「習近平崇拝だけは許すな」 長老が守り切った最後の砦

「習近平崇拝だけは許すな」 長老が守り切った最後の砦
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD277QK0X21C22A0000000/

『誰もが、3期目入りした共産党総書記、習近平(シー・ジンピン、69)の完全な勝利で閉幕したと思っていた共産党大会。それは片面にすぎなかった。完勝と言い切れるのは人事だけだったのだ。

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「退職した老人は黙ってろ」。5カ月前、現役ワンマン社長から怒鳴られて鬱屈していた創業に尽力した老人らは、裏でひそかに動き出していた。驚きの成果が突然、明らかになったのは、閉会から4日が過ぎた10月26日のことだった。

習がこだわり続けた改正後の共産党規約全文に、彼への忠誠を示す「二つの確立」というスローガンが全く見当たらない。多くの指導者が口にし、北京の街角には横断幕も掲げられた。党大会決議でも言及されたのに、肝心の本文では完全に無視された。

短縮された「習近平思想」「人民の領袖」という文言もない。あの騒々しい前宣伝は何だったのか。この異変にはもちろん裏がある。カギは「老人パワー」だった。

第20回中国共産党大会の開幕式で言葉を交わす105歳の最長老、宋平氏㊧と曽慶紅・元国家副主席(10月16日、北京の人民大会堂)=共同

習が狙った表現は、簡単にいえば鄧小平を超えて、毛沢東と並び立つ地位を得るための政治的な道具だった。だが、党大会のひな壇に並ぶ長老は全員、鄧小平時代の申し子だ。人生の矜持(きょうじ)にかかわるだけに、簡単に通すはずがない。

闘いの火蓋を先に切ったのは、意外にも習サイドだ。5月15日に表に出た「老人は黙れ」という命令である。伝達者は今回、序列6位で最高指導部入りした実力秘書、丁薛祥(ディン・シュエシアン、60)だ。

「党中央の大きな政治方針をみだりに論じるな」という異例の中央弁公庁通達の主眼は、習が面談で勝手に決める仕組みが出来上がった指導部人事ではなかった。中国憲法より権威ある共産党規約の抜本改正を有利に導く言論統制だったのだ。

北京・中南海での改正に向けた「小組」全体会議初会合(5月30日) を前にした「口封じ」。それは完全に裏目に出た。長老、一般の退職幹部からも「ふざけるな」という散々な反応だったのだ。

江沢民、曽慶紅両氏まで「ゆるゆる連携」

党規約には、毛沢東のような独裁者を永遠に生まぬよう「いかなる形式の個人崇拝もこれを禁止する」という金言がある。文化大革命(文革、1966~76年)時の失脚から復活した鄧小平による82年9月の党規約抜本改正の根幹だ。

「『習近平崇拝』だけは許すな」。これが5月以降、長老、退職幹部らの緩やかな連帯の合言葉になっていった。会談で示し合わせたわけでもないあうんの呼吸。「ゆるゆるの連携」にすぎないが、それぞれ声を発するなら、習への大きな圧力になる。

党大会閉幕式で、習近平総書記㊧の書類に手を伸ばす胡錦濤前総書記㊨(10月22日、北京の人民大会堂)=共同

もちろん奇怪な「宮廷政治劇」の主人公、胡錦濤(フー・ジンタオ、79)も、40年続く信念を胸に抱きながら退場したに違いない。挙手採決の直前だった紅(あか)いファイル内の改正最終案が、彼にとって心から賛同できるものだったかは不明のままである。自分が苦労の末、作り上げた公正な幹部任用規定は既にズタズタだからだ。

高齢の元総書記の江沢民(ジアン・ズォーミン、96)は、党大会に出ていない。だが、やはり鄧小平の遺志を継ぐ後継者だ。習が党規約改正を道具に使って、自分ばかりか、師匠までないがしろにするのは許せない。

胡錦濤は、江沢民、元国家副主席の曽慶紅(83)ら「上海閥」といがみ合ってきた。とはいえ「習近平崇拝は許すな」の1点だけなら思いは同じだ。タッグは組めなくても、それぞれ異論をぶつければ圧力は増す。盟友の前首相、温家宝(80)、「胡・温」コンビを見いだした名伯楽で105歳の最長老、宋平は当然、同志である。

香港紙がインターネット上に出回ったと報じた中国の江沢民・元国家主席㊨の近影とみられる写真=共同

長老はもはや人事には口を挟みにくい。だが今や9600万人を超す共産党員がこの40年、大事にしてきた根本の崩壊だけは阻止する。中国の発展を止めないために、という「大義」は賛同を集めやすい。こうして今回も鄧小平の金言は維持された。

「個人崇拝禁止と『二つの確立』は相いれず、矛盾する。両立が無理なのだから、どちらかが落ちる。今回は『二つの確立』が負けた。当然の結果だ。『老人』は最後の力を出した」。老共産党員の説明は理路整然としている。

客観的な証拠がある。国営通信の新華社は、改正党規約誕生のドキュメント記事で「現行党規約は、82年9月の第12回党大会の改正で制定された。40年来、党規約の基本内容を安定的に保持する前提の下・・」という大前提をわざわざ紹介している。5年前、10年前のドキュメントにはない特別な表現だ。

党大会閉幕式を途中退席する胡錦濤氏㊥。手前左から2番目は温家宝氏(10月22日、北京の人民大会堂)=比奈田悠佑撮影

後段では「党内で合意が形成された内容だけを修正する」とした。こちらは毎回の決まり文句だが、前段と合わせれば意味は明らかだ。「鄧小平以来の基本を守り、合意重視で改正した」という説明になる。長老らの抵抗で習は事実上、挫折した。その蹉跌(さてつ)に直接、触れない苦心の作文である。共産党政治の表と裏は全く違う。

「二つの確立」とは、習の核心として地位の確立、そして「習近平新時代中国特色社会主義思想」(中国語で16文字)の指導的地位の確立を指す。重要なのは後者だ。個人名を冠した思想の指導的地位が確立されれば、長い表現も「習近平思想」と短縮される。2つはセットだ。

それは「習近平思想」が、党の公式ルール上も「鄧小平理論」を超えて「毛沢東思想」に並び立つ革命的な変化を意味する。理論より権威ある思想は、毛沢東と習近平だけになる。

習に毛沢東に倣う「領袖」の呼称を使うことが公認され、最後は共産党中央主席(党主席)ポストの復活で、トップ「終身制」に道を開く。個人崇拝禁止も事実上、消える。これが習が狙った段取りだ。

一矢報いた胡錦濤氏、「鄧小平超え」却下

終身制だけは阻みたい長老らは、代償として一つだけ妥協した。それが「二つの維持」の容認だ。これは核心の地位を守り、集中統一指導を守るにすぎない。核心は、毛沢東、鄧小平、江沢民も同じで、個人崇拝、終身制に直結しない。

街中に記された「二つの確立」の文言(10月13日、北京市)=比奈田悠佑撮影

「この規約ならトップが彼(習)でなくなった時代にも何とか通用する」。82年改正の経緯から知る老識者の指摘にはハッとさせられた。

仮に2027年に権力を委譲してもすぐには問題が出ないのだ。最終的に習は「二つの確立」を党員に要請するだけの党大会決議採択で面目を保つしかなかった。苦渋の妥協だ。

胡錦濤は人事では弟分、子分を守れなかった。それでも最後のとりでの党規約だけはギリギリ守り切った。一矢報いたのだ。習と一心同体ではない共産党という大組織が党の憲法上、習の「鄧小平超え」という野望の実現をひとまず却下したのである。これが「胡錦濤劇場」の幕切れ後にわかった極めて重大な内幕と歴史的な意義だ。

これを踏まえ党大会評価の角度を少し変えるべきかもしれない。習は人事で完勝し、党規約抜本改正=「鄧小平超え」で挫折したのではなく、「鄧小平超え」を体現する党規約改正で勝てないのが明白だから、人事だけは完璧な勝利を必要とした。そんな見方も成り立つ。改正難航は8月の「北戴河会議」後にはわかったはずだ。

首相の李克強(リー・クォーチャン、67)は北戴河会議明けの8月16日から広東省深圳に入り、鄧小平像に献花。港湾視察で改革開放に触れ、「黄河、長江が逆流することはない」と言い切った。鄧小平に由来する党規約の根幹維持を意味していた。

鄧小平像に献花する李克強首相(8月17日の中央テレビニュースの画面から)

一方、これが人事を指すという解釈は誤解だった。人事は究極的には習の独断で決まる。「面談重視」は、習に圧倒的に有利なのだ。

5年後に再挑戦する戦略転換を強いられた習は、極端な最高指導部人事に走る。李強(リー・チャン、63)、蔡奇(ツァイ・チー、66)、丁薛祥、李希(リー・シー、66)の側近4人を引き入れ、政治局からも胡錦濤派を一掃した。リベンジに向けた体制立て直しである。

「新四人組」連れて毛沢東詣で

「これは『新四人組』を使った新たな整風運動だ」。中国政治をよく知る人物の分析は少しオーバーに感じたが、その例えは的外れではないことがすぐ証明された。習は党大会が終わると真っ先に、「新四人組」と評された面々を含む6人を連れて陝西省・延安に入った。

内陸部の黄土高原にある延安は、1940年代に毛沢東が反対派を迫害した「延安整風運動」の地だ。毛沢東はその20年後、本当の「四人組」を使った文革の悲劇を引き起こす。習は延安の毛沢東旧居でリベンジを誓っただろう。

毛沢東の革命根拠地だった陝西省延安の記念館に並ぶ習氏㊥ら新最高指導部メンバー=新華社・共同

長老の政治力は年々、衰える。中央委員まで自派で固めれば、5年後に熟柿(じゅくし)が落ちるように望みがかなう。ただし、「新四人組」のうち半数以上は5年後にお払い箱になり、「新新四人組」に入れ替わるかもしれない。習の腹ひとつである。

人事完勝と対照的に思い通りにならなかった「鄧小平超え」を体現する党ルールの抜本改正。習はなお「闘争」を口にしている。少なくても今後5年、再び激しい政治的な闘いが続くのは間違いない。

「胡錦濤劇場」は宮廷政治劇である以上、観衆の共産党の現役幹部からアンコールを求める拍手が起きることはあり得ない。主役の胡錦濤が舞台あいさつのため再び登場するのは難しいだろう。

それでも、表では決して上演されない第2幕、第3幕が必ず内部で用意されているはずだ。今回の長老と退職幹部のうごめきのように。それを竹のカーテンの隙間からのぞいてみたいという衝動に駆られる。永遠の謎として封印される前に。(敬称略)

中沢克二(なかざわ・かつじ)

1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。』