン・セキュリティ・グループは海賊対処の海上警備事業を中心に活動し、武装警備船も保有してい
る。リビア内戦に関与した RSB グループは、2017 年の春に「社員」100 人を動員して港湾都市バンガー
ジーで地雷埋設を行った。リドゥート・アンチテロ・センターは輸送業者、軍事施設、石油会社社員、ロシア
外交官の武装警備を担っている。モラン、RSB、リドゥート、スラヴニック、の各社はアンチテロ・グループ
から分離独立した PMSC である。
ルビコン・セキュリティーは、1992~95 年にかけてボスニア・ヘルツェゴビナではセルビア側に立って
数百人を投入し、中には民族浄化作戦を実行した者もいたと言われている。MAR はドネツク人民共和国(ウ
クライナ東端部:日米欧など大多数の国が未承認)への人道支援物資輸送の警備を行い、E.N.O.T はドンバス
(ウクライナ東部:親露地域)でシリア内戦への参加者を募集した。
表 2:ロシアの主な PMSC
社 名
関係の深い政府機関
主な活動地域
アンチテロ・グループ
国防省・GRU
イラク
モラン・セキュリティ・グループ
(アンチテロ・グループから分離)
国防省
ソマリア、ナイジェリア、UAE、シリア、
アフガニスタン、イラク、ナイジェリア
RSB グループ (同上)
国防省、連邦保安庁
ウクライナ、リビア、アフリカ海域、スリランカ
リドゥート・アンチテロ・センター(同上)
国防省
シリア、アブハジア、イラク、ソマリア スラヴォニック・グループ (同上) 国防省 シリア、ウクライナ ワグネル・グループ (スラヴォニック・グループから分離) 国防省・GRU 連邦保安庁 大統領府 ウクライナ、シリア、リビア、ベラルーシ、マリ、 ボツワナ、ブルンジ、中央アフリカ、チャド、 コモロ、コンゴ、赤道ギニア、ギニア・ビサウ、 マダガスカル、モザンビーク、ナイジェリア、 南スーダン、スーダン、ベネズエラ ルビコン・セキュリティー 連邦保安庁 ボスニア・ヘルツェゴビナ シット 第 45 親衛旅団 シリア MAR 国防省、連邦保安庁 ウクライナ、南オセチア、シリア、リビア、 アブハジア、トランスニストリア
E.N.O.T
連邦保安庁
ウクライナ、シリア、アゼルバイジャン、
ベラルーシ、セルビア、タジキスタン

  • アブハジアはジョージアの一部で、2008 年にジョージアからの独立を承認したロシアがロシア化を進めている。
    ロシアの PMSC の現状と傾向:水平分業
    NIDS コメンタリー第216号
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    ロシアの PMSC でも最も有名なものが、ワグネル・グループだ。同社も元をたどれば、アンチテロ・グルー
    プに行き着く(表2)。
    アンチテロ社から独立したモラン・セキュリティがロシアの傭兵禁止の国内法を逃れるため、香港でスラ
    ヴォニック・グループを設立し、2013 年に対 IS の石油ガス施設奪還作戦に参加した。これはロシアがシリ
    ア内戦に介入(2015 年 9 月)する 2 年前のことだ。スラヴォニック社はシリアに 250 名の「社員」を送
    り込んだが作戦は失敗した上に、ロシアに帰国した同社幹部は傭兵禁止のロシア国内法に違反したことで逮
    捕された。
    スラヴォニックのシリア作戦に参加していた、GRU 特殊作戦旅団出身の元中佐ドミトリー・ウトキンが
    2014 年に設立した PMSC がワグネル・グループである。ワグネルは 2014 年にシリアとウクライナ東部
    のドンバスで活動を始めている。シリアでの戦闘任務では、同社はロシア国防省から T-72 戦車や 122mm
    ロケット砲の供与を受け、シリア軍特殊部隊の訓練も請け負った。
    リビア内戦ではワグネルは、国連の支持を得ていた国民合意政府に対抗するリビア国民軍を支援する形で
    2015 年頃から関与している。同社はシリアから戦闘員をリビアに移転させ、狙撃兵も含めて 800~2,000
    名を投入した。また同社は、Mig-29、Su-25 などの戦闘機や 130mm 砲、S-1 地対空ミサイルなどをリビ
    アで運用し、ドローンを用いた情報収集・偵察活動も行っている。こうしてワグネルはリビアの石油・天然ガ
    ス施設を掌握したと見られている。報道によれば、リビアでの活動資金はサウジアラビアが提供した。スーダ
    ンでもワグネルは活動しており、財政に余裕の無いスーダン政府は、見返りに金鉱採掘権を同社に供与した。
    なおこれらの活動が平和・安定を乱し人権を侵害しているとして、ワグネル・グループはウトキン元中佐を
    含む同社幹部 8 人、関連会社 3 社と共に欧州連合(EU)より 2021 年 12 月から経済制裁を課されている。
    他の PMSC と同様、ワグネル社も内政への介入を行っている。マダガスカルでは政府軍に軍事訓練を提供
    する傍ら、2018 年の大統領選では希少鉱物・石油・農産物の権益と引き換えに、現職に有利な情報・広報活
    動を実行した。モザンビークではイスラム系武装勢力掃討と並行して情宣活動を行い、天然ガスを代金として
    獲得している。さらに 2020 年 7 月にはベラルーシの大統領選に関連して騒乱を画策したとして、ワグネル
    の戦闘員 32 人がベラルーシで逮捕・拘束された。
    なおワグネル社の戦闘員の月額報酬は数千ドル、死亡の際の弔慰金は 5 万ユーロと言われている。
    表3:ワグネル・グループの主な活動
    2014 年
    ウトキン元 GRU 中佐が設立
    2014 年
    シリアと東部ウクライナで活動
    2015 年
    リビアに転戦・・・サウジアラビアが資金提供
    2018 年春
    スーダン政府軍の訓練開始:金鉱山採掘権が見返り
    2020 年 7 月
    ベラルーシ大統領選に際して騒乱を画策
    2022 年2月
    ウクライナ侵攻に参加:ゼレンスキー大統領らの暗殺を試みる
    ●2014 年 3 月のロシアによるクリミア侵攻では、E.N.O.T などの PMSC が当初担当したのは、半島へ増派
    されるウクライナ軍の阻止など補助的な任務だった。また侵攻と同時にウクライナの放送局接収に PMSC が
    投入され、反政府活動の扇動放送やウクライナ軍兵士に向けた戦意喪失の放送工作を行った。
    ただ矛先がクリミア半島からウクライナ東部に移ると、アンチテロ・グループ、RSB、MAR などの PMSC
    も前線に配備された。2015 年には 2,500~5,000 名の PMSC 戦闘員がドンバス地域で攻撃任務に就き、
    親露派民兵の訓練も行い、彼等と合同でウクライナ軍を攻撃している。
    ワグネル・グループも最初の頃は弾薬庫爆破といった破壊工作や、地域住民への威嚇・脅迫などを行ってい
    たが、2015 年に入ると攻撃任務を担当するようになった。
    ワグネル・グループの活動
    2度のウクライナ侵攻(2014 年・2022 年)と PMSC
    NIDS コメンタリー第216号
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    ●2022 年のウクライナ侵攻では英国筋の報道によると、ワグネル社は 400 名の戦闘員をウクライナに派遣
    して、ゼレンスキー大統領や首都キーウのクリチコ市長、閣僚など 20 数名の暗殺を試みた。
    またワグネルは 2022 年の侵攻前には、ウクライナ東部のロシアが実効支配している地域に 300 名の戦
    闘員を展開していたが、現在ではシリアとリビアにいる兵士の一部をウクライナに移転させており、ウクライ
    ナで活動している戦闘員数は 1,000 を超えると言われている。リビアで使用していた野戦砲やレーダーもウ
    クライナに持ち込んでおり、この搬送にはロシア軍が輸送機を提供している。
    彼等の1日当たりの報酬は 2,000 ドルと報じられている。これとは別にロシアの PMSC はシリアでウク
    ライナに派遣する戦闘員を募集しているが、報酬として 1,100 ドルを提示している(シリアでの収入は月額
    35 ドル)。
    なお令和 4 年 3 月以降、日本政府が実施している資産凍結の対象個人・団体に、ワグネル(ワグナー)社
    の他に同社創立者のドミトリー・ウトキン、代表で実質的な所有者であるオリガルヒ(新興財閥)のエヴゲ
    ニー・プリゴジンが指定された。
    ロシアにも垂直分業型の PMSC は存在するが、西側では見られない水平分業型・傭兵型の存在がロシアの
    PMSC を差別化している。ロシア政府からの需要がある限り、この傾向は変わらないだろう。中東やアフリ
    カでの傭兵型 PMSC の活動も、各社が自力で市場を開拓するというよりは、ロシア政府の対外政策の一環と
    して活動している。
    今後彼等が強化すると思われるのが、サイバー攻撃やインターネット、SNS を用いた情宣工作である。地
    政学の泰斗であるニコラス・スパイクマンが、1942 年に著した本の中でナチス・ドイツによる中南米での宣
    伝工作や第五列(スパイ網)構築を指摘しているが、道具が変わっただけで同じことがウクライナやアフリカ
    で繰り広げられている。情宣工作や経済的・政治的影響力まで駆使する総力戦では、軍事力の行使は最後の段
    階であるという 80 年前のスパイクマンの指摘は万古不易の響きがある。
    日本にとっては、このような PMSC を中国が保有しないか気になるところだ。現在 40 社近い中国系警備
    会社が、南アジア・中央アジア・中東・アフリカで活動しており、中には「武装警備」を行っている企業もあ
    る。これら「警備会社」がロシア的な水平分業型 PMSC に発展し、紛争時に破壊工作・情宣活動に先兵とし
    て投入される可能性は捨て切れない。正にグレーゾーンでのグレーな存在となり得る。
    残念ではあるが、こうした動きに対して国際社会による規制の努力は今のところ非力である。
    ●参考文献
    ・Åse Gilje Østensen & Tor Bukkvoll,“Russian Use of Private Military and Security Companies: the
    implications for European and Norwegian Security” FFIRAPPORT (Sep. 2018)
    ・Seth G. Jones, Russia’s Corporate Soldiers: The Global Expansion of Russia’s Private Military
    Companies (Washington, DC: CSIS, 2021)
    ・Max Markusen, “A Stealth Industry: The Quiet Expansion of Chinese Private Security Companies,”
    CSIS Briefs (Jan. 2022)
    ・小野圭司「民間軍事会社(PMSC)による海賊対処――その可能性と課題」『国際安全保障』第 40 巻第 3 号
    (2012 年 3 月)
    ・小野圭司「民間軍事会社の実態と法的地位――実効性のある規制・監視強化に向けて」 『国際問題』No.587(2009
    年 12 月)
    ・ニコラス・スパイクマン『米国を巡る地政学と戦略――スパイクマンの勢力均衡論』〔小野圭司訳〕(芙蓉書房出
    版、2021 年)
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    特別研究官 小野 圭司 専門は戦争・軍事の経済学
    今後の動向と日本への示唆 』