黄禍論の主役は中国へ 戦後も消えぬ米国のアジアへの恐怖

黄禍論の主役は中国へ 戦後も消えぬ米国のアジアへの恐怖
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/28818

 ※ こういう論説も、ちゃんと見ておいた方がいい…。

 ※ ことが、「潜在意識」の問題だと、「自分の意識・認識」じゃ、どうにも「是正すること」は、できない…。

 ※ 別に、「米国」に限った話しではないが…。

『「圧倒的な人口を誇る日本人や中国人などアジア人が、やがて欧米を攻撃し世界の覇権を握るのではないか」――欧州で生まれた「黄禍論」は、やがて米国に定着し、時に米外交にすら影響を与えた。そうした人種差別はオバマ元大統領の就任に象徴されるように薄れつつあるものの、決して消えてはいない。日米外交の重要度が増す今こそ、黄禍論の100年の歩みを振り返ろう。

1992年、米国で打ち壊される日本車(AP/AFLO)

? 2つの原子爆弾を含む米軍の空襲によって日本は焼け野原となり、米軍を中心とする連合軍の占領下におかれ、もはや日本は米国にとって脅威ではなくなった。

 19世紀末から黄禍論を盛んに煽ってきた米国のハースト系新聞グループは、雑誌に見開きで自社広告を出した。それによれば、太平洋に再び平和が訪れたのは、先見の明のあるハースト系新聞が早くから日本の黄禍論に対して警告を発してきたお陰だというものであった。

 そして日本を倒した米国は、戦後は共に対日戦争を戦った中華民国に極東外交の軸足を置くことで、黄禍論という悪夢から解放されるはずであった。

 ところが、中国における内戦で共産党が勝利し、共産主義陣営の一角を占める中華人民共和国が誕生したことで米国の目算は狂っていく。真珠湾攻撃を指揮した山本五十六のおどろおどろしい黄色い似顔絵が米国誌に掲載された開戦直後のわずか十年後には、笑顔の吉田茂首相が表紙を飾っていた。極東において日本を頼らざるを得なくなったのである。

 その一方で、中国を対象とする黄禍論の懸念が増していく。大躍進政策の一環として、中国で国民全体が裏庭の溶鉱炉で鉄鋼を生産することが発表されると、その莫大な人口から作り出される鉄鋼の生産量を計算して米国人は驚愕した。落ち着いて考えてみれば、裏庭で出来るような初歩的な炉で、高品質の鉄鋼が生産できるわけはなく、この計画は間もなく中止される。ここにも、中国の人口の多さに起因する黄禍論的発想が依然として消え去っていないことが表れている。

戦後も「日中合同」を警戒する米国

 こうした共産中国と日本が接近することを、米国は殊更警戒した。日本が主権を回復して直ぐに、日中民間貿易協定が結ばれ、国会で日中貿易促進決議が採択されると、米国政府はこれに神経をとがらせた。1950年代半ばに駐日米国大使館によって作成された報告書は、日中は歴史的に特別な関係にあり、文化的にも人種的にも近い中国から日本に対して「大陸からの牽引力」ともいえるような力が常に働いていると記している。戦前は、日本によって中国が引きずられる形での黄禍を米国は心配したが、戦後は中国によって日本が引きずられるのではないか、と日中が入れ替わっただけで、米国の黄禍に対する恐怖は消えなかったのである。

 冷戦期、米国にとって軍事的に最も危険なのはソ連であったが、米国人の心理は違った。例えば、ある米国人ジャーナリストが「中国の黄色い共産主義は、モスクワの赤い共産主義よりはるかに危険である」と述べたことにもそれが表れている。同様のことは日本側も感じ取っており、朝海浩一郎駐米大使も、米国人は共産主義ロシア人をそれほど嫌っておらず、共産中国を嫌っており、それは日本人が中露に対して抱く感情と逆であると考えていた。』

『高度経済成長期日本の「パールハーバー」

 こうした中、日本は急速に復興し、日本製品が米国に溢れるようになると、日本脅威論が再び鎌首をもたげることになる。1971年5月10日号の『タイム』誌の表紙には、ブラウン管テレビに映し出されたソニーの創業者盛田昭夫が描かれ、その上には「日本のビジネスにおける侵略にどう対処するか」と大書されていた。日本製品の流入が、戦前の日系移民の流入と同様「侵略」と表現されたのである。

 同号には、ニクソン政権高官の「日本人はいまだに戦争を戦っている。違うのは、今度はドンパチの戦争ではなく、経済戦争だということだ。彼らの当面の意図は太平洋を支配すること、それからおそらく世界を支配することだ」という発言が掲載されていた。ニクソン本人も1971年の演説において、日本との貿易競争を、「パールハーバーの暗黒の時代に立ち向かった挑戦よりもはるかに深刻だ」と真珠湾攻撃のメタファーを用いて表現した。

 1980年代に入ると日本車を打ち壊す米国人労働者の映像がテレビでたびたび流されるようになる。同じ時期ドイツ車も米国市場になだれ込んでいたが、米国の労働者がハンマーを振るったのは日本車に対してであった。対日政策において穏健派と見られていたモンデール前副大統領(当時)が、このままでは米国人の子どもたちは将来、日本製のコンピュータの周りの掃き掃除をするくらいしか仕事がなくなると警告した。

 1980年代末になり、ソニーがコロンビア映画を、松下電器産業(現パナソニック)がMCA(現NBCユニバーサル)を、といった具合に、日本企業がハリウッドの巨大映画会社を買収すると、米国内で批判の声が巻き起こった。米『ニューズウィーク』誌は、和服を着た女性の自由の女神像を表紙に載せ、そこには「日本がハリウッドを侵略する」と書かれていた。同じころ、三菱地所がニューヨークのロックフェラーセンターを買収したが、そこは毎年ニューヨークで巨大なクリスマスツリーが建てられる風物詩的な場所であることもあって、米国の対日世論は敏感に反応した。

 当時ニューヨーク在住のオランダ人の著述家は、ある米国人が「これが彼らの広島に対する報復なのか」と呟くのを聞いたという。実際は米国に対する同種の投資は他の西欧諸国によっても行われていたし、投資額もイギリスが日本を上回っていたにもかかわらず、それらに対する批判は特段起きなかったのである。

 1989年の真珠湾攻撃の日には、全米各地の新聞に反日的な言説が踊っていた。フロリダのある新聞は、日本人を「悪意のある攻撃の加害者」と表現し、「手遅れになる前に目を覚ました方がいい」と米国人に注意を促した。マサチューセッツ州のある新聞は、「真珠湾を忘れるな」と題する黒枠の記事において、「日本が破滅的な地震に襲われるよう祈る」とまで書いている。』

『「ジャパン・ナッシング」でも解けぬ警戒

 とはいえ、このような日本脅威論も1990年代半ばをピークに日本の国力が減退していくと急速に聞こえなくなっていった。この変化をマスコミは、かつては「ジャパン・バッシング(日本叩き)」と盛んに言われていたのが、「ジャパン・パッシング(日本素通り)」と言われるようになり、ついには「ジャパン・ナッシング(日本とるに足らず)」となった、と書いた。

 しかし、米国政府の日本への警戒が解けたわけではなかった。日本がアジアでリーダーシップを発揮しようとするとき、また、日本が中国と結ぼうとするとき、米国政府は強く反応する。1990年代後半のアジア通貨危機において、日本がアジア通貨基金構想を表明したとき、米財務省はそれを米国に対する挑戦と受け取り一気に潰しにかかった。

 9.11同時多発テロの時には、自国が攻撃を受けた時には、いまだに米国が自国内の異質な要素に対していかに非寛容的になるかをまざまざと見せつけた。イスラム教徒が米国内で迫害され、イスラム系の女子生徒が独特の衣服のためにいじめにあった。イスラム系全員がテロリストではないが、テロリストは全員イスラム教徒だったという米政府高官の発言は、第二次世界大戦時の日系人強制収用のときの、日系人による破壊活動が起こっていないことはこれから起こる証拠であるという発言を思い起こさせた。

 黄禍と病原菌を結びつけてみる見方も依然健在であることが示された。2002年秋から翌年にかけて、中国南部でSARS(重症急性呼吸器症候群)が流行すると、米国内ではアジア人に対する嫌がらせが発生した。ニューヨークなどの大都市では、中国系住民がSARSに罹患するケースがいまだ報告されていなかったにもかかわらず、チャイナタウンでSARSが蔓延しているとのデマが広まった。この出来事は、100年以上前にサンフランシスコで見られた疫病とアジアを結びつける視線が、21世紀になってもいまだに根強いことを人々に痛感させた。

 2010年には中国が国内総生産(GDP)世界第2位となり、日本は第3位に落ちた。それ以後中国は日本を一気に引き離し、米国の黄禍論の主対象はまた静かに日本から中国へと移っていった。その間に米国内では、ポリティカル・コレクトネスなど少数者への配慮が進み、そしてついにアフリカ系のバラク・オバマの大統領就任が実現するまでになり、人種差別は過去のものになるように見えた。

 ところがそのような急激な社会の変化に危機感を募らせていた白人が、選挙期間中に人種差別的な発言を繰り返すドナルド・トランプを大統領に当選させた。トランプは、大統領に就任しても人種差別的な発言を止めず、そのことによってむしろ熱心な支持者を増やしていった。そこにコロナ禍が発生し、全米各地でアジアン・ヘイトが巻き起こった。トランプは、新型コロナウイルスをあえて「中国ウイルス」と呼ぶことによって、アジア人差別を煽った。トランプはアジア人差別に、ある種のお墨付きを与えたのである。トランプが大統領職から退き、民主党のバイデン大統領になっても、アジアン・ヘイトの流れは続いている。

 果たしていま米国に蔓延しているアジアン・ヘイトは、人種平等に向け米国社会が徐々にではあるが確実に変化していく長い流れからの、一時的な逸脱なのか。それとも、米国社会の真下に赤く煮えたぎって流れる人種差別というマグマは、これからもずっと存在し続けるのだろうか。

 戦後長らく日米同盟に対する日本側の懸念は、米国の戦争に日本が巻き込まれるのではないかという点であった。ところが近年は、米国は世界へのコミットメントを縮小させるように動いている。トランプ大統領に至っては、在日米軍の撤退までチラつかせた。そのためこれまでとは異なり日本側の日米同盟に対する懸念は、何かあった時に米国は日本を助けてくれないのではないかというものに変わってきている。

 それは自国の安全保障を日米同盟に依存している日本にとっては極めて深刻な問題であるため、核武装を叫ぶ論や、中国への接近を主張する論もでてきかねない。米国は、あれだけ忌避してきた黄禍論という亡霊を、自らの手で現実のものとしてしまうかもしれない――こう考えるのは悲観的過ぎるだろうか。』

http://wedge.ismedia.jp/ud/wedge/release/20221020 

偽情報戦争(仮)
https://wedge.ismedia.jp/ud/books/isbn/978-4-86310-259-0