欧州で「移民危機」再燃 ウクライナ発の混乱波及

欧州で「移民危機」再燃 ウクライナ発の混乱波及
編集委員 下田敏
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD157EC0V11C22A1000000/

『世界的な食料危機や物価高で困窮した中東やアフリカの人々が相次いで国境を越え、欧州が再び移民の大量流入に直面している。新型コロナウイルスの影響緩和もあって、欧州連合(EU)の不法越境者は前年の約1.8倍に膨らんだ。一時保護とはいえ、欧州はすでに500万人のウクライナ難民を抱え込んでおり、受け入れ負担は重い。ガス不足やインフレに加えての移民流入に欧州の冬は厳しさを増している。

イタリアが受け入れ拒絶

11月中旬、地中海を漂流する234人を保護した民間救助船がフランス南部のトゥーロン港に到着した。イタリアのメローニ政権が受け入れを拒み、3週間近い海上待機を余儀なくされたうえでの目的地変更だった。メローニ首相や政権与党は9月の総選挙で非正規移民の流入阻止を公約に掲げていた。

現地報道によると、フランスはイタリアの対応が「一方的な決定で信義に反する」(ローランス・ブーヌ欧州担当副大臣)と強く非難した。イタリアに上陸した非正規移民の多くは職を求めて北上するが、フランスは仏伊の国境検問を強化し、イタリアからの移民の移動を阻む報復措置に出ている。

地中海をボートで渡ろうとし、NGOに救助される非正規移民(10月25日、地中海)=ロイター

イタリアにギリシャ・キプロス・マルタを加えた地中海4カ国は共同声明を発表し、「最前線にある国々が常に(移民流入の)負担と圧力にさらされている」と不満をあらわにした。EUのダブリン規則は移民が最初に到着した国が責任を負うと定めており、流入ルートにある国の負担は確かに重い。

仏伊やドイツを含めたEUの主要18カ国は6月に移民受け入れを分担する「連帯メカニズム」で合意したばかり。だが急増する移民流入を前に各国が対立し、合意はわずか数カ月で崩壊しつつある。

今年はすでに28万人超

EUの国境警備を担う欧州対外国境管理協力機関(フロンテックス)によると、今年1~10月の不法越境者はすでに28万人を超え、前年同期比で77%増えた。シリア難民らの大量流入による2015~16年の移民危機以来の水準となる。

流入を阻む国境警備隊と渡航を手配する密航業者の駆け引きが続くなか、今年は中央地中海ルートからの移民流入が目立つ。移民を乗せたボートの転覆など海難事故がたびたび起こる危険なルートだが、今年の不法越境者は8万5000人を超え、前年比で59%増えた。

もう1つはブルガリアやセルビアを横断してハンガリーなどを目指す西バルカンルート。今年はすでに約12万8400人と前年の2.7倍になった。EU非加盟の西バルカン諸国は入国規制が緩く、ここから陸路を歩いて移動し、EUの国境を目指す人が急増している。

線路を歩いてEU国境に向かう非正規移民(10月20日、セルビア。ハンガリーとの国境付近)=AP

なぜ、これだけ多くの人々が欧州への移動を始めたのか。15~16年の移民危機で社会や政治が混乱したのをふまえ、EUは国境警備の強化に動き、欧州への移民流入はいったんは落ち着いていた。

食料危機が移動再開を招いた?

国際移住機関(IOM)の集計(今年11月中旬まで)では、欧州に流入する移民の出身国で最も多かったのはエジプトの約1万8000人で昨年の2倍以上となった。昨年最多のチュニジアは7%増と引き続き高水準にあり、シリアは約2.6倍、アフガニスタンは約1.3倍に増えた。

ウクライナ紛争に伴う食料不足のモデル分析で、ドイツのキール世界経済研究所は「ウクライナとロシア産の穀物輸入への依存度が特に高いエジプトとチュニジアで影響が最も大きくなる」と指摘する。エジプトでは小麦の輸入量が13%、チュニジアでは12%それぞれ減少すると推計した。

内戦が続くシリアでは物価高や異常気象で「国民は3年前に購入できた食料の15%しか買えない」(国連報告書)。国連世界食糧計画(WFP)によると、イスラム主義組織タリバンが制圧したアフガニスタンでは全世帯の9割が十分な食料を得られていないという。今年に入ってからの世界的な食料不足や物価高などの経済混乱が欧州への移民流入の原因となっている可能性がある。

軍事衝突のリスクに

ポーランドやリトアニア、ラトビアではベラルーシから数千人規模の移民が国境を越えようとし、警備隊に入国を阻まれて、極寒の森の中で立ち往生している。その多くは中東やアジアからの移民だが、ベラルーシによる組織的な関与が指摘されている。ロシアのウクライナ侵攻に協力するベラルーシは西側の経済制裁を受けており、その報復とみられる。
「ベラルーシによる政治目的のための移民の利用は許容できない」。フォンデアライエン欧州委員長はベラルーシを強く非難し、追加制裁を検討すると警告した。北大西洋条約機構(NATO)はポーランドなど同盟国の安全保障の観点から、移民流入が軍事衝突を引き起こしかねないとして監視を強めている。

20年にEUから離脱した英国も例外ではない。英仏海峡を小型船やゴムボートで渡って入国しようとした移民だけで今年(11月中旬までの累計)は約4万2000人に上る。調査開始の18年から昨年までの4年間をすでに上回る規模となった。

東欧などからEU域内に入り、さらに「稼げる国」である英国を目指す流れは止まらない。英国は11月に対岸のフランスと新たな協定を結び、年間6300万ポンド(約105億円)を支払う代わりに海岸での警備やドローンによる監視を強化してもらうことで移民流入を防ぐ。

IOMによると、危険なルートを通る長距離の移動によって昨年は欧州を目指す移民の約3200人が、今年もすでに約2400人が移動中に事故などで死亡したり行方不明になったりしている。

自由で豊かな生活を求め、危険を顧みずに欧州に渡ろうとする人は絶えない。だが最近はEUの政策スタンスにも変化がうかがえると国際教養大学の堀井里子准教授は指摘する。「EUは以前は移民流入に寛容だったが、アップデートするたびに政策が厳格になっている。スキルが高い移民の合法的な受け入れと非正規移民の送還が前面に出始めている」

EUは「本国送還」にシフト

EU加盟国は11月25日に臨時の司法・内相理事会を開き、エジプトやチュニジア、リビアなどの協力を得たうえで「出国を防ぎ、密航業者のネットワークと戦い、移民の本国送還を大幅に強化する」ことで合意した。人口減少をカバーする労働力としての移民には門戸を開きつつも、欧州社会に統合しきれないほどの大量流入をどう抑えるかとの危機感がにじむ。

欧州はもともと米国やオーストラリアほどには移民への許容度は高くない。米ピュー・リサーチ・センターの18年の調査によると、移民が「自国の重荷になる」との回答割合はドイツでは米国並みの35%だったが、フランスは39%、イタリアは54%、ギリシャでは74%に上った。

異なる文化や宗教、人種が交わるときに軋轢(あつれき)は避けられない。人道的な観点で紛争や困窮から逃れてきた人々の受け入れは許容するが、雇用悪化や犯罪につながりかねない非正規移民の流入は避けたいのが欧州の本音だろう。そのためか、女性や子供に限って移民を保護する事例が増えている。

英仏海峡を渡る移民の出身国で最多のアルバニア人の場合、英国は女性と子供については90%の亡命申請を受け入れているが、成人男性は14%しか認めていない。欧州がウクライナ難民に比較的寛容なのも、18~60歳の男性は防衛のために出国が原則禁じられており、ほとんどが女性と子供であるためだろう。

そのウクライナ難民の今後も見通せない。紛争が長期化するなか、一時的な避難という当初の前提が崩れ始めているためだ。

欧州に向かうウクライナ難民が増える可能性がある(4月10日、ポーランドの駅に到着したウクライナ難民)=ロイター

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の集計によると、ロシアとベラルーシに避難した約287万人を除く欧州のウクライナ難民は499万8000人(トルコなどを含む)に上る。隣国のポーランドは151万人、ドイツは102万人もの難民を受け入れており、宿泊施設や食料、教育などを提供する必要に迫られている。

気がかりなのはウクライナの発電所や電力網を標的にするロシアの攻撃だ。ウクライナ国内では600万人超が避難生活を送っているが、エネルギーを節約するための停電で暖房設備が十分に使えず、毛布や防寒着なども不足していると伝えられる。厳冬期を控え、ウクライナから欧州に向かう難民がさらに増加する可能性はある。

第2次世界大戦後、最大の移民危機に直面する欧州。多様性の尊重という理想が非正規移民の大量流入やウクライナ難民の長期滞在という現実につぶされそうにも見える。

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