「北京コロナ感染70%」の深刻度、習政権に2つの司令部

「北京コロナ感染70%」の深刻度、習政権に2つの司令部
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD1821G0Y2A211C2000000/

『いわゆる「白紙運動」後の11月末から新型コロナウイルスを厳しい行動制限で封じ込める「ゼロコロナ」政策を事実上、緩和する方向に踏み出した中国。首都・北京では予想外の速度で感染症がまん延し、医療を含めた首都の生活関連機能が、ほぼ停止状態に陥りつつある。

病院はパンク状態で、40度近い高熱が続く老齢の重症者が病院に運ばれても診察まで6時間以上、露天で待たされると分かり、泣く泣く家に引き返す始末という。北京、上海など中国各地に拠点を持つある日系企業では「今、2人に1人が感染し、出勤もままならない」という。

買い占めで解熱剤買えず

当地からの情報を総合すると、北京と、周辺に位置する河北省など都市部の感染率は、50%を超えつつある。3、4人の家庭の場合、感染者ゼロの世帯は極めてまれなのだ。「なかでも深刻な地域に限れば、感染率は間もなく70%に達し、それを超えるかもしれない」。これがいまだ詳細な発表のない中国コロナ感染の実態である。

遼寧省瀋陽市に住む50代の男性と、その一家は現在、全員がコロナで倒れ困窮している。39度の熱が数日続いているのに、薬の買い占めもあって市内の薬店では解熱剤さえ手に入らない。医療機関では診察を断られ、ただ自宅でうなっているだけだ。

中国では電話による医療相談窓口も機能していない。南部にある広東省の各地の都市でも感染が拡大しており、店員不足もあって、商店、レストランが次々閉まり、街全体が閑散としているという。

短期間になぜこれほどの爆発的な感染が起きたのか。内情を知る関係者の興味深い説明を紹介したい。

「いかなる軍隊でも、情勢不利と判断した場合の撤退の際、全滅を避けるため、追ってくる敵軍を防ぐいわゆる『しんがり』の部隊を最後尾に置いて逃げる。ところが今、中国では、何の防御措置もとらないままゼロコロナ政策を放棄し、全員が逃げる潰走が突然、始まった」

つまり、中国政府は、何の準備もなく、防御措置もとらないまま突如、政策を転換・放棄したのだ。

さらにいえば「11月末の白紙運動のかなり前から無症状者を中心に感染が全国に拡大し、限界に達していた。それがゼロコロナ緩和とちょうど時を同じくして顕在化してきただけだ」という見方もある。

北京で開催された中央経済工作会議で演説する習近平国家主席=新華社・共同

これは「北京周辺での爆発的なまん延は、11月初めに河北省で始まった感染が波及したもので、必ずしも白紙運動(11月26~28日)後のゼロコロナ緩和のせいだけではない」という識者らの見解に重なる。

そもそも中国で接種が奨励されてきた不活化ワクチンは当初、湖北省武漢市でまん延した原初のウイルスに対応して開発された。現在の流行の主流であるオミクロン型への効果に乏しい。

しかも最近1年の接種率は相当低く、免疫を持たない人々が中国では増えていた。重症化しやすい高齢者ほど接種率が低い傾向も問題だった。幼少期から積み重なった政府への不信から、高齢者ほど中国製ワクチンに対する信頼度が低いのだ。

感染が広がるベースが既にできていたところに、12月に入って行動制限が一気に緩和され、街の店には一時、若者があふれ、小中学校ばかりか老人ホームなどでも集団感染が発生した。これが家庭に持ち込まれ、一家で罹患(りかん)する感染爆発につながった。普通に生活しているだけで感染してしまうのである。

「オミクロン型はインフルエンザと変わらない」「新型コロナ風邪といえる」。共産党総書記、習近平(シー・ジンピン)をトップとする政権から表彰された感染症専門家、鍾南山の発言も警戒感を一気に弛緩(しかん)させた。長くゼロコロナを支持していた発言との一貫性のなさに驚かざるをえない。

「李克強・李強」、2つの指令系統

もう一つの大きな問題は指令系統だ。全国に届けられる指令が混乱し、地方官僚は右往左往するばかり。いまだ中央から発せられた緩和方針が徹底されない地域も残っている。

ゼロコロナ緩和の発表を聞いて今月、中国の地方から大都市に航空機で移動したビジネスマンは、自身がコロナ陽性でも濃厚接触者でもないのに、到着した空港で目的地に入れないという宣告を受けた。そこから数百キロメートル離れた閑散とした冬山の観光地に隔離のため送られたという。

「考えられない無策と混乱の原因は、『習近平独り勝ち人事』の後遺症が残るなか、指導部内に『2つの司令部』が存在する二重構造の弊害もある」

「本来、(15・16日両日開かれた来年の経済運営を議論する)共産党の中央経済工作会議は、その大半を様々なコロナ対策の議論に充てるべきだった」

「これまでのゼロコロナの深刻な中国経済への影響と、一転、緩和した後、まん延した打撃の双方に対する細かなケアが必要だ」

これらは、中国要人が執務する北京・中南海の政治構造に詳しい識者らの分析と提言である。そこには静かな怒りも込められている。十分に検討され、準備のうえ政策転換に踏み切った形跡がまったくない。

典型例は中央経済工作会議の発表文だ。トップとその側近集団が示した従来型の基本方針に、ほんの少し新たなコロナ対策のニュアンスが加わったにすぎない。これでは、ほぼ何も決めていないに等しい。

ここからもゼロコロナが準備なしで一足飛びに放棄されたことがわかる。ゼロコロナの指示を自ら出していたのは習近平その人。究極の権力を意味する「極権」を手にした習が豹変(ひょうへん)したのである。鶴の一声で全てが変わった。だが、それがまた新たな混乱を生んでいる。

中国では、5年または10年に1度の大人事異動の空白期に大事件、大混乱が起きるケースが多い。今回は、まさにそれに当たる。

中国共産党大会の閉幕式に出席した李克強(リー・クォーチャン)首相(2022年10月22日、北京の人民大会堂)=比奈田悠佑撮影

特に経済運営、コロナ対策の司令塔を担う首相の李克強(リー・クォーチャン)、副首相の孫春蘭は、先の共産党大会で中央委員に選ばれず、来春、現ポストから退く。

本来、「レームダック(死に体)」になるはずだ。ところが不思議な事態が起きた。今だレームダックに陥っていない。いやレームダックになることなど許されないのだ。

なぜなら、後任の首相に選ばれるはずの党内序列2位になった習側近の李強(リー・チャン)は、中央政府での執務経験が皆無のため、現時点でも行政機構の動かし方を知らない。

地方官僚は故意に不作為

李強がかつてトップや幹部を務めた上海市、江蘇省、浙江省など地方の官僚機構と、首都・北京の中央政府機構は全く違う。李強はそれに戸惑うばかりだろう。

共産党大会閉幕式を途中退席する胡錦濤前総書記(中央)。手前右から2人目の李強氏は、右隣の孫春蘭副首相と談笑している(10月22日、北京の人民大会堂)=比奈田悠佑撮影

この構造は、コロナの爆発的感染で危機にひんしている中国国民にとって悲劇だ。例年より短い2日間に短縮された経済工作会議でも、既に党最高指導部メンバーではない李克強が演説し、これと別に李強が総括演説をした。この緊急時に屋上屋を架している。

中央政府内の幹部、職員らの多くもコロナに感染し、前任から後任への引き継ぎが混乱ぎみだ。そこから指令を受ける地方官僚も動きにくい。

第20回中国共産党大会の閉幕式に出席した李強・上海市党委員会書記(10月22日、北京の人民大会堂)=共同

しかも北京には司令部が2つある。そこから下りてくる命令系統も二分されている。そうである以上、怖くて何もできない。誰の言うことを聞けばよいのか、はっきりしないのだ。「身を守るには何もしないのが一番」ということになる。中国官僚の典型的な処世術である。

これだけ感染拡大が速いと、そのピークも予想よりはるかに早いという見方も成り立つ。北京、河北省辺りでは、1月下旬の旧正月明けを待たず、年内にもピークに達し、下降に転じる可能性もある。その場合、予想より早く事実上の集団免疫が獲得され、感染が収束するかもしれない。そんな楽観シナリオも一部で出ている。

第2波、第3波あれば死者も膨大に

とはいえ、これは期待にすぎない。そこには見落としがちな落とし穴が隠れている。世界各国での流行の経験から考えても、今回の中国全土でのコロナまん延は、第1波にすぎない。一旦、収束しても時間をおいて第2波、第3波がやってくる。

最も恐ろしいのは、数億人規模で感染が広がった場合、中国内でウイルスが変異し、それが再び全国を襲うかもしれないということだ。これが中国経済と、世界経済に及ぼす影響は予測がつかない。

中国では来年を通じてコロナ感染者が爆発的に増え、死者は100万人を超えるかもしれない――。米ワシントン大学医学部保健指標評価研究所は、16日に公表した最新の予測モデルで衝撃的な見通しを示した。来春までに中国全人口14億人のうち3分の1が感染するという。

コロナまん延の北京で遺体を搬送する防護服姿の人員(12月17日)=ロイター

ゼロコロナ緩和以降の感染者、死者の正確な数は全く不明である。中国衛生当局が19日に発表したコロナによる死者は2人だけだ。中国でこれを信じる人はいない。身の回りで多くの高齢者が亡くなるのを目撃している以上、発表数字などみる人もいない。

「12月に入ってから、北京のある有名大学で教壇に立っていた老齢の元教授、教師、職員とその家族ら計10人以上が、コロナ感染が引き金になって死亡した」

これは北京の関係者内だけで秘密裏にやり取りされている情報である。若者は感染しても問題が少ないが、高齢者ら重症化リスクの高い人々はそうはいかない。彼らは急場をしのぐ解熱剤さえ買えない。もともと持病があっても、最終的な死因はコロナなのだ。コロナがなければ、死なずに済んだのである。

オミクロン型の死亡率はかなり低いのは事実だ。だが、中国の数字だけが各国より極端に低いというのは考えにくい。中国は高齢者の人口が世界一多いだけに、その打撃は予想を超える。北京とその周辺部の火葬場はフル稼働しており、すぐに火葬できずしばらく待たされる遺体もあるという。事態は深刻である。(敬称略)

極権・習近平 中国全盛30年の終わり

著者 : 中澤克二
出版 : 日経BP 日本経済新聞出版
価格 : 2,090円(税込み)

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中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。』

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