首相に「黄金の3年」は来ない 総裁選と解散カレンダー

首相に「黄金の3年」は来ない 総裁選と解散カレンダー
編集委員 清水 真人
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD143KP0U2A210C2000000/

『首相の岸田文雄が今夏の参院選で与党過半数を維持すれば、国政選挙の予定がない「黄金の3年」の安定期が到来する――。永田町に流れるこんな観測に現実味は乏しい。野党が力不足でも、政局カレンダーは甘くない。次の自民党総裁選と衆院解散・総選挙の順序をどう設定し、勝ち抜くか。新型コロナウイルス対策やウクライナ危機など目の前の懸案に追われる岸田。先を見据えた緻密な戦略も求められる。
「広島サミット」から次期衆院選にらむ
岸田首相にG7サミットの開催を要望した広島市の松井一実市長(左から2人目)=1月27日(広島市提供、共同)

「参院選が終われば、最長3年ほど大型国政選挙がない期間が続く。その間に憲法改正の国民投票を実施できればいい」

自民党憲法改正実現本部長の古屋圭司は日本経済新聞社のインタビューで、改憲への意欲をこう示している。今夏の参院選で与党が過半数を守れば、岸田は衆参両院で安定した権力基盤を手にする。次の参院選は3年後の2025年夏。衆院議員の任期4年の満了は25年10月だから、次の参院選まで解散しなければ、国政選挙のない「黄金の3年」がやって来るはずだ、というのだ。

国民民主党代表の玉木雄一郎もこの見解に同調している。岸田が衆参で自前の多数与党の基盤を固めることは、長期政権への一里塚にはなる。だが「黄金の3年」は幻になる公算が大きい。参院選から2年余り先の24年9月に岸田の再選がかかる自民党総裁選の壁が待つからだ。ここを突破しようとするなら、最大のカギとなるのは「首相の専権事項」とされる衆院解散・総選挙をいつに設定するかだ。解散風は必ず吹く。

カレンダーを足元から眺めてみよう。参院選で権力基盤を安定させると、岸田の目に入る次の重要な政権運営の節目は、23年初夏に日本が議長を務める主要7カ国首脳会議(G7サミット)だ。今年6月26~28日にドイツで開くエルマウ・サミットまでに開催地を決める。岸田の地元である広島市と名古屋市、福岡市が誘致に動く。

「米国に加え、英国やフランスといった核保有国のリーダーが被爆地に足を運ぶことには議論がある。いずれにせよ、これから各都市のアピールを比べて判断したい」

岸田は1月4日のBSフジの報道番組で、「広島サミット」には核保有国の理解など課題が多いとの言い回しで、逆説的だが意欲をにじませた。議長としてサミットを成功させれば、政権運営に追い風となる期待大。その余勢を駆って、前回衆院選から3年近くとなる24年9月の総裁選より前に解散する選択肢も出てくる。先に有権者の政権選択を仰ぎ、その勝利をテコにして総裁選を乗り切る戦略だ。
解散の前提に「1票の格差」是正
記者会見する自民党の茂木敏充幹事長(1月18日、党本部)

いまは党執行部を形成する幹事長の茂木敏充、政調会長の高市早苗、広報本部長の河野太郎ら「ポスト岸田」候補たち。総裁選で岸田に挑戦するつもりなら、遅くとも1年前の23年秋の内閣改造・党役員人事で無役に転じ、独自の政権構想を打ち出すのがセオリーだ。外相で岸田と同じ派閥の林芳正は、戦うより禅譲狙いだろう。岸田は総裁選情勢と内閣支持率を両にらみし、解散カードをいつ切るかを熟考するはずだ。

総裁選後に解散を持ち越し、任期満了を迎える25年に入ると夏の衆参同日選くらいしか有力な選択肢が見当たらない。政権運営が下り坂だと逃げ場のない「追い込まれ選挙」となるリスクもある。

岸田が解散権をいつでも行使できるようにしておく条件は2つだ。第1は、低くても40%超の内閣支持率を維持し、党内で「選挙の顔」として求心力を保つことだ。

そのためにはサミットなど外交・安全保障面の実績作りに加え、長期政権を狙う大義名分となる内政の重要課題への取り組みも必須だ。23年暮れには診療報酬と介護報酬の同時改定、24年には年金の財政検証が控える。コロナ禍で露呈した医療システムの非効率に切り込むなどの社会保障改革は待ったなしだ。脱炭素社会に向け、原子力発電の位置づけを含めた骨太なエネルギー戦略も欠かせない。
衆院選の「1票の格差」訴訟の判決を受け、札幌高裁前で「違憲状態」と書かれた紙を掲げる弁護士(2月7日午後)=共同

条件の第2は、衆院の1票の格差を最大2倍未満に抑える定数是正だ。21年の衆院選に対し「違憲状態」だったとの判決が高裁レベルで相次ぐ。衆院議員選挙区画定審議会(会長=帝京大教授の川人貞史)は20年国勢調査に基づき、都道府県ごとの小選挙区定数を「10増10減」とする区割り改定勧告をこの6月25日までに岸田に提出する。

定数は東京都で5、神奈川県で2、埼玉、千葉、愛知の3県で1ずつ増える。宮城、福島、新潟、滋賀、和歌山、岡山、広島、山口、愛媛、長崎の10県で1ずつ減る。元首相の安倍晋三と林芳正が対峙する山口、元幹事長の二階俊博がいる和歌山などが減員県に含まれ、次期衆院選の公認調整の難航を危ぶんで自民党に強い反対がくすぶる。

「10増10減」勧告は格差を2倍未満に抑えるため、「アダムズ方式」と呼ぶ定数配分を採用する現行の区画審設置法に従った手続きだ。だから、他党からは自民党内の異論に対する批判が相次ぐ。岸田内閣は1月28日に閣議決定した答弁書で「勧告に基づき、速やかに必要な法制上の措置を講ずることとなるものと考えている」と表明した。区割り改定法案を国会に提出するのは、参院選の後だろう。
「首相の権力」安倍氏と菅氏の明暗
自民党総裁選への出馬見送りの意向を明らかにする菅義偉首相(21年9月、肩書は当時)

「総裁選と解散カレンダー」の教訓として、前首相の菅義偉の退陣劇を振り返ろう。20年9月に登板した菅は21年9月に総裁選、同年10月に衆院議員の任期満了を控えていた。当初は内閣支持率も高く、早期の解散・総選挙で有権者の信任を勝ち取り、その勢いで総裁選を乗り切る選択肢もあったはずだ。ただ、コロナ対策に追われ、解散カードを切るタイミングをつかみ損ねた。

総裁選が迫った21年8月。コロナ禍の拡大で支持率は30%台に低迷し、菅は「選挙の顔」として不適任だ、との逆風が党内で急加速する。そこへ岸田が出馬を宣言し、菅は守勢に回った。土壇場になって内閣改造・党役員人事を実施し、すぐ解散・総選挙を断行して総裁選は先送りする選択肢も描いたが、総選挙で自民党が敗北しかねないと猛反発を招き、退陣に追い込まれた。

支持率が下落し、首相が「選挙の顔」としての信任を党内で失うと、政権には急激な遠心力が働く。解散カードもさびつく。それを避けるため、好機とみればためらいなく「小刻み解散」を連発し、衆院選で勝ち続けて史上最長政権を築いたのが安倍だ。
衆院が解散され、一礼する安倍晋三首相(17年9月、衆院本会議場、肩書は当時)

野党自民党の総裁だった安倍は12年12月の衆院選で大勝して首相に再登板した。13年7月の参院選でも与党で過半数を獲得し、16年夏の参院選まで「黄金の3年」か、とささやかれた。だが、14年11月に任期4年の半分以上を残して衆院を突然、解散し、総選挙で大勝する。15年の通常国会で、集団的自衛権の限定的な行使容認を含む安全保障法制の整備に取り組むための足場固めだった。

安倍は16年7月の参院選も勝って「改憲勢力」で衆参の3分の2超を制した。今度は18年12月の衆院議員の任期満了までの2年半の間に改憲を本腰で目指すとみられたが、17年前半に森友学園問題で支持率が急落した。それが底を打って反転し始めた同年9月、またも自民党すら想定外だった抜き打ち解散。与党3分の2超を維持する圧勝を収めた。その代わりに改憲論議は寸断され、停滞した。

参院選は3年ごとの半数改選だ。そのはざまに任期3年の自民党総裁選も巡ってくる。衆院議員は任期4年だが、時の宰相は解散権をいつでも行使できると解される。この「首相の権力」の使い方で安倍と菅は明暗を分けた。結果として毎年のように重要な選挙があるので「黄金の3年」は訪れな

い。改憲も含め、じっくり取り組むべき政策課題はなかなか進まない。=敬称略

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