EUに「フランス流」経済の波(The Economist)

EUに「フランス流」経済の波(The Economist)
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『欧州連合(EU)の有権者は世界をどうみているのか。その答えを探そうとする欧州の政策決定者は哀れだ。アイルランドからギリシャまで全加盟国の市民を対象としたEUの世論調査「ユーロバロメーター」によると、4人に3人以上が自由貿易に賛成と回答した。グローバル化については、左派の人々が米国の悪意ある陰謀だとささやいているにもかかわらず、60%の人が歓迎すると答えた。

欧州では、「戦略的な自治」を訴えて自国産業の保護に傾斜するフランスのマクロン大統領の主張に共鳴する国が増えている=ロイター

それならば、自由貿易の対極にありグローバル化を阻む元凶とされる「保護主義」を支持する人は非常に少ないと考えるのが普通だろう。ところが、同じ世論調査で保護主義について尋ねた問いに対する答えでは、賛成が反対を大きく上回った。平然とこれだけ相矛盾する回答をするような人は、最近ではEU離脱で自国の利益と自由貿易の二兎(にと)を追ったあげくに、失脚したジョンソン英前首相くらいだろう。

色濃くなる保護主義志向

この世論の一貫性のなさは、EUの対外的な経済政策にも表れている。EUは、不確かながらも、(多少の是正措置を取れば)自由市場が機能するというコンセンサスに基づき、基本的には貿易で門戸を開き外国からの投資を歓迎する姿勢だ。だが同時に、保護主義の本能も残っており、近年はそれが色濃くなっている。

EUは外の世界を観察してきた経験から、域外に依存しすぎることに懐疑的になっている。欧州大陸の玄関口ともいえるウクライナでの戦争や、ロシアと欧州を結ぶ天然ガスパイプライン「ノルドストリーム」の爆発、EUの2大貿易相手国である中国と米国による終わりなき貿易戦争によって、EUが保護主義的な政策を実施するよう求める人々の影響力が増した。

EUがフランス化しているという見方もできるだろう。マクロン仏大統領は長年欧州の「戦略的な自治」を訴えてきた。これは広範な概念だが、欧州経済は半導体や車載電池などの基幹部品を域外に頼るべきではないとの考えが含まれる。この認識を強調するかのように、仏経済・財務相の正式名称には「産業主権」が、農相の呼び名には「食料主権」が付け加えられている。

経済の自立を推進する仏政府の姿勢は、それを懐疑的にみる人には、統制経済復活への道筋にみえる。米中からの輸入品への依存度を下げ、自国企業を保護し、あわよくば欧州を代表する企業に育て上げようとするのはまさに保護主義ではないかというわけだ。

以前ならフランスのこうした策略を阻む十分な反対勢力があった。オランダやアイルランド、北欧諸国など小国ながら外国との貿易で潤ってきた加盟国はEUにさらなる市場開放を求めてきた。

世界に冠たる輸出企業を擁するドイツも国益の方向性は同じだ。ドイツにはルールは国が決めるものの、どの企業が優遇されるかについては(通常は)介入しないという独自のリベラルな伝統もある。

決定的だったのは英国だ。EU内の勢力図を自由市場推進へと傾け、フランスやその他の加盟国が特定の企業に補助金を注ぎ込むのを阻むようなルールの制定に積極的に動いていた。EU執行機関の欧州委員会では貿易協定の交渉や各国補助金の抑制を担当する部門の一部がリベラルな「ディープステート(影の政府)」よろしく事あるごとに自由市場の教義を徹底して回った。

脱落する自由貿易推進派

こうした反対勢力が一つ、また一つと脱落していった。英国はEUから離脱した。長らく英国と足並みをそろえてきた北欧の小国グループは自由貿易を推進する「新ハンザ同盟」のグループを形成していたが、英国のEU離脱からほどなく解体され、これらの国々も牙を抜かれた。

ドイツは台頭し続ける中国に危機感を抱く。ドイツの産業を支える中小企業から部品の供給を受ける立場だった中国企業は、手ごわいライバルに成長した。2016年の米大統領選に勝利したトランプ氏の任期中には欧米間で貿易関係の摩擦が絶えず、長年の同盟国に依存することにも危険があることが浮き彫りになった。

その後、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が追い打ちをかけた。マスクからアセトアミノフェン(解熱鎮痛剤)まであらゆる物資をEUが域外に依存していたことが明らかになり、マクロン氏の主張の正しさが立証された。

フランスは、自分たちだけであっても、国際的なルールに従うようなEUは甘いと批判してきたが、それに同調する声が高まり始めた。二酸化炭素(CO2)の厳しい排出量削減目標を課されたEUの企業が、排出し放題の中国企業と対等に競うことができるはずがないというわけだ。

以前は自由貿易を熱心に推進していたオランダも「開かれた戦略的自治」を掲げ、マクロン氏そっくりの主張を繰り広げている。政策面でも、EUではフランスの影響が強まっている。今では、域外でつくられた製品に実質的に関税を課す方向だ。この国境炭素税を自由貿易派はかつていわば環境保護の仮面をかぶった保護主義の政策だと批判していた。

EUでは、フランス人のティエリー・ブルトン欧州委員(域内市場担当)の影響もあって、公的補助に対する歯止めが弱まっており、マイクロチップや車載電池などの業界に補助金を提供し始めている。域外企業によるEU投資への「適性検査」も強まっている。
ウクライナ戦争がとどめ

EUが自由貿易志向に回帰する望みはウクライナ戦争によって打ち砕かれた。米シンクタンク、ジャーマン・マーシャル・ファンドのジェイコブ・キルケガード氏は「エネルギー危機はその前のパンデミックと同様、国家による統制が効果的であることを示した」と話す。加盟国は産業向けの補助金を復活している。

ドイツは、交易を続ければやがて独裁政権も善良なリベラル政権になるとの考えから、ロシアと貿易を続けていたが、そんなご都合主義は崩れ去った。工業製品の輸出先としても、ドイツは中国に依存しているが、それはドイツがロシア産天然ガスに依存していたのと同様に愚行だったと証明される日が来るのではないかとの疑問が広がる。

バイデン米大統領はトランプ氏が課した関税をおおむね踏襲しており、前任者に劣らぬ熱心さで(トランプ氏ほどの騒ぎぶりではないが)米国製品を優遇する「バイ・アメリカン」政策を叫んでいる。イタリアやスウェーデンなど、ポピュリストが政権の一翼を担う国でも「フランス風国家資本主義」が好まれる傾向がある。

自由貿易の賛成派と反対派の間には、以前は健全な緊張関係があったが、今では一方が敗走する状態に陥りかねない。米国議会が、8月に成立させた歳出・歳入法(通称インフレ抑制法)に環境保護目的の優遇制度を北米で生産された製品にのみ適用するとの条項を盛り込んだ際には、当初EUは静かな抗議を示した。欧州委に今も残る熱烈なリベラル主義者の一人、ベステアー上級副委員長(競争政策担当)が米国の脱炭素の取り組みにEU企業を参加させることを認めた方がより効果的だと示唆したのだ。

その通りになれば、少なくとも新たな貿易戦争が回避されたかもしれない。だが、マクロン氏の反応は違った。欧州は「目を覚まし」、自国産業の優遇を始めるべきだと訴えたのだ。以前なら自由貿易にどんなに懐疑的でも他人がいないところでつぶやいていたことが、今では大声で公言されるようになっている。

(c) 2022 The Economist Newspaper Limited. October 22, 2022 All rights reserved.

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