CIAはNATOの秘密部隊ネットワークを利用し、ロシアに対するテロ戦争を始めた

CIAはNATOの秘密部隊ネットワークを利用し、ロシアに対するテロ戦争を始めた | 《櫻井ジャーナル》 – 楽天ブログ
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『​ロシアの治安機関であるFSB(連邦保安庁)によると、12月25日にウクライナからロシアのブリャンスクへ侵入しようとした4名のチームを銃撃戦の末に殲滅した​という。その4名はサブマシンガンやカービン銃で武装、破壊活動に使う予定だったと思われる爆発物を持っていた。

 12月5日にはロシア領内へ深く入った場所にあるディアギレボ基地とエンゲルス基地が、また12月26日にもエンゲルス基地がそれぞれUAV(ドローン)で攻撃されたが、いずれもロシア領に潜入した工作員によるものだと言われている。​ジャーナリストのジャック・マーフィーによると、CIAはNATO加盟国の情報機関を利用し、ロシアで破壊活動を続けてきた​。本ブログでも繰り返し書いてきたように、アメリカとイギリスの情報機関はNATO加盟国全てに秘密部隊を作らせている。

 この秘密部隊の背景にはイギリスとアメリカの対ソ連戦略があった。第一次世界大戦の際にイギリスはロシアとドイツを戦わせるため、MI6を使い、障害になっていたグレゴリー・ラスプーチンを暗殺する。

 1917年3月の「二月革命」で誕生した臨時革命政府は巨大資本と手を組んでいたこともあり、戦争推進。それを嫌ったドイツは「即時停戦」を主張していたウラジミール・レーニンが率いるボルシェビキに目をつけ、その幹部をロシアへ列車で運ぶ。ドイツの思惑通りボルシェビキ政権は即時停戦を決めるが、アメリカが参戦していたこともあり、ドイツは負けた。

 しかし、そうした経緯もあり、ドイツとボルシェビキ政権は友好的な関係を維持するが、ナチスの台頭によって関係が壊れる。ソ連はイギリスと共同でドイツを抑え込もうとするが、失敗。ヨシフ・スターリンは1939年8月にドイツと不可侵条約を結ぶのだが、41年6月にドイツ軍の4分の3隊がソ連へ向かって進撃を開始する。バルバロッサ作戦だ。西側に4分の1しか残さなかったのはアドルフ・ヒトラーの命令によるが、彼は西から攻められる心配がないことを知っていたと考える人もいる。

 1990年代にNATOは東へ、つまりロシアへ向かって拡大し始めた。約束違反だが、アメリカやイギリスの支配者の言うことを信用することが悪い。この段階で「新バルバロッサ作戦」は始まっている。その山場が2010年1月から14年2月にかけてのウクライナにおけるクーデターにほかならない。その「新バルバロッサ作戦」が現在、ロシア軍の反撃で窮地に陥っている。

 ところで、ソ連に攻め込んだドイツ軍は1941年7月にレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)を包囲、9月にはモスクワまで80キロメートルの地点まで迫る。ソ連軍は敗北し、再び立ち上がることはないと10月3日にヒトラーはベルリンで語り、ウィンストン・チャーチル英首相の軍事首席補佐官だったヘイスティングス・イスメイは3週間以内にモスクワは陥落すると推測している。(Susan Butler, “Roosevelt And Stalin,” Alfred A. Knopf, 2015)

 しかし、レニングラードでドイツ軍は激しい抵抗に遭い、モスクワは陥落しない1942年8月にドイツ軍はスターリングラード市内へ突入して市街戦が始まるが、11月からソ連軍が猛反撃に転じ、翌年の1月に生き残ったドイツの将兵は降伏した。この時点でドイツの敗北は決定的だ。

 そこで慌てたのはイギリスのチャーチル政権。すぐアメリカ政府と協議し、1943年7月に米英両国軍はシチリア島上陸作戦を実行する。その作戦の最高司令官はイギリス人のハロルド・アレグザンダーで、その下で戦ったのがジョージ・パットン司令官の第7軍(アメリカ軍)とバーナード・モントゴメリー司令官の第8軍(イギリス軍)だ。この作戦が相手にしていたのはドイツでなくソ連だと言えるだろう。

 その年、アメリカのOSSとイギリスの特殊部隊SOEはレジスタンスに対抗させるためにゲリラ戦部隊を組織する。それが「ジェドバラ」だ。大戦中、西ヨーロッパでドイツ軍と戦っていたのは事実上、レジスタンスだけだが、その主体がコミュニストだったことから米英の支配層は敵視していたのだ。後にシャルル・ド・ゴールが命を狙われた一因は彼がレジスタンスに参加していたからだとも言われている。

 大戦後にジェドバラは解散するが、人脈は消えない。その人脈はアメリカで破壊工作機関OPCを創設、1951年にはCIAの内部に入り込み、秘密工作部門になる。要人暗殺やクーデターを仕掛けてきたのはこの部門だ。

 この人脈はヨーロッパで破壊工作機関のネットワークを組織、NATOが創設されるとその内部に入り込む。そのネットワークの中で最も有名な組織はイタリアのグラディオ。1960年代から80年代にかけ、極左を装って爆弾テロを繰り返し、クーデターも計画している。そのメンバーを日本政府が守ったことも知られている。ネットワークを指揮しているのはイギリスのMI6とアメリカのCIAだ。

 NATOへ加盟するためには、秘密の反共議定書にも署名する必要がある。アメリカ人ジャーナリストのアーサー・ローズ、情報活動に関するイタリアの専門家であるジュゼッペ・デ・ルティース、イタリアでグラディオを調査しているマリオ・コグリトーレなどもこの議定書は存在していると主張している。

 この問題を研究しているダニエレ・ガンサーによると、NATOの元情報将校は「右翼過激派を守る」ことが秘密の議定書によって義務づけられていると語っている。コミュニストと戦うために彼らは役に立つという理由からだという。(Daniele Ganser, “NATO’s Secret Armies”, Frank Cass, 2005)

 秘密工作ネットーワークにはウクライナのネオ・ナチを率いているひとりのドミトロ・ヤロシュも含まれていると言われているが、ロシアの内部にも網の目は伸びているだろう。そうした網を構成する工作員が活動を開始したとマーフィーは言っているのだ。

 9月26日のノード・ストリーム爆破はイギリス海軍が実行したとロシア政府は主張しているが、10月8日にクリミア半島とロシア本土を結ぶクリミア橋(ケルチ橋)が爆破された事件はイギリスのMI6が計画したとも言われている。

 10月29日にクリミアのセバストポリにある基地がUAVや無人艦で攻撃されたが、攻撃を実行したのはオチャコフにいるイギリスの専門家から訓練を受けたウクライナ第73海軍特殊作戦センターの隊員だという。』