バイデンの国家安全保障戦略でアジアが得たもの

バイデンの国家安全保障戦略でアジアが得たもの
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/28426

『ウクライナ戦争の影響で遅れていたバイデン政権下で初となる「国家安全保障戦略」が、10月13日に発表された。新戦略は、トランプ政権下での対中強硬戦略方針を維持しており、文書発表の数日前に先進半導体技術への中国のアクセスを廃止する広範な新制裁を発表したことなどは、その象徴的な事例と言えよう。

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 シンガポール国立大学南アジア研究所所長のラジャ・モハンは、Foreign Policy誌のウェブサイトに10月17日付けで掲載された論説‘What Asia Gets From Biden’s New National Security Strategy’で、新戦略からアジアは何を得られるのか論じている。主要点は以下の通り。

・バイデン政権の国家安全保障戦略の、アジアにとり悪いニュースは、米国が中国との超大国間競争への対応強化を決定したことだ。新戦略は、中国を国際秩序を変更する意思と能力を備えた唯一の競争相手と再確認し、国益防衛に向け中国と責任をもって競争していくため、同盟国・パートナー国とのネットワークと協調しつつ努力することを確約。米国は経済と安全保障で中国に対する優位性を守ると決意している。

・新戦略の良いニュースは、バイデン政権が、米中に挟まれたインド太平洋各国が直面するジレンマを理解しているように見えることだ。新戦略は、多くの同盟国とパートナーは中国の威嚇の最前線で自律性と安全と繁栄を確保しようと決意していると指摘、米国は彼らが対外的圧力に晒されない形で国益と価値に沿った主権に基づく決定をする能力を支援すると約束する。各国の「主権に基づく決定」の強調は「協調か敵対か」を迫るこれまでの米国の態度からの変化を意味する。

・新戦略は、米英豪の安全保障枠組み「AUKUS(オーカス)」や日米豪印による枠組み「QUAD(クアッド)」といった新たなミニラテラル(少数国間の枠組み)を、強靭で相互補完的関係を格子状に作っていくことを意味すると位置づける。この柔軟なアプローチは、インドのように伝統的には同盟や陣営を嫌う国々との間で強力なパートナーシップを構築する上で必須だ。

・新戦略は、アジア他で歓迎されていない「民主主義と権威主義の闘い」というイデオロギー的枠組みを維持しつつ、必ずしも民主主義ではないパートナーにも関与の道があることを明示。米国が作ろうとしている新たな世界的連合は「民主主義的機構は無いがルールに基づく国際システムに依存し支持している国」を含む、としている。この立場の変更はバイデン政権が中国の脅威に対応する上でアジアの現実を受け入れる用意があることを示唆する。つまり、多様な政治システムが存在するアジアでは中国への対抗が民主主義の促進より優先されるべきことを認めている。

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 バイデンの新戦略は、少なくともアジアにとっては良くできていると言える。

 まず、新しい戦略文書は、ロシアによるウクライナ侵攻後も中国が世界秩序に対する最重要の課題であり米国の唯一の戦略的競争相手だと名指しし、米国が世界的影響力を確保するためには中国との経済的・軍事的競争に勝利しなければならないと指摘、更に、そのためには今後の10年間が死活的に重要だとした。これは重要なことだ。』

『また、これに対応する上で、インド・太平洋地域以上に米国にとって重要な地域は無いと明言し、同地域への関与を再保証したことには勇気づけられる。モハンの論説では、前者(対中強硬路線の継続)は米中対立長期化を意味しアジア諸国にとっては悪いニュースだと位置づけけられているが、これは、モハン自身が良いニュースと位置付ける後者(インド・太平洋地域への関与の保証)とセットで考えるべきものであり(前者の認識があるからこそ後者の保証が出てくる)、中国のもたらす挑戦という現実が変わらない以上、全体としてアジアにとっては良いニュースと言って良いとだろう。

民主主義から「ルールに基づく秩序」へ

 第二に、バイデン政権が「民主主義対権威主義の闘い」というレトリックを若干緩めようとしているというモハンの指摘は、少なくとも日本の報道では余り目にすることの無かった重要なポイントだと思われる。2021年12月にバイデン大統領がオンラインで主催した「民主主義サミット」には、東南アジアからは、ミャンマーはおろか、米国の条約同盟国であるタイや南シナ海への対応において日米と同じ戦略目標を共有するベトナムも排除され、一体何を目指しているのか首をかしげざるを得なかった。

 正に、このような「誤り」を修正する力を持っているのが米国の優れたところだろう。バイデン政権は、民主主義重視の旗を降ろす訳ではないが、新たなキーワードは「ルールに基づく秩序(国際システム)の支持」である。モハンも指摘するように、中国がもたらす挑戦を考えれば、これによりバイデン政権の優先度が微修正された意味は大きい。

 最後に、北朝鮮については、新戦略は米政権におけるプライオリティの低下を裏打ちするような内容になっている。新戦略では、北朝鮮の核・ミサイル開発を抑止するための米国の選択肢は限られていると強調し、非核化への持続的対話を追求するとの基本姿勢を維持するにとどまっている。これは、正に「戦略的忍耐」=「何もしないこと」の継続であり、これがワシントンの雰囲気であることは、残念ながら十分認識しておく必要があるだろう。

 まさに、良いニュースと悪いニュースが混在しているのがこの新戦略なのだ。』