国債に日銀「影の目標」 本格利上げけん制、市場抑圧も

国債に日銀「影の目標」 本格利上げけん制、市場抑圧も
金融政策・市場エディター 大塚節雄
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB239NE0T21C22A2000000/

『日銀が期間10年の長期金利目標の上限を引き上げ、債券市場は「ポスト異次元緩和」へ動き始めた。日銀は「期間5年は0.17%」など幅広い年限で「影の目標」ともいえるような目安を打ち出し、金利の急上昇を防ぐ姿勢を強める。本格的な利上げを織り込むマネーの奔流を遮断する狙いだ。金利安定の名のもとに債券市場の公的管理が強まるリスクも残る。

「来年1月に日銀がマイナス金利やイールドカーブ・コントロール(YCC)の解除に動いても驚かない」。電撃的な金利目標の引き上げを経て、野村証券の松沢中チーフ・ストラテジストは海外の投資家からこんな声を聞くようになった。

松沢氏自身、今回の措置を「日銀はYCCの撤廃に向けた『パンドラの箱』を開けた」とみる。YCCは期間10年の長期金利を低く抑えるのが肝。急激な円安や社債市場のかく乱といった副作用を生み、今回の措置につながった。今後も市場機能への配慮という名目さえたてば、特段の政策検証もなしに、目標上限を段階的に1%くらいまで高め、有名無実化してもおかしくないという。

ただし日銀は今回、「YCCの柔軟化と、その後の本格的な金融政策の正常化を明確に切り分けた」と松沢氏は読む。短期金利のマイナス解除や利上げには、あくまで賃金上昇を含めた望ましい2%インフレへの確かな道筋が問われるわけだ。

実際、日銀は今回の措置が本格利上げに直結するとの思惑を打ち消そうとしている。国債購入の増額も決め、10年以外の年限の金利変動にも機動的に対応するとうたった。日銀金融市場局は20日の決定直後、幅広い年限での金利上昇を踏まえ、あらかじめ指定した利回りで市場から無制限に国債を買う「指し値オペ」の拡充を決断した。

現行の10年物国債のみから2年、5年、20年の新発国債を対象に広げた。新発2年債と5年債の購入は、YCC導入時に創設した指し値オペを初めて発動した2016年11月以来。20年債ではこれまでなかった。

とくに日銀が危機感を募らせたのが5年債の動きだ。利回りは前日の0.14%から一時0.26%に跳ね上がり、約9年3カ月ぶりの高水準をつけた。オペでは5年債の固定金利の水準を0.17%と、市場実勢よりも明らかに低い金利(高い価格)に設け、金利低下を促す構えをみせた。

市場関係者らの声を総合すると、日銀は本格的な利上げを織り込もうとする市場の動きを「見過ごせない」と判断し、5年物金利の抑止へ強いメッセージを打ち出した。2年債と20年債に市場からの応札はなかったが、5年債は1兆円あまりを買い上げた。

金利上昇圧力は鎮まらず、21、22日も利回りを入札で決める通常方式のオペで期間3~5年の国債購入に動いた。

SMBC日興証券の森田長太郎チーフ金利ストラテジストは「現物債市場では5年債が短期金利引き上げのスペキュレーション(投機的な取引)の中心」と語る。海外当局の外貨準備運用などの需要も厚い2年債に比べ、海外投機筋が動かしやすいからだ。

みずほ証券の丹治倫敦チーフ債券ストラテジストが21日までの市場の初期反応を分析したところ、期間2~5年の金利は短期金利の0.6%近辺までの引き上げを織り込んだ。この動きに日銀が対抗するには、0.5%を新たな上限に据えた10年債だけでなく、5年債も焦点となる。

日銀の積極的な国債購入もあって足元の債券相場は落ち着きつつあるが、債券売りが再燃する可能性は高い。日銀は「5年物0.17%」という金利水準自体に重い意味はないと説明しているようだが、市場関係者には「絶対的な目標ではないが無視できない指針」との声も多い。

問題は、市場機能に配慮したからこそのYCC柔軟化のはずなのに、金利水準の指定や国債買い入れの強化を通じ、債券市場の「公的管理」の色彩がむしろ強まりかねない点にある。

内外の研究によると、YCCは中央銀行の制度維持に対する市場の信頼が厚いほど実際に国債を買う量は少なくてすむ。ニューヨーク連銀のエコノミストが、日銀のYCCについて国債を大量に買わずに幅広い年限の金利を厳密に制御していると評価したこともある。

だが、YCCを厳格に運営しないケースでは市場の信頼を失い、国債を大量に買っても目標維持は難しくなるとの分析結果もある。今の実態はこのケースに近づいているようにもみえる。

だとすれば、国債購入はあくまで無秩序な金利上昇を抑える目的にとどめ、円滑なYCCの廃止につなげる「撤退戦」と位置づけるべきではないか。とくに固定的な金利水準へのこだわりは投機筋の攻撃を誘う。

日銀の現時点の意図がどうあれ、2023年の市場は金利のある「普通の経済」に向けたダイナミズムを取り戻すための重要な準備期間に入る。激変緩和の工夫は欠かせないが、「影の目標」の存在感があまりに高まりすぎると円滑な移行を妨げてしまう。

(金融政策・市場エディター 大塚節雄)

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柯 隆
東京財団政策研究所 主席研究員
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ひとこと解説

日銀はようやく金融政策の方向を転換してよかった。問題はこれからはどれぐらいのスピードで利上げを実施するかである。利上げは最小限に抑えるべきだが、物価はすでに高騰している。報道によれば、1月に入って、7千品目以上の商品が値上げされるといわれている。アメリカの景気と中国のコロナ感染拡大による影響を考えれば、これからの金融政策の取り方はより難しくなる
2022年12月26日 8:32

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上野泰也
みずほ証券 チーフマーケットエコノミスト
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分析・考察

日銀が今回行ったイールドカーブ・コントロール(YCC)の手直しには、将来いずれかの時点で想定されるYCC解除(長期金利ターゲット撤廃)の「予行演習」になった面があることは否めない。突然の政策修正で動揺する債券市場を安定化させるため、長期国債買い入れの増額や機動的実施に加え、各年限での指値オペの活用によって、日銀の金融市場局が債券市場を落ち着かせようと、日々工夫を凝らしている状況である。10年債以外についても固定した利回り水準で指値オペを毎回打ち続けると「影の目標」と受け止められてしまい、不都合が生じる。10年債以外の指値オペの頻度は低く、その利回り水準はある程度可変的だとみておくべきだろう。
2022年12月26日 7:24』

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