[FT]英領北アイルランド、自治政府発足へ厳しい選択

[FT]英領北アイルランド、自治政府発足へ厳しい選択
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『英領北アイルランドの政局がまたもや膠着状態に陥っている。10月28日の法的期限までに自治政権を樹立できなかったため、英政府は新たな議会選を実施すると表明した。

ベルファストにある北アイルランド議会の議事堂=AP

しかしながら、英政府は投票日の決定を先延ばしにしている。(北アイルランドの)各政党も新たに選挙を実施しても自治政権を樹立できないかもしれないと警告する。北アイルランド小売りロビー団体「リテール NI」のグリン・ロバーツ代表は、同地の政治情勢について「極度の政情不安に陥っている」と言い表す。

北アイルランドの帰属を約30年にわたり争った「ザ・トラブルズ」(あのやっかいごと)と呼ばれる紛争の終結後、1998年の「ベルファスト合意(聖金曜日合意)」で親アイルランド派と親英派が共同で統治する基本的な枠組みが築かれた。以降、四半世紀にわたり、分権化された自治政府は機能するのと同じぐらいの頻度で機能停止に陥ってきた。

自治政府を今すぐ発足させるためにはどのような選択肢があるだろうか?

「議定書」の修正

今回の政治危機は2022年2月に親英派の最大政党、民主統一党(D U P)が、英国の欧州連合(E U)離脱協定に盛り込まれた通商ルール「北アイルランド議定書」への抗議からD U P所属の北アイルランド首相を辞職させたことをきっかけに起こった。D U Pは5月の北アイルランド議会選後さらに態度を硬化、新自治政府の発足や北アイルランド議会招集への協力を拒んでいる。

過去の紛争の再発を防ぐため、(21年1月の)英国のE U完全離脱以降も、陸続きのE U加盟国アイルランドと北アイルランドとの国境は開放されたままになっている。北アイルランドは英国市場の一部でありながら、物品の取引に関してはE U単一市場に残留、(英本土と北アイルランドの間の)アイリッシュ海に関税の境界線が設けられ、同じ国でありながら通関手続きが行われる状況となっている。

D U Pは議定書によって北アイルランドの医薬品の供給に悪影響が出ているほか、輸送コストが30%上昇し、英本土からの鉄鋼に25%の関税がかけられるためインフラ投資も打撃を受けていると抗議している。D U Pは議定書が破棄されるべきだとの立場を固持している。

E Uと英国は何カ月にもわたる冷ややかな関係の後、議定書に関する協議を再開したが、重要項目では合意からまだ程遠い状況にある。E U側は議定書の再交渉を認めない姿勢を堅持しているが、施行についてはより柔軟に対応する用意があるとしている。

一方、スナク英新首相は議定書に記されている通商ルールの一部を一方的に修正する権限を英閣僚に与える法案(上院で審議中)を依然、支持している。E U側はこれに反発、貿易戦争にも発展しかねないと警告している。もっとも専門家の間では、英国内の財政危機の対処に追われるスナク首相は、E Uと紛争を起こして損害を被りたいとは思わないと予想する声が多い。

専門家は議定書がD U Pが望むように修正されたとしても、英政府はたったひとつのコミュニティーを懐柔しているとの印象を与えるようなまねはできないと指摘する。

英ケンブリッジ大学で英国とアイルランド史を専門とするニーブ・ガラガー准教授は「北アイルランドでの得票数が5分の1にも満たない1つの地方政党の意向で、国策を決めることはできない」と言い切る。

英政府による直接統治の再開

政治的まひ状態を打開するため、北アイルランドが英国による直接統治に戻るという代替案もある。(自治権が委譲されている北アイルランドの自治政府と議会に代わって)英政府が北アイルランドのすべての政策を決め、法案も英議会が審議して決定する。しかし今のところこの案を実現させようとする声は、北アイルランドだけではなく英国の政界でもほとんど聞かれない。

北アイルランドが英政府に直接統治されたのは直近では02年から07年までだ。親アイルランド派の最大政党シン・フェイン党がD U Pの再生可能エネルギーに関した失策に抗議して共同自治への参加を拒否し、自治政権が発足できなかった17年から20年の時にも、英政府は全面的な直接統治を避けた。

北アイルランドでは(アイルランドとの統一を望む)「ナショナリスト」派の主要政党と(英国の統治強化を望む)「ユニオニスト」派の主要政党が連立政権で権限を分担し、それぞれが拒否権を持つ。最近では北アイルランド議会で合意に至らなかった法案が英政府の介入によって成立した例もある。人工妊娠中絶を巡る法案やアイルランド語を公用語とする法案などがこの中に含まれる。

法的期限までに自治政権を樹立できなかったため、10月28日からは官僚が北アイルランドの政権運営を担っている。またこの間、英議会が北アイルランドの予算案を代わりに成立させる。

ベルファスト合意の改革

ベルファスト合意で導入された北アイルランドの自治政権システムは、北アイルランドの英国との連合維持を求める「ユニオニスト」派と多くがアイルランドとの統一を望む「ナショナリスト」派という主要な2つのコミュニティーを念頭に導入された。

しかしながら、北アイルランドは現在3つの政党がしのぎを削っている。5月の議会選ではシン・フェイン党が第1党となり、長期間にわたって政治を支配してきたD U Pは第2党に降格、英国下の統治かアイルランド下かという(憲法の)問題について中立的な立場をとる同盟党が第3党に躍進した。

北アイルランドの政治家も支持する「改革」では、二大政党のどちらかが自治政府の機能をまひさせることはできなくなる。しかし、北アイルランドの様々なコミュニティーがこれに同意するかどうかは不透明だ。

英国政府は「(ベルファスト)合意を修正する計画はない」との立場を維持する。

英政府報道官は「我々の明確な優先事項は、北アイルランド住民に対して地元で選出され安定して説明責任を持つ住民の期待にふさわしい自治政府を保証することだ」と説明する。

アルスター大学で社会政策を専門とするディアドリー・ヒーナン教授は、調査結果などから地元住民が自治政府を支持していることは明らかだが、北アイルランド政府はそれに応えていないと批判し、次のように語った。

「良い統治の実現には、我々の自治権の構造を抜本的に改革する必要がある」

しかし現状と異なる連立政権の形態で合意できたとしても(実現には)時間がかかる。もっとも23年4月のベルファスト合意(25周年)記念は、合意内容を見直す機会になるかもしれない。
南北アイルランド統一

膠着状態打破への最も抜本的な方策は、南北アイルランドの統一だ。シン・フェイン党はこれを「10年以内に」実現することを目指している。

しかし世論調査では、南北アイルランド統一は北アイルランド住民の過半数の支持を得られていない。アイルランドの国民の大半はこの考えに賛同しつつも、税率を引き上げ、国旗を変えてまで実現することには抵抗がある。

南北アイルランド統一がどのように実現するかも不透明だ。アイルランドの副首相で12月15に首相に再び就任するレオ・バラッカー氏は、英国内ではなく南北統一アイルランド内で北アイルランド自治政府を存続させることを提言している。

By Jude Webber

(2022年10月31日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版 https://www.ft.com/)

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