台湾統一に習近平氏「37年の計」心の侵攻と迫る有事

台湾統一に習近平氏「37年の計」心の侵攻と迫る有事
大中国の時代 習氏の兵法①
https://www.nikkei.com/telling/DGXZTS00002640T21C22A0000000/

 ※ さわりだけ。

『985年、台湾・金門島をのぞむ福建省アモイ市の何厝村。冗談も交えながら「国共内戦」の激戦地となった浜辺を訪ね歩く人物がいた。32歳でアモイ市の副市長に抜てきされた習氏だった。

当時のアモイ市は広東省深圳市と並んで、中国初の「経済特区」に指定されたばかりだ。前年の84年には改革開放を進めた鄧小平も視察に訪れた。同時に台湾統一をうかがう前線基地という、政治目標を背負わされた要所でもあった。

若い習氏は着任後、台湾との融和を模索する。手本は父、習仲勲だった。

文化大革命で失脚した仲勲は78年まで、16年間に渡る屈辱の拘束に耐えた。名誉回復を遂げた後、取り組んだのが広東省の経済発展だ。深圳での経済特区プロジェクトを主導し、香港や台湾からの資本受け入れに力を入れる。

仲勲は広東での成功を足がかりに、中央政界への本格復帰の道を開く。間近で見たその苦労が、習氏の政治家としての原体験になった。』

『習氏を深く知るアモイ市台商協会の呉家瑩会長(62)は振り返る。「若い習氏は我々台湾の企業経営者とよく語り、誘致に懸命だった」

習氏は父の業績をなぞるように、福建省で台湾資本の取り込みに奔走する。「彼は実に多くの台湾人と付き合い、台湾を知り尽くした」。自身も90年代に台湾から石材事業で進出した呉氏は語る。

習氏の福建省での任期は17年に及んだ。95年の台湾海峡危機など中台関係は何度もこじれたが「どんなことになっても、みなさんの利益は守り抜く」と台湾経営者に約束して回ったという。現在、アモイの工業生産額の3分の1は台湾企業が生み出す。

独立反対派が増え、戦わずして台湾を取り込めるに越したことはない。ただ中国への警戒感が強まる中で、成功する保証はない。習氏が福建省に着任してから37年だ。備えは着々と進む。

2022年8月31日午前0時7分、福建アモイ港。中国民間の大型フェリー船「渤海恒通」は夜の海に出ると、ほどなく不審な動きを見せ始めた。

北東1500キロメートル先の山東省煙台に向かう。船が発する識別信号はそう告げていた。だが位置情報は真逆の南西を進み、16時間後に台湾海峡の古雷半島で速度を落とす。』

『高精細な衛星写真が捉えたのは、その海上で渤海恒通が船尾のタラップを開く瞬間だった。後ろに8台の水陸両用車が連なる。「民間船を使って戦闘車を輸送する訓練の様子だ」。新アメリカ安全保障センターのトーマス・シュガート氏は指摘する。

習氏が権力固めに生かした反腐敗運動と同様、動けば容赦ない。「武力行使の放棄を決して確約しない」。16日には習氏自ら強調した。いまでは超法規措置として、指導部の意向一つであらゆる民間物資とインフラが手駒に変わる。

台湾国防部の傘下、国防安全研究院で副研究員を務める王尊彦氏は警戒する。「中国の作戦は数万通りあるが、最も意識するのは『兵貴神速』と電子戦だ」。離島や包囲には目もくれず、軍民問わずかき集めた戦力で一気に台北を落とす。事が起きれば、台湾になすすべはないと王氏はみる。

習氏の3期目は27年まで続く。人民解放軍の創設100年にあたり、米軍が台湾侵攻能力を得るとにらむ年に重なる。』