[FT]建前と偽善の米国左派 「裏庭」には原発・風力拒絶

[FT]建前と偽善の米国左派 「裏庭」には原発・風力拒絶
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『バイデン米大統領が推進する、米国におけるクリーンエネルギー推進策を盛り込んだインフレ抑制法の可決は8月に大きく報道された。地球温暖化への取り組みとしては、米国最大の動きだったからだ。だが、残念ながら、12月上旬にこの法が骨抜きにされたことを告げるニュースはあまりみられなかった。

79年に炉心溶融事故を起こしたスリーマイル島原発。同原発での事故以降、米国では新規原発の建設はほぼ不可能になっている=ロイター

煩雑な手続きを省くことでクリーンエネルギー事業を迅速に推進できるようにする関連法案を、民主党の左派(編集注、民主党系の無所属議員も含む)と共和党による不自然な連合が葬り去ったのだ。

共和党の動機は明白だった。バイデン氏が推進する政策はどれもつぶしたかったのだ。一方の民主党の左派の動機は「完璧でなければ反対する」といういつもの自滅的行為だった。
排出量の実質50%削減、達成がほぼ不可能に

一連の動きは米国の急進左派の例外的な行動ではなく基本構造ともいえる。

今回の法案にはリベラル派の代表格であるバーニー・サンダース上院議員を含め72人の民主党系議員が反対に回った。同法が成立すれば東部ウェストバージニア州への天然ガスパイプライン敷設が可能になり、化石燃料の採掘増加につながると異議を唱えた。

同法案は、インフレ抑制法の予算を財源にした、新しい太陽光発電所や次世代送電網、風力発電所を建設する上で障害となっているお役所仕事を減らすことになるはずだった。

関連法案のお蔵入りを許した結果、2020年代末までに温暖化ガス排出量を実質50%削減するというバイデン氏の目標は事実上、達成不可能となった。

これは米国の左派が抱える2つの問題を浮き彫りにする。1つ目は実利につながる行動より道徳的に正しいかどうかを求める傾向があることだ。

哲学者の多くは、行動の善しあしは結果で判断すべきだと主張するが、中には行動の意図が重要だと言う人もいる。今回の事例では、左派は前者である炭素排出量を大幅に削減するより、後者の自らの信条に妥協しないことをよしとしたのだ。

渋滞が多いニューヨーク州にはなぜ、交通量に応じて通行料金が変わるロードプライシング制度が導入されていないのか。あるいはカリフォルニア州が計画している高速鉄道はなぜコストが膨らむだけの無用の長物となっているのか。

その理由は、左派の道徳観が立ちはだかっているからだ。これらの政策がいずれも失敗した原因は共和党ではない。

左派の2つ目の欠点は偽善だ。至る所に「NIMBY(ニンビー)」の本能が見え隠れする。ニンビーは「Not In My Back Yard」(うちの裏庭には勘弁)の略だ。そう考えれば超リベラルなことで知られるサンフランシスコの住宅価格が異様に高いことにも説明がつく。

お金持ちは建築物が増えて所有する不動産の価値が下がったり、近所に好ましくない人が住んだりすることが嫌なのだ。

同じくリベラル派の牙城であるマサチューセッツ州の富裕層向けの保養地であるナンタケット島の住民が、地元のクジラの邪魔になるというお粗末な主張に基づき洋上風力発電所の建設を阻止しているのも同じ発想だ。自分たちの景観が損なわれるのが嫌なのだ。これは米国初の大型洋上風力発電所になったかもしれないプロジェクトだ。

これに先立ち、この近くのコッド岬沖で洋上風力の建設計画が打ち出されていたが、地元選出の上院議員で同地に屋敷がある一族の御曹司、故エドワード・ケネディ氏の反対もあってつぶされた。

まき散らされる「バナナ」の皮

こうしたNIMBYの精神は、実利を軽視し偽善的な左派の最も悪い特徴を表している。自らの生活のマイナスになることを真っ先に拒否するのは、多くの場合、自分の信念を最も声高に唱える人たちだ。

経済学者のタイラー・コーエン氏はこの問題を「バナナ」と称している。「Build Absolutely Nothing Anywhere Near Anything」(どんなものの近くにも一切、絶対に何も建てない)の頭文字だ。左派と共和党は米国の脱炭素の行く手にバナナの皮をまき散らしているのだ。

1970年に施行された米国の国家環境政策法の下では、プロジェクトは環境影響評価を完了するまでに訴訟などの問題に見舞われなくても平均4.5年かかっている。同法の最大の欠点は、よその地域に暮らす数百万人が受ける恩恵より地元社会の見解を重視していることだ。

過去の事例をみると幾度となく、時間がたっぷりある裕福な退職者と弁護士が「コミュニティーへの参加」を通じてプロジェクトの成立を阻んできた。地球温暖化が深刻な社会問題になる前に制定されたこの法律は時代遅れといえる。

同じことが米国の原子力規制にも当てはまる。米国の民生用の原子力産業では、79年のスリーマイル島原発事故以来、事実上何一つ動きがない。同事故では死者が出なかったにもかかわらず、米原子力規制委員会(NRC)は新規原発の建設をほぼ不可能にした。

ドイツのメルケル前首相が首相時代に犯した最大の過ちは2011年に原発の稼働停止を決めたことだ。これがドイツのロシア産エネルギーへの依存を一層強め、ロシアのプーチン大統領を増長させる一因になった。

ただし書きが前提条件に

米国の原発に対する毛嫌いは、メルケル氏の過ちと同じ結果を招いている。民生用の原子力で死亡した米国人はわずか10人で、放射線被ばくで死んだ人は1人もいない。一方で昨年、何万人もの米国人が大気汚染が原因で死亡した。

米国がネットゼロ(温暖化ガスの排出実質ゼロ)を達成するには、原子力発電を拡大しなければならないことは疑問の余地がない。風力と太陽光を増やすだけでは実現できない。
米国の左派が、地球温暖化は人類の「存亡にかかわる最大の脅威」だと主張していることは正しい。ただ現状では、「原発のメルトダウン(炉心溶融)への行き過ぎた不安は除く」や「我々の不動産の価値を害するなら、その限りではない」といったただし書きが加わり、前提条件になっている。

米国の左派は自分たちに都合がよい話は実現しないと気付く必要がある。

By Edward Luce

(2022年12月15日付 英フィナンシャル・タイムズ紙 https://www.ft.com/)

(c) The Financial Times Limited 2022. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.
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