ロシアによるウクライナ侵攻の経済学(その2)

ロシアによるウクライナ侵攻の経済学(その2)
――経済制裁の効果と限界―― 特別研究官 小野 圭司
第229号 2022 年 6 月 23 日
http://www.nids.mod.go.jp/publication/commentary/pdf/commentary229.pdf

 ※ 今日は、こんな所で…。

『NIDS コメンタリー第229号
1
ロシアによるウクライナ侵攻では、日本も含めて西側の支援はロシアに対する経済制裁が中心である。ただ
し今回は、民間企業の動きも含めて新しい傾向が観察される。本稿ではこの点について概説する。

経済制裁は、古代アテネのペリクレスが都市国家メガラに対して発した貿易禁止(「メガラ布令」:紀元前
432 年)に遡ると言われている。近世・近代における対外戦略の一環としての貿易政策の実施は、オランダ
船・船員の英国貿易からの締め出しを狙った英国の「航海条例」(1651 年)や、ナポレオンによる「大陸封
鎖令(ベルリン勅令)」 (1806 年)、南北戦争で北軍が実施した海上封鎖「アナコンダ計画」 (1861~65 年)
などに代表される。太平洋戦争前には、米国政府が日本の在米資産を凍結した(1941 年7月)。これで日本
は貿易決済が自由に行えなくなり、翌月には米国は対日石油禁輸を実行した。
こうした一連の措置は、戦争と深く結び付いている。「メガラ布令」はペロポネソス戦争(紀元前 431~
404 年)の遠因にもなり、「航海条例」は英蘭戦争(1652~54 年)を引き起こした。この流れにおいて最
も有名な事例は、第 4 次中東戦争で石油輸出機構(OPEC)が実施した石油減産・禁輸措置(第 1 次石油ショッ
ク:1973 年 10 月)だろう。

近年では戦争とは無関係に、経済的な手段を用いて国際政治上の利益を追究することも頻繁に行われてお
り、「エコノミック・ステイトクラフト」と呼ばれている。2010(平成 22)年 9 月に中国が尖閣諸島問題
に絡んで、レアアースの対日輸出を一時全面的に禁止したことはその一例だ。これらは相手側の経済的疲弊や
威嚇を狙った「攻めの施策」である。

令和4年5月現在、日本政府はロシアや北朝鮮、イランなどに対し、国連安保理決議や米国・欧州連合(EU)
との協調に従い、38 件の経済制裁措置を実施している(同一国・地域に数件の制裁を実施している例もある)。

「攻めの施策」とは別に、日本では昭和 50 年代に「総合安全保障」に関する議論が盛んとなった。この嚆
矢となったのは、大平正芳首相の下に設置された有識者による政策研究会がまとめた報告書『総合安全保障戦
略』(1980 年 7 月)だ。そこでは報告書の冒頭にあるように、「国民生活をさまざまな脅威から守る」こと
に主眼が置かれている。

つまり経済制裁などとは異なる「守りの施策」であるが、その前に起こった 2 度の石
油ショック(1973 年・1979 年)の影響を強く受けたものである。

報告書の中では、外交・防衛以外の経済に関連する項目として、エネルギーと食糧の安全保障が挙げられて
いる。エネルギーと食糧を海外に依存する日本にとって、これらの供給途絶は国民生活への脅威と認識され、
「生存維持の担保」を目指していた。

その後、日本は供給網(サプライチェーン)リスクに直面する。元々これは企業の経済活動におけるリスク
であったが、21 世紀に入ると国家の危機として認識されるようになった。

先に述べたように、2010 年には
尖閣諸島での中国漁船による海上保安庁巡視船への衝突事件後、中国は日本向けレアアースの輸出を事実上
差し止めた。また 2002 年・2008 年・2014 年には、6年おきに行われる北米西岸の港湾労働組合と港湾
使用者団体との労使交渉に絡んで、港湾ストによる貨物の長期間滞留が生じた。

攻めの施策:経済制裁からエコノミック・ステイトクラフトへ
守りの施策:総合安全保障から供給網(サプライチェーン)確保へ
ロシアによるウクライナ侵攻の経済学(その2)
――経済制裁の効果と限界――
特別研究官 小野 圭司
第229号 2022 年 6 月 23 日
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これらは人為的な原因による供給網の機能不全機能であるが、自然災害・感染症などを原因とする供給遮断
も経済活動に大きな影響を与えるようになっている。2011 年に起こった東日本大震災とタイの水害では、
製造業への部品・中間財供給が一時的に断たれた。

そして 2019 年末に始まった新型コロナウイルス感染拡
大では、都市封鎖・工場の操業停止や人流・物流の停滞が生じた。
近年の供給網遮断では、石油や食糧、レアアースといった特定の一次産品の供給が「線」として断たれるの
ではなく、多くの地域から一次産品から半導体などの工業製品も包含する、「面・束」となって遮られる。

これは経済活動の地球規模(グローバル)化に伴う必然的な結果である。令和 4 年 5 月に国会で可決成立した
「経済安全保障推進法」においても、供給網の維持強化は主要 4 項目の中の1つとなっている。

2022 年 2 月 24 日にロシアがウクライナへ侵攻すると、各国はロシアに対して貿易や対外資産凍結など
の経済制裁を実施した。ロシアと貿易相手ごとの輸出入比率を表1に示す。今回の対露経済制裁は EU や G7
が中心となっているが、これらを合わせるとロシアの輸出入の4割以上を占めている(独仏伊の重複を調整)。
他方で EU や G7 にとってロシアが占める割合は1~3%程度に過ぎす、ここに貿易依存に関する非対称性
が観察される。つまり EU や G7 にとって対露経済制裁は、貿易に関しては共倒れになる可能性は低く合理
性がある。あまつさえロシア政府は歳入の約3分の1を石油・天然ガスによる収入が占めており、経済制裁は
この面で直接打撃を与えることになる。なおロシアは航空会社が西側のリース会社から借り受けた旅客機の
返却を拒否しているが、これは非対称性に立脚する経済制裁に対してロシアが出した1つの回答である。
ただ欧州は、石油・天然ガスなどのエネルギー供給の対露依存率が高い。特にドイツではロシアからの輸入
は、石油輸入の3分の1、石炭輸入の約半分、天然ガス輸入の 6 割弱を占めている。幸い対露経済制裁が春先
に始まり、EU がロシア産石油の海上禁輸で合意したのは5月末なので、結果的に暖房需要が生じる次の冬ま
で対策を練る時間の余裕はある。
単純な比較はできないが、第1次石油ショックが昭和 48(1973)年 10 月に生じた時、日本の石油輸入
の中東依存度は 80%に近かった。一般家庭のエネルギー消費の 3 割以上を灯油が占めていたことから、当時
の田中内閣や通産省は時間的な余裕が限られる中、石油の価格上昇が灯油の暖房需要に与える影響を抑える
のに躍起となった。
なお石油・天然ガスの上昇はピグー税(環境税)と同様、長期的には脱炭素化を推し進める効果がある。実
際に EU 各国の対策案では、原発や再生可能エネルギーの活用推進が上がっている。これは市場による調整の
一環だが、価格上昇を抑える目的の各種補助金は、この市場の働きを歪めてしまう(外部不経済)。
表1:各国などとロシアの貿易相手別比率(2016 年)
各国などの貿易
対露貿易が
占める比率
ロシアの貿易
貿易全体に
占める比率
対露輸出
対露輸入
輸出
輸入
EU
1.5%
2.5%
対 EU
35.3%
29.3%
G7
1.0%
1.3%
対 G7
22.5%
31.6%
日本
0.8%
1.9%
対 日本
3.3%
3.7%
中国
1.8%
2.0%
対 中国
9.8%
21.3%
インド
0.7%
1.4%
対 インド
1.9%
1.3%
ウクライナ
9.9%
13.1%
対 ウクライナ
2.2%
2.1%
出所:IMF, Direction of Trade Statistics, 2018より作成。 表1からは、中露間貿易の非対称性も観察される。今や世界最大の貿易大国となった中国は、貿易の対露依
存率は 2%前後であるが、ロシアの輸出の 10%が中国向けで、輸入の 20%超が中国からだ。中国が EU や
G7 と共同歩調をとらない限り、対露経済制裁には大きな穴が開く。
他方でロシアとウクライナは、合わせて世界の小麦供給の3分の1を占め、特にロシアは世界最大の小麦輸
出国だ。しかしロシアは非友好国には、石油や天然ガスに加えて農産物を輸出しない姿勢を見せており、ウク
ライナも食糧輸出ができずにいる。これは第4次中東戦争で OPEC がとった石油戦略の食糧版である。
西側による「面・束」(貿易・在外資産凍結)の経済制裁に対し、ロシアは「線」(エネルギー・食糧)で西
側の生存を揺さ振っている。その「線」において皮肉なことに、制裁でエネルギー全体の価格が高止まりして
いることからロシアの輸出収入は増えており、中国やインドは制裁で他国産比割安となったロシア産石油・石
「面・束」の経済制裁と「線」の対抗
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炭の輸入を増やしている。さらにロシアによる黒海沿岸の封鎖、ロシア・ウクライナからの食糧輸出停滞は、
「ロシアが食糧輸出を人質にしている」と批判されている。
政府による経済制裁に加えて、今回のウクライナ侵攻での特徴は、民間企業による自発的な「ロシアからの
事業撤退」が相次いだことだ。これは紛争開始と同時に、「ロシアは悪、ウクライナは善」という形が国際世
論で出来上がったことが寄与している。そしてその国際世論の形成に大きな役割を果たしたのがソーシャル・
ネットワーク・サービス(SNS)である。 民間企業がこのような行動をとる場合、利害関係者である従業員・株主・取引先・顧客などへのリスクも勘
案する。さらには近年では、環境・社会・企業統治(ESG)も踏まえた企業価値への配慮も欠かせない。その
上での決断である。
欧米の石油大手はロシア事業からの撤退を早々に表明し、日本も含めた西側の自動車や情報通信(IT)機器
などの製造業、小売・飲食業などでも相次いでロシアでの事業を縮小している。また時間が経つにつれ、その
数は増えている。大手企業の中にはロシアでの事業を続けているものもあるが、SNS その他による国際世論
を横目で見ながら判断した結果だろう。
もう1つの新しい傾向が、民間企業の中には「事業撤退」からさら踏み込んで「義勇団的行動」をとったこ
とである。似たような例として、過去には不特定多数の賛同者をサイバー攻撃に参加させた、ハッカー集団「ア
ノニマス」の行動があり、彼等は今回もロシアに対してサイバー攻撃を仕掛けている。しかしアノニマスは「民
間企業」ではなく、利害関係者は存在しない。今回の特徴は、利害関係者(従業員・株主・取引先・顧客など)
を抱える民間企業が行動を起こした点にある。
最も有名な例は、ウクライナのフェドロフ副首相兼デジタル転換相による SNS を通じた要請を受け、米国
の起業家イーロン・マスク氏が行った、人工衛星を使ったインターネットサービスの「スターリンク」の対ウ
クライナ開放だ。フェドロフ副首相が要請したのはロシアによる侵攻の2日後で、その日のうちにウクライナ
でスターリンクのサービスが提供されている。その内容と共に、対応の素早さが世界を驚かせた。
イーロン・マスク氏はスターリンクの端末提供も約束し、これは2月28日からウクライナに届き始めてい
る。さらに米国の開発援助機関である国際開発庁(USAID)は、4月初めにウクライナにスターリンク端末
5,000 個(300 万ドル相当)を供与した。民間企業の義勇団的活動を、米国政府が後押している構図だ。
ウクライナ軍はスターリンクを使って、ドローン偵察部隊と砲兵部隊の連携を図っていると報じられてい
る。またウクライナは傍受したロシア兵の会話を米国企業が提供した人工知能(AI)技術で文章に書き起こし
て翻訳し、必要な部分を抜き出して作戦に役立てている。さらに別の企業から無償提供された AI 技術を使い、
SNS 投稿などから集めた顔写真データから戦死したロシア兵を特定して家族や友人に伝え、報道統制が敷か
れて戦争被害が公とならないロシアでの厭戦気分を煽っている。これらのデータ通信も、スターリンクが担っ
ていると見られている。
日本企業は、ウクライナ避難民に食料や生活必需品などを提供している。これは一見、戦闘行動とは関係な
いように見えるが、ウクライナ政府の避難民支援の負担軽減に繋がる。ただでさえ限られた行政資源を戦争目
的に投入する必要に迫られているウクライナ政府にとって、このような支援は大きな助けとなる。
民間企業の自発的な行動は、SNS などによる同調圧力が引き起こしたとも言え、ブランド価値の毀損を恐
れる付和雷同な傾向も垣間見える。大規模災害が生じた場合には、急速に高まる世論の関心や支援がそのうち
沈静化し、「忘れ去られた被災者」の存在が問題となっている。ウクライナに対する国際世論の「同情」も、
比較的短期で「熱が冷める」可能性は小さくない点には注意が必要だ。
ロシアによるウクライナへの侵攻開始直後から、経済制裁の一環として金融制裁の実施が関係国・機関の間
で議論されていた。その具体的な手段としては資産凍結、国際機関による支援停止、決済システムからの排除
などがある。特にニューヨークやロンドンの中央銀行・大手民間銀行には多くの政府や中央銀行の口座がある
ことから、それが凍結されると該当する政府には大きな打撃となる。
太平洋戦争勃発直前の日本は、昭和 16 年7月に在米資産が米国によって凍結され、翌月には対日石油輸出
が禁止された。この2つの経済制裁では、前者の方が影響は大きかった。当時の日本の石油輸入の対米依存率
民間企業の自発的行動
金融制裁の成否
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は9割に近く、その代金決済は在ニューヨークの銀行間で行われていたことから、在米資産が凍結されるだけ
で日本は石輸入代金の決済ができなくなった。勿論、主力輸出品であった繊維製品などの対米輸出代金も受け
取れなくなる。また第三国との貿易決済も多くがニューヨークで行われていたために、在米資産凍結は当時の
日本にとって供給網の破壊を意味していた。
今回のウクライナ侵攻では、対露経済制裁の一環として、5 月末に EU と英国がロシア産石油を積んだ船舶
への損害保険の付保を禁止した。中国やインドは価格が下落しているロシア産石油の調達を増やしていたが、
露中印も含めて世界中の船舶の多くは英国のロイズ保険組合で保険・再保険をかけている。これが利用できな
くなることは、ロシア産原油の輸出にとって大きな障害となる。
加えて世界の大手金融機関で構成するクレジットデリバティブ決定委員会は6月1日、ロシアのドル建て国
債で「債務不履行」が起きたと認定した。4月4日が償還日の国債の支払猶予期間中に発生した利息を受け取
れなかったとの投資家の主張が認められた。外貨建てロシア国債の不履行認定は、ロシア革命直後に債務不払
いを宣言した 1918 年以来 1 世紀振りとなる。
2月に起こったロシアによるウクライナ侵攻では、制裁措置の一環として国際銀行間通信協会(SWIFT)
やユーロクリア(有価証券を保管し決済する機関)などからの排除が打ち出された。しかしこの効果は、当初
からやや疑問視されていた。その理由として、以下の3点が挙げられる。
第1に、SWIFT が排除したのは露系銀行7行のみで、大手銀行や政府系企業の系列銀行には対象となって
いないものがある。第2に、SWIFT に比べると規模は極めて小さいが、露系決済システム(SPSF)や中国
が運営する人民元決済システム(CIPS)は従前通り稼働している。第3は、ロシアの金産出量・保有量だ。 SWIFT から排除する銀行を増やす動きもあるが、金融制裁全体からみると効果は限界的だろう。なお CIPS
による決済は人民元に限られるが、日本も含めた西側主要銀行も加盟している。今後ロシアの銀行は SPSF や
CIPS の利用を加速させ、SWIFT への依存度を下げることも予想される。ところで SWIFT は過去に何度かサ
イバー攻撃を受けており、今後ロシアが SWIFT に対してサイバー攻撃を行う可能性も否定できない。
ロシア連邦中央銀行の金保有量は、2022 年3月現在で各国中央銀行の中で第5位となる(表2)。これは
米国の3割、ドイツの7割であるが、フランスやイタリアとほぼ同じで日本(846 トン)の3倍近い。また
2020 年のロシアの金の年間産出量は世界2位だ。中央銀行による金の保有はロシアの外貨準備を分散し、
ルーブルの信認を維持させ、金融制裁に対する強靭性向上に貢献する。因みにロシアは 2014 年のクリミア
半島侵攻以来、外貨準備を積み上げているものの欧米の中央銀行などに預けられている分も多く、これは資産
凍結の対象となる。
表2:中央銀行の金保有高と金産出量
中央銀行の金保有
量(2022 年3月)
金産出高
(2020 年)
米国
8,133 トン
中国
368 トン
ドイツ
3,359 トン
ロシア
330 トン
イタリア
2,452 トン
オーストラリア
328 トン
フランス
2,437 トン
米国
190 トン
ロシア
2,302 トン
カナダ
171 トン
出所:ワールド・ゴールド・カウンシル・ホームページより作成。
●参考文献
・内閣官房内閣審議室分室・内閣総理大臣補佐官室『大平総理の政策研究会報告書 5 総合安全保障戦略』(大蔵省
印刷局、1980 年)。
・佐藤晋「田中角栄内閣と石油危機--灯油がつなぐグローバル経済と選挙区」『東アジア学術総合研究所集刊』 〔二
松学舎大〕第 48 集(2018 年 3 月)
・高山武士「研究員の眼 経済・金融制裁と SWIFT」〔ニッセイ基礎研究所〕(2022 年 3 月)
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特別研究官 小野 圭司 専門は戦争・軍事の経済学