かつてNATOの脅威だった飛び地防衛のロシア第11軍団1.2万人が消滅

かつてNATOの脅威だった飛び地防衛のロシア第11軍団1.2万人が消滅
https://forbesjapan.com/articles/detail/51521/1/1/1

『2022/10/31 09:30

David Axe ,Forbes Staff Aerospace & Defense

6年前、ロシア海軍は新たな軍団を結成し、その仕事はカリーニングラードを防衛するためだった。バルト海南岸のポーランドとリトアニアの間に位置するロシアから地理的に離れている飛び地だ。

2022年、ウクライナ戦争がロシアにとって非常に不利になり始めたとき、ロシア政府はカリーニングラードから第11軍団を引き上げウクライナに送り込んだ。そしてウクライナ軍はただちにそれを壊滅させた。

第11軍団の結成、展開そして壊滅は、ロシアのウクライナにおける戦争の悲話以上に大きいことを物語っている。戦略的に重要な海に沿った2つのNATO加盟国に挟まれているその軍団は、ロシア軍に世界戦争における優位性をもたらすはずだった。

実際には、書類上はロシア軍よりも弱いはずのウクライナ軍の砲弾の餌食となった。現在、カリーニングラードはまったくの無防備状態であり、一時はNATOを脅威をもたらした州の部隊は壊滅した。

第11軍団は実際には新たに結成されたものではない。複数の既存部隊を、ロシア海軍のバルチック艦隊に対応する1つの司令部の下に再編成したものだ。同軍団は自動車化師団、独立自動車化連隊、大砲、ロケット、防空中隊および支援部隊を統括する。

ロシアが2月末に始めたウクライナ侵攻を拡大するまで、カリーニングラードには1万2000人以上のロシア軍がいて、T-72戦車100台、数百の戦闘車両BTR、ムスタS自走榴弾砲、およびロケットランチャーのBM-27と BM-30を保持していた。第11軍団はこれらの戦力のほとんどを監督していた。

NATO最弱国の1つであるリトアニアの西側国境を臨む第11軍団は、ロシア が旧ソ連国であるリトアニア、ラトビア、エストニアへの侵攻を想定した金床(かなとこ)だった。そしてかなづちはバルト三国の東側国境に接するロシア西部の1万8000人の強力な地上部隊だった。

NATOはカリーニングラードの増強ぶりを注意深く見守った。「カリーニングラードは間違いなく、歴史的に、私たちがその変化と微妙な地域的情勢に十分注意を払ってきた場所です」と6月に匿名の米国国防省関係者が記者団に語った。

そうした力学は2月に劇的に変わった。ロシア政府は地上部隊の80%をウクライナ侵攻拡大へと差し向け、その大部分をキーウ占拠を目指した絶望的な戦いでたちまち失った。

首都へと続く道に沿って配置された、貧弱な統率と補給不足のロシアの大隊、旅団および師団は、ウクライナの大砲、無人機、 精度の高い対戦車ミサイルを装備した歩兵部隊らの攻撃の前に無力だった。』

『わずか1カ月間の熾烈な戦いの後、ロシア軍はキーウから撤退した。推定数はまちまちだが、5月に前線が安定するまでの間に、5万人が死亡または傷ついた可能性がある。当時ロシア軍は南ウクライナのヘルソンに戦略港湾を持っており、ウクライナ北東のロシア国境から40キロメートルにある自由都市、ハルキウの郊外に拠点を置いていた。

しかしロシア軍は脆弱だった。そして米国、ヨーロッパ製の大砲やロケットで再軍備したウクライナ軍がロシアの補給線を遮断し始めるといっそう脆弱になった。新たな兵力を切望したロシア政府は、第11軍団を結集させ、船と飛行機で南ロシアのベルゴロドへ、次にウクライナのハルキウ近くへと移動させた。

3カ月におよぶ過酷な戦いは軍団の力をそぎ落とした。ロイター通信は第11軍団の書類の一部を入手した。ウクライナの大規模な反撃直前の8月30日付のスプレッドシートは、軍団の戦力は完全編成の71%であったとことを示していた。しかし、いくつかの大隊は本来の戦力のわずか1割まで減少していた。

軍団にとって状況はますます悪化していった。8月末と9月初旬、ウクライナ軍はハルキウ東部とヘルソン北部の2カ所で反転攻勢を仕かけた。ハルキウ作戦は待ち望んでいた10個のウクライナ大隊からなり、第11軍団を含む当地のロシア軍の重大な弱点を露呈させた。

激烈な2週間の後にウクライナ軍がハルキウ州の2600平方キロメートルを解放すると、何万というロシア兵が当地で逃亡、投降あるいは死亡した。第11軍団は現地のほとんどのロシア部隊よりも被害が大きかった。ワシントンDCの戦略国際問題研究所は9月末に、同軍団が「激しく損傷を受けた」と評した。

それは控えめな表現だったかもしれない。ウクライナ軍の一般幕僚は、反転攻勢によって軍団は車両200台および兵士の「半数」を失ったと結論づけた。

第11軍団が生き延びる可能性はある。しかしそうなるにしても、休養し再装備し召集兵を徴兵して以前の何分の一かの戦力を取り戻すためにも何カ月もの時間がかかることは間違いない。

第11軍団の展開とその後の壊滅は、命令に従って傷つき死んでいった人々にとっては悲劇であり、ロシアのウクライナにおける戦争努力にとっては大きな打撃だ。

しかしこの影響は欧州を横断して広がる。第11軍団は本来カリーニングラードを防衛し、NATOの東部前線に脅威を与えるはずだった。今はどちらも遂行不可能だ。

(forbes.com 原文)https://www.forbes.com/sites/davidaxe/2022/10/27/12000-russian-troops-once-posed-a-threat-from-inside-nato-then-they-went-to-ukraine-to-die/?sh=2aed04b73375 』