防衛費増額、岸田首相の指示小出しが裏目に
岸田予算 2年目の試練(1)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA2961P0Z21C22A1000000/
『防衛費を2023年度から5年間で総額43兆円に増やし、そのための財源も年末までに結論を出すと表明した首相の岸田文雄。それに先立ち与党幹部との会談を重ねた。
「結論を得るべく協力してもらいたい」。11月24~27日、自民党副総裁の麻生太郎、幹事長の茂木敏充、政調会長の萩生田光一らと相次ぎ会って呼びかけた。28日は公明党代表の山口那津男の携帯電話も鳴らした。山口は「国民の理解が大事です」と伝えた。
その7時間後。岸田は首相官邸に財務相の鈴木俊一と防衛相の浜田靖一を呼び「財源がないからできないというのは通らない。様々な工夫で必要な規模を迅速に確保してほしい」と指示した。
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岸田が自ら根回しせざるを得なかったのは岸田を支えるはずの自民党内で財源論自体を先送りする声が強まったためだ。
一因は政府の「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」が11月22日に岸田に手渡した報告書にあった。
法人税などを念頭に「幅広い税目による負担が必要」とした内容に、23年春に統一地方選を控えた議員らが増税論を嫌って反発。当面は赤字国債を財源に充てるべきだとの意見が噴出した。
「少なくとも23年度からの増税は22年末に決めない」。報告書が岸田に手渡された翌々日の24日、萩生田は党政調全体会議でこう発言し報告書の内容にも「あれは参考文書だ」と難色を示した。岸田が萩生田に声をかけ食事をともにしたのはその翌日の夜だった。
溝は政府と党の間だけではない。27年度までの5年間の関連予算の総額を巡り政府内でも見解が割れた。防衛省は必要な額を48兆円程度、財務省は35兆円規模と訴えた。
落としどころを探ったのは自民党だった。萩生田らを中心に40兆~43兆円との目安を示し、それをもとに岸田は総額を43兆円にすると決めた。
その時点で与党の税制調査会や財務省と入念に相談した形跡はない。いまの官邸は党からは財務省寄りだと批判され、霞が関では党との調整不足への不安が広がる。
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7月に元首相の安倍晋三が銃撃されて亡くなり政策の仕切り役が不在となった影響は大きい。
それまではまず安倍が主張を掲げ、岸田は安倍の意見を取り入れながら政策の着地点を探ればよかった。防衛費の国内総生産(GDP)比2%以上への増額や当面の財源を国債で賄う案も、もとは安倍が生前唱えていたものだ。
安倍がいなくなり、岸田は主導する力と調整力の双方を要求されるようになった。岸田のために前さばきする人材を要路に配置しなかった自らの人事のツケともいえる。
円滑に予算編成できるかどうかは政権基盤の強度を映す。
日本経済新聞社の世論調査で11月の内閣支持率は政権発足後で最低の37%まで落ちた。岸田が党側の意向を必死にくみ取ろうとする姿は支持率が低迷する状況でも物事を決めなければならない難しさを物語る。
「年内にある程度の姿を示さないと無責任なことになる」。岸田は首席の首相秘書官、嶋田隆にこう告げていた。11月末以降、党内の動向を見極めながら数日おきに決定を重ねたが、指示を小出しにする印象はかえって指導力に疑問符をつけた。
11月28日に防衛費増額の規模と財源の年内決着を、12月5日には5年間で総額43兆円にするよう求めた。8日には23年度は増税しないと表明。同時に27年度以降は毎年度、歳出改革などでは足りない1兆円強を増税で賄う方針も打ち出した。
さらなる反発が早々に公然と出た。翌9日の党政調全体会議では反対や慎重論が7割超に及び、なかには「増税するなら国民の信を問うべきだ」との声もあった。
安倍派内の主導権争いも絡む。国債発行という安倍の主張を後退させるわけにいかず、岸田への対決姿勢は先鋭化する。政策論議が政局とないまぜになって進む。
中国の軍事的台頭を前に国をどう守るかが本旨のはずだ。単なる増税への賛否という議論に陥れば本質を見誤る。財源論を巡る政府・与党内の混乱を中国はどうみているだろうか。(敬称略)
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岸田政権にとって2度目の予算編成や税制改正が山場を迎えた。政権が目指す姿を示そうと苦しむ様子を追う。
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永浜利広
第一生命経済研究所 首席エコノミスト
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貴重な体験談
なお、世界的経済学者のブランシャール氏は、今年3月の某寄稿で、一般的に安全な政府債務水準の普遍的な基準値はないとしています。
そして、マーストリヒト基準(財政赤字/GDP≦3%、政府債務/GDP≦60%)や「ブラック・ゼロ」と呼ばれる財政均衡政策は、遵守さえできれば、持続可能性の確保につながりますが、しかしそれでは制限すべきでない局面で財政政策を制限するという代償を払うことにもなると指摘しています。
2022年12月13日 8:25 (2022年12月13日 8:42更新)
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上野泰也
みずほ証券 チーフマーケットエコノミスト
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分析・考察
「安倍がいなくなり、岸田は主導する力と調整力の双方を要求されるようになった」という一文が、首相の置かれた立場を凝縮している。レーガン米大統領がいなければ米ソ冷戦の終結はなかったと言われることが多い。タカ派のレーガン氏であればこそ、米国内のタカ派を説得し、旧ソ連との妥協を実現することができた。強力なリーダーだった安倍元首相が急逝したことにより、安倍派は後継者を決められないまま、岸田首相が推し進める「防衛増税」に反発している。時事通信によると、ある政権幹部は「岸田首相対『安倍氏なき安倍派』の対決構図だ」と形容したという。この対決の決着の仕方によっては政権基盤が揺らぐ恐れもあると、同通信は報じた。
2022年12月13日 8:10』