米英情報機関はNATO内部にテロ部隊を組織、同種の部隊をウクライナでも編成へ

米英情報機関はNATO内部にテロ部隊を組織、同種の部隊をウクライナでも編成へ | 《櫻井ジャーナル》 – 楽天ブログ
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『アメリカをはじめとする西側諸国は2013年11月から14年2月にかけてウクライナでクーデターを実行、ビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒すことに成功したが、その際、クリミアとドンバス(ドネツクやルガンスク)の制圧には失敗した。両地域を欧米はクーデター体制を利用して奪おうとしている。

 ノード・ストリームとノード・ストリーム2の破壊、クリミア橋(ケルチ橋)の爆破、セバストポリへの攻撃はイギリスの軍や情報機関が関与していると言われているが、それだけでなく、​イギリスはウクライナ人の破壊工作部隊を組織、訓練することでウクライナの情報機関と合意している​と伝えられている。

 アメリカとイギリスはヨーロッパ支配の仕組みとしてNATOを組織したが、その内部に破壊工作を目的とする秘密部隊のネットワークが存在する。全ての加盟国に部隊はあるのだが、中でも有名なのは1960年代から80年代にかけて極左を装い、爆弾テロを繰り返したイタリアのグラディオだ。

 そうした秘密部隊は第2次世界大戦の終盤にアメリカのOSS(戦略事務局)やイギリスのSOE(特殊作戦執行部)は「ジェドバラ」というゲリラ戦部隊を編成している。ヨーロッパでの戦争はスターリングラードでの戦いでソ連軍に敗れたドイツ軍が1943年1月に降伏した時点で事実上、終わっていた。イギリスとアメリカが動き始めるのはそれから。西部戦線でドイツと戦っていたレジスタンスはコミュニストが主体で、そのレジスタンス対策でジェドバラは組織された。

 大戦後にOSSは廃止され、分析担当者は国務省へ、諜報/防諜担当者は陸軍省へ所属することになる。ゲリラ戦部隊のジェドバラの一部メンバーは軍へ移動、グリーン・ベレーをはじめとする特殊部隊の創設に関わった。(William Colby, “Honorable Men”, Simon and Schuster, 1978)

 しかし、ウォール街は戦争が終わっても情報機関を存続させようと画策、1946年1月にCIG(中央情報グループ)が組織された。1947年7月にはポール・ニッツェが執筆した国家安全保障法が発効、CIGの後継機関として情報の収集と分析を行うCIA(中央情報局)が設置された。

 ヨーロッパでは1949年4月にNATO(北大西洋条約機構)が創設された。この軍事同盟を組織した目的はソ連に対抗することだとされているが、当時のソ連には西ヨーロッパへ攻め込む能力はなかった。その内部へジェドバラ人脈によって作られた秘密部隊が入り込んだのである。その部隊は1951年からCPC(秘密計画委員会)に指揮されるようになり、57年にはその下にACC(連合軍秘密委員会)が創設された。

 昨年11月、ウクライナ軍参謀長の顧問に就任したネオ・ナチのドミトロ・ヤロシュは2007年頃からNATOの秘密部隊ネットワークに参加していると言われ、イギリスの情報機関がこうした種類の秘密部隊をウクライナで編成しても不思議ではない。アメリカの統合参謀本部は今年2月当時から冷静で、バイデン政権の好戦的な政策に反対しているようだ。これは2003年にブッシュ・ジュニア政権がイラクを先制攻撃した時と同じである。』