号砲マレーシア総選挙 「ナジブ人気」が映す対決図

号砲マレーシア総選挙 「ナジブ人気」が映す対決図
編集委員 高橋徹
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD230YU0T21C22A0000000/

『世界を驚かせた史上初の政権交代劇から4年半。1957年の独立以来、15回目となるマレーシア総選挙の投開票が11月19日に決まった。

かなり強引な日程だ。イスマイルサブリ首相は2023年度予算案の提出3日後の10月10日、未採決のまま下院を解散した。投票日はモンスーンの豪雨・洪水期にぶつかる。下院任期は来年7月まであり、拙速な解散は避けるべきだとの意見が噴出していた。

急ぐ事情は首相が所属する最大与党、統一マレー国民組織(UMNO)にある。昨年11月のマラッカ州議会選、今年3月のジョホール州議会選で大勝した余勢を駆り、対立陣営の態勢が整う前に選挙に臨みたかった。

勝って政権の主導権を固めれば、汚職や資金洗浄の罪で公判中のザヒド総裁(元副首相)への司法追及を止められるとの計算も働く。首相は抵抗したが、党内基盤が弱く、主流派に押し切られた。

早期解散には理もある。万年与党だったUMNOは、18年5月の前回総選挙で当時のナジブ首相による政府系ファンド「1MDB」の資金流用疑惑が響いて敗れ、いったん下野した。

ところが寄り合い所帯の新政権の亀裂に乗じ、20年3月に連立組み替え工作で与党へ復帰。21年8月にはイスマイルサブリ氏を推して首相ポストまで取り戻した。新型コロナウイルス禍が峠を越えたいま、速やかに民意の審判を仰いで「選挙なき政権交代」の異常事態を解消するのは、民主主義国家として妥当に思える。(「マレーシア『選挙なき政権交代』の出口巡る権力ゲーム」参照)

表に示すように、総選挙はザヒド元副首相、ムヒディン前首相、アンワル元副首相がそれぞれ率いる政党連合が三つ巴(どもえ)を演じ、そこにマハティール元首相が新たに発足させた連合や地方政党などが絡む構図だ。主だったリーダーたちは、いずれもかつてUMNOで同じ釜の飯を食い、たもとを分かった面々である。

前回の総選挙はマハティール氏とムヒディン氏、アンワル氏が「汚職政治家を許すな」と共闘し、UMNOを政権の座から引きずり下ろした。今回はどうか。「立てる旗は同じでも、大同団結できない。政策の違いも分からない。何のための政権選択なのかがあいまい」と日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所の中村正志主任研究員は指摘する。

反UMNO勢力が指弾する汚職政治家の象徴がナジブ氏である。8月に禁錮12年と罰金2億1千万リンギ(約66億円)の有罪が確定した。ただし、総選挙に立候補はできなくとも、UMNOの勝利のカギを握るのはどうやら彼のようだ。

政府系ファンドを巡る汚職事件で有罪が確定したナジブ元首相は、最高裁での判決直後に収監されたが…(8月23日)=ロイター

「一時釈放は認められない」。マレーシア司法省は下院解散の直後、ナジブ氏に選挙応援を仰ぐため、UMNOが検討する特別許可申請を一蹴した。他方でUMNOは同氏の政治地盤を堅持しようとしている。来月5日の告示日に向けて、「代理人」を候補に立ててアブドラ国王から恩赦を得たあかつきに辞職させ、補欠選挙を経て同氏に議席を返すことや、あるいは同氏の長男を擁立するといった動きが報じられている。

不可思議な現象だ。政府系ファンドを財布代わりに使った揚げ句、首相経験者では初めて有罪判決を受けたナジブ氏。本来なら有権者の目からなるべく隠したい存在のはずだ。にもかかわらず、これほど重んじられる背景に、意外な人気復活がある。

首相を退陣後、ナジブ氏は地に落ちた自身のイメージの再生に取り組んだ。SNS(交流サイト)を主戦場に「ボスク」(マレー語で「私のボス」の意)と称するキャンペーンを展開した。第2代首相ラザクの長男、第3代首相フセインの甥(おい)という名門家の出身ながら、革ジャンを着て大型バイクにまたがる写真などを投稿して話題を振りまき、自分の政治的意見や対立陣営への批判も精力的に発信した。

それは「敵失」への鋭いカウンターパンチになった。ナジブ氏に取って代わったマハティール政権は、最重要閣僚の財務相に華人政党・民主行動党(DAP)のリム・グアンエン幹事長を起用した。華人財務相の就任は44年ぶりだった。また約180カ国が加入する国連の人種差別撤廃条約を批准しようとし、国内からの反対で断念した。

前回総選挙はマハティール氏㊥らUMNO出身の野党指導者たちが古巣を政権の座から引きずり下ろした(2018年5月10日)=ロイター

マレーシアは多数派のマレー系住民を優遇する「ブミプトラ(土地の子)政策」を国是に掲げる。マハティール氏は財務相人事や国連条約を多民族融和の象徴としたかったようだが、特権を奪われるのではとの不安を抱いたマレー系の反感を買った。同時にそれはナジブ氏への共感や同情を呼び起こし、いまではフェイスブックで460万人、インスタグラムも100万人のフォロワーを持つ。

南洋理工大(シンガポール)のジョセフ・チンヨン・リョー教授は「18年の総選挙で最悪の結果を招いたにもかかわらず、ボスク現象は彼自身だけでなくUMNOにも連鎖的に影響し、マラッカ州やジョホール州での勝利の触媒となった」と分析する。

来月の総選挙の焦点も、7割を占めるマレー系有権者の票の行方だ。かつてのUMNOは資金力と組織力を武器に、マレー票の圧倒的な受け皿として君臨した。しかしアンワル氏やマハティール氏、ムヒディン氏ら実力者が次々と離党すると、マレー票は彼らの新党にも分散するようになった。UMNO出身者たちが小異を捨てて大同につき、分散したマレー票を選挙協力によって糾合したことが、前回の政権交代をもたらした。

反UMNO陣営同士の選挙区の調整が進まず、相打ちが避けられない状況は、古巣を利する。UMNOには失ったマレー票を奪い返す好機だ。しかも憲法改正を受けて投票権年齢が21歳から18歳に引き下げられ、今回は有権者数が新たに620万人増え、総数を4割押し上げる。「SNSでマレー系の若者に浸透するナジブ氏人気は、UMNOにとってこれまで以上に有用な政治資産になる」と同志社大の鈴木絢女教授はみる。

独立後65年間でUMNOが野党だったのは2年足らずだ。有利な状況がそろうなか、民意の審判を経て名実ともに政権与党に復帰すれば、よく言えば政情の安定、悪く言えば汚職体質という元のマレーシア政治に収まるのか。おそらくそうではないだろう。

いまに至るマレーシア政治の原点は、1969年に200人の死者を出したマレー系と華人系の住民衝突事件だ。民族対立は若い独立国家の生存を脅かす。かつてのUMNOは議席数で突出した存在だったが、政党連合「国民戦線(BN)」を舞台装置にマレーシア華人協会(MCA)やマレーシア人民運動党(グラカン)、マレーシア・インド人会議(MIC)などの非マレー系政党と必ず連立を組んだ。ブミプトラ政策を堅持しつつ、少数派の華人系やインド系にも目配りし、多民族国家の安定を図る知恵といえた。

ところが最盛期の04年には計50議席を獲得したこともある非マレー系3政党は、DAPなど台頭した野党勢力に地盤を切り崩され、18年はたったの3議席と壊滅状態だ。UMNOが政権をたぐり寄せるには、昔以上にマレー票への依存を深めざるを得ない。

ブミプトラ政策を見直す動きは、他ならぬナジブ政権時代や、その前のアブドラ政権時代にもあった。だが下野の恐怖が骨身に染みたUMNOが、再びマレー票を失いかねない改革を進めることは、当面ないだろう。政権選択の緊張感をはらんだ、本物の民主主義へ脱皮しつつあるマレーシアだが、多民族国家の自画像に重ね合わせたとき、民族に基づくアイデンティティー・ポリティクスはむしろ強まるように思える。

=随時掲載
高橋徹(たかはし・とおる) 1992年日本経済新聞社入社。自動車や通信、ゼネコン・不動産、エネルギー、商社、電機などの産業取材を担当した後、2010年から15年はバンコク支局長、19年から22年3月まではアジア総局長としてタイに計8年間駐在した。論説委員を兼務している。著書「タイ 混迷からの脱出」で16年度の大平正芳記念特別賞受賞。』