漂着ゴミで占う北朝鮮経済 「史上最悪の年」の実態は?

漂着ゴミで占う北朝鮮経済 「史上最悪の年」の実態は?
ソウル支局長 恩地洋介
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM219BO0R21C22A2000000/

『北朝鮮メディアは最近、この1年を「史上最悪の試練の年」と振り返った。経済制裁や貿易の中断に加え、新型コロナウイルスの感染爆発にも見舞われた。内情はどこまで深刻なのか。韓国には北朝鮮から流れ着く「漂着ごみ」を集めて経済状況を分析する専門家がいる。

「今年9月に北朝鮮で製造されたアイスクリームの袋です。同じ種類でも以前のものと比べると質が違うでしょう」。釜山市にある東亜大学の研究室で先週、姜東完(カン・ドンワン)教授が解説してくれた。

アイスの袋は北朝鮮との軍事境界線にほど近い延坪島(ヨンピョンド)の海岸で12月上旬に収集した。QRコードを読み取ると、首都平壌の南方にある黄海北道・沙里院(サリウォン)市の工場で製造されたことが分かる。

実行に移された金正恩氏の号令

この袋にはいくつかの発見があった。2021年に回収した同じアイスの袋よりも一見して丈夫な素材が使われていた。製造日の表示はインクで刻印する方式から、機械で刻みつけるタイプに変わった。
姜教授が収集したアイスクリームの包装袋。向かって左側は今年9月に黄海北道・沙里院市の工場で製造された

食品工場の多くは首都の平壌に集中しているが、高い製造技術を持つ地方の新工場が稼働している証拠だ。なぜだろうか。

12月13日付の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」にヒントがあった。1面の記事は「厳しい挑戦が折り重なった史上最悪の試練の年」と今年を振り返る一方、党が取り組んだ農村振興と地方工業の発展の成果を自賛した。

記事によると、金正恩(キム・ジョンウン)総書記は21年末の党中央委員会総会で「人民が好む消費品を生産供給し、基礎食品などの地方産業工場を近代的に一新しなければならない」と号令をかけた。平壌と地方の格差縮小は、金正恩指導部が重視してきた課題の一つだ。

漂着ごみのなかで数が多いのは牛乳やヨーグルトの容器だという。金正恩氏は21年6月に「国家の負担で全国の子どもに乳製品など栄養食品を供給する」と指示をした。姜教授は「物不足は深刻だが、金正恩氏が指示を下した分野には資源が集中投下されている」と見る。

長引く経済制裁の影響

姜教授はかねて、北朝鮮住民の生活を知るため、中国と北朝鮮との境界近くでフィールドワークに取り組んできた。新型コロナの流行で訪中できなくなり、南北の境界に近い離島に打ち上げられる漂着物の分析に注力することにした。

シベリア寒気団のジェット気流がふき込む冬季は、北朝鮮側から多くのごみが流れ着く。サンプル数が多ければ比較分析の精度が高まる。これまでに5千点余りを拾い集めた。

漂着ごみからは、住民の厳しい生活実態が垣間見える。最近見つけたのは、ゴムの裂け目を太い糸で縫い合わせたサンダルや子供用の長靴だ。歯磨き粉や薬のチューブは中身を最後まで使い切るためか、例外なく容器の下端が切り取られている。

下端が切り取られた薬の容器。水虫治療などに使う「ミコナゾール軟こう」と書かれている

金正恩氏は18年、米国のトランプ前大統領との間で非核化交渉を進めようとした。ところが19年2月にハノイで開いた2回目の米朝首脳会談が物別れに終わると、再び核とミサイルを増強する路線へと回帰した。

北朝鮮指導部は物資の「国産化」を進めるよう号令を下し、人々には「自力更生」や「自給自足」を説いて我慢を強いた。経済制裁の長期化に備えるためだ。

姜教授によると、飲料水の容器ごみに記載された成分表には「8月草糖」という表記が多い。砂糖の代替品としてステビアから抽出した甘味料とみられる。国際社会から孤立するなか、サトウキビなどの原料を輸入できるようになる日は遠い。

無視できない「消費者」の力

姜教授は食品パッケージの種類が年々豊富になっていると感じている。韓国の「辛ラーメン」によく似たラーメンの袋や、「ハローキティ」をまねたかのようなキャラクターをプリントした菓子袋もある。

「ハローキティ」によく似たキャラクターをプリントした菓子袋

配給制が機能した昔は、カラフルな包装は必要なかった。金正恩氏は「チャンマダン」と呼ばれる市場を合法化し、市場経済化を進めた。その結果、人々は商品を選好する消費者となり、党や企業は多様化するニーズを満たすことを意識した生産活動をするようになった。

姜教授は「北朝鮮の人々が市場での取引を通じ、体制への不満をも表出できるようになれば意味のある変化だ」と指摘する。指導部が韓流ドラマの流入を厳しく取り締まるのも、消費者である人民の力を恐れているからだと言える。

最近の統計が示す北朝鮮の経済状況は厳しい。韓国農村振興庁は、22年の北朝鮮の食糧用作物の生産量が21年と比べ3.8%減ったと見積もった。長梅雨や日射量不足がコメやジャガイモの生育に影響したとみている。国連貿易開発会議(UNCTAD)は、北朝鮮の21年の実質国内総生産(GDP)が前年比で2.9%減ったと推計した。

朝鮮労働党は近く中央委員会総会を開く。昨年通りなら金正恩氏が演説し、経済や軍事など当面の事業計画に言及する可能性が高い。核とミサイルの開発に固執し人々の暮らしを犠牲にする独裁統治は、いつになれば出口が見えるのだろうか。

恩地洋介(おんち・ようすけ)
2001年日本経済新聞社入社。主に永田町や霞が関で国会、外交、経済政策などを取材。ソウル駐在は5年目。2022年4月からソウル支局長。』