掃海艇派遣「海部首相決断を」 91年公電、駐米大使促す

掃海艇派遣「海部首相決断を」 91年公電、駐米大使促す
外交文書公開
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA208UG0Q2A221C2000000/

『1991年1月に起きた湾岸戦争の際、停戦後の自衛隊掃海艇の派遣に向け、当時の村田良平駐米大使が海部俊樹首相の決断を強く促していたことが、21日公開の外交文書で分かった。91年3月の極秘公電で「決断のタイミングは今からでも決して遅くはない」と主張した。

日米関係の悪化と国際社会からの批判を懸念する外務省が、自衛隊初の本格的な海外派遣を切望していた実態が浮き彫りになった。

90年8月にイラクがクウェートに侵攻した湾岸危機で、米国は多国籍軍によるイラク攻撃を念頭に日本に自衛隊派遣を要請した。

日本は代替策として総額130億ドルの財政支援を実施したものの、米議会などの評価を得られなかった。自衛隊機での避難民輸送を決定したが実現しなかった。

米軍主体の多国籍軍は91年2月にクウェートを解放。クウェート政府は3月11日、自国解放に寄与した国に感謝する広告を米紙に掲載したが、日本の名前はなかった。

1991年7月、首脳会談後に記者会見する海部首相(右)とブッシュ(第41代)米大統領(米メーン州ケネバンクポートの大統領別荘)=共同

村田氏の公電は、新聞広告から2日後の13日付。自衛隊機の避難民輸送が実現せず「米側に強い期待外れ」をもたらしたと指摘。掃海艇派遣は「評価を挽回する絶好の機会」として「国内の一部にいかなる反対があろうとも不退転の決意で実行」するよう訴えた。

その後、外務省は掃海艇派遣へ調整を加速。栗山尚一事務次官は3月22日、海部氏に「外務省としては実施の方向で決断を得たい」と進言した。

26日には工藤敦夫内閣法制局長官と協議し「憲法上、法律上可能であればぜひ日本が掃海に協力することが望ましい」と理解を求めた。

工藤氏は4月10日、派遣を巡る自衛隊法の解釈に関し、停戦成立後であれば「説明がより容易になる」と海部氏に説明。11日の正式な停戦成立を受け、政府は24日にペルシャ湾への派遣を決定した。

日本が円建てで予算を計上した多国籍軍などへの90億ドルの財政支援を巡り、ブッシュ(第41代)米大統領が91年4月の会談で、海部氏にドル建てでの支払いを求めていたことも文書で判明した。

円安で目減りが生じたためで、海部氏は補塡に応じず別の基金に5億ドルを拠出する形で決着した。〔共同〕

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