水素 vs EVの構図は、単に自動車業界の話ではない。

水素 vs EVの構図は、単に自動車業界の話ではない。
http://blog.livedoor.jp/goldentail/archives/30625969.html

『トヨタが推進する水素自動車と欧米の推進するEVの構図は、自動車業界で先鋭化していますが、これは単に、その業界で済む話ではありません。エネルギー源で対比されるので、誤解をされやすいのですが、これは、内燃機関とモーターの争いでもあります。

産業革命以降、動力を得る仕組みとして、世界を席巻してきたのは、内燃機関です。つまり、化石燃料を燃焼させる事で、ピストンを動かす動力へエネルギーを転換し、その先に接続された、あらゆる仕組みを作動させる事で、多く事を成し遂げてきました。直接、燃料の爆発エネルギーを転換する技術の無かった時代には、蒸気という形に変換してから、動力に転換していました。いわゆる、スチーム・パンクの時代です。

しかし、内燃機関というのは、構造が複雑になる上、耐久性と高効率の動力転換を実現させるのが、難しいという課題がありました。最も身近なデータとして知る事のできる、ガソリン・エンジン車の耐久性と航続距離の改良の歴史が、その一筋縄ではいかない困難さを示しています。それゆえ、現代の環境基準を満たすエンジンを製造できる国というのは、実は数える程しかありません。それだけ、試行錯誤と創意工夫の詰まった技術という事です。

対してモーターというのは、まったく異なる進化を遂げた動力です。動力源は、電気という二次エネルギーです。電気を作り出すのに、何を使っても構いませんが、動力源としては、電気になります。モーターの機構の中で、回転する動力に変換されます。実はモーターの構造は、内燃機関の機械的な構造に比べれば、非常に単純であり、エネルギー効率の問題が無ければ、内燃機関に代わって、世界を征服していた可能性もあります。しかし、そうはなりませんでした。

実は、内燃機関VSモーターという、自動車産業における対立構造は、近年に始まった事ではなく、はるか昔に、自動車産業が立ち上がる頃に一度起きています。その構造の複雑さと、加工の困難さから、決して内燃機関というは、有利では無かったのです。モーターのほうが、断然、構造が簡単でした。では、なぜ競争に敗れたかと言えば、エネルギー効率が悪く、エネルギー源である電気を貯蔵する方法が乏しかったからです。電気というのは、そのままでは保存・貯蔵する事ができない性質のエネルギーなので、常に発電し続けるか、なんらかの方法で蓄電する必要があります。どんな方法で電気を確保しても、2次エネルギーである以上、エネルギー効率が悪かったのです。

つまり、動力としての勝敗というのは、はるか昔に決着がついています。その為、内燃機関であるガソリン・エンジン車が世界を席巻し、世の中の動力の主軸は内燃機関になったわけです。そして、最近になってEVが脚光を浴びるようになったのは、環境問題という別の角度からの評価が高まった結果です。決して、内燃機関が動力として、モーターに劣るようになったからでは、ありません。そして、このブログの単発の記事で、何回か説明したように、「EVが環境に良い」というのは、ほぼ幻想です。そういうムーヴを起こすと、既に車を所有している層にも、車を売りつける事ができるので、法規制も含めて締め上げる事で、無理矢理に需要を喚起する為に行われていると推察できます。

既に社会を支える土台になっている内燃機関の技術を、我々は守らなくてはなりません。わざわざ、環境に悪く、負荷をかけるEVに転換する事で、膨大なサプライヤー網と、たゆまぬ技術改良の努力を必要とする内燃機関の産業を潰すわけには、いかないのです。水素というのは、エネルギー源が、有害物質を出す化石燃料から、殆ど出さない水素に換えるだけなので、エンジンの機構自体は、そのまま流用できます。つまり、今の施設を、そのまま使う事ができます。そして、貯蔵・転用まで含めた、エネルギーの使い勝手も、石炭やガソリンに近いです。

結局のところ、この世界の社会を支える為にも、水素というのは、いずれ発展しないといけない技術なのです。自動車業界という狭い範疇の話ではありません。私達は、ファンタジーの世界に住むわけには、いかない生きた人間です。内燃機関の技術が途絶えて、この世の中の動力がモーターになってしまったら、どれだけの悲劇が引き起こされるか、想像力を働かせるべきです。』