モノ売りから電力事業者に変身した日本ガイシ

モノ売りから電力事業者に変身した日本ガイシ
NAS電池を絶滅危惧種と呼ばないで(上)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC213NB0R21C22A0000000/

(過去の投稿)「日本ガイシ」という会社…。
https://http476386114.com/2020/08/27/%e3%80%8c%e6%97%a5%e6%9c%ac%e3%82%ac%e3%82%a4%e3%82%b7%e3%80%8d%e3%81%a8%e3%81%84%e3%81%86%e4%bc%9a%e7%a4%be%e3%80%82/

『※ そう聞いても、あまり知らない人が殆んどじゃないか…。世間的には、あまり有名とは言えないからな…。

※ しかし、この会社は、その時その時の「社会状況」「経済状況」に応じて、収益の柱となる事業を見つけ、自らの姿を変えて、生き延びてきた「見本」みたいな会社なんだ…。

※ そういうことで、紹介しておく…。』

『自ら機会を創り出し、その機会によって自らを変えよ――。リクルート創業者の故・江副浩正氏は、かつて社員らにこんなメッセージを残した。リクルートとは縁もゆかりもないが、この金言を地で行くような企業がある。日本ガイシだ。同社はセラミックを電解質に使う大容量蓄電池「NAS電池」のメーカー。かつて電力会社から重宝された世界唯一の技術に頑なまでにこだわるが、この10年はいかんせん稼げなかった。苦悩の末にたどり着いたのが、NAS電池というモノ売り一辺倒からの決別。その先には自ら電力小売事業者に変身することで、新たな収益機会を創出するというメーカーらしからぬ悟りがあった。

岐阜県東部、人口約4万8000人の山あいの街、恵那市。今年4月、日本ガイシが75%、恵那市と中部電力子会社が12.5%ずつ出資する地域新電力の恵那電力(同市)が産声を上げた。市内10カ所の公共施設に敷き詰めた総出力1200キロワットの太陽光パネルで発電。62カ所の公共施設と同社工場に電力を供給している。

リチウムイオン電池に比べ大容量、長寿命
恵那電力は恵那市の電力需要の半分を賄う

恵那電力は供給量の10%を自然エネルギーで賄い、残りの90%は中部電力の小売り子会社から調達しており、恵那市の約半分の電力需要を担うようになった。一見、どこにでもありそうな地産地消型の新電力にみえるが、さにあらず。この電力ネットワークには陰の主役がいる。日本ガイシの専売特許ともいえる大型蓄電池「NAS電池」だ。

NAS電池は、電解質に同社十八番のセラミックを使い、負極にナトリウム、正極に硫黄を使った2次電池。硫黄とナトリウムイオンの化学反応で充放電を繰り返す。日中や土日の太陽光発電所の余剰電力を電池に蓄えたり、逆に曇天で出力不足に陥った時に放電したりする「調整役」を担う。

最大の特徴は1200キロワット時という容量の大きさだ。定格出力200キロワットで約6時間分の電気を充放電できる。最大のライバルである定置型リチウムイオン電池だと一般的に、同じ定格出力で3~4時間しか充放電できない。日本ガイシによると、キロワット時当たりのコストや製品寿命でもリチウムイオン電池に対し競争力があるという。一方で常温ではなく、加温しなければ稼働しない短所があるのも事実だ。

NAS電池の特徴はほかにもある。自然エネルギーの秒単位の変動にも追随できるレスポンスの良さだ。なかでも電力業界が一目置くのは、その時々でどれくらい充電、放電できるかが精緻に分かることだ。

「供給先に『あと何キロワット時の供給ができそう』ではなく、『供給できる』と確約できる2次電池はNAS電池くらい」と、恵那電力社長で日本ガイシエナジーストレージ事業部の村本正義管理部長は優位性を訴える。電気は需要と供給を常時一致させる「同時同量」が鉄則。それを実現する上でも発電所にとって頼りになる相棒といえる。

では、NAS電池の開発・製造がコアコンピタンスの日本ガイシがなぜ、新電力に進出したのか? そもそもNAS電池は、日本ガイシにとってどういう位置付けの事業なのか。そこには同社の苦闘の歴史がある。

昼夜の価格差を利用し電気代削減に貢献

日本ガイシの祖業は、社名にもある変電所や送電設備に取り付けられるセラミック製品の「碍子(がいし)」。戦前、超高圧・超高強度の碍子の国産化にいち早く成功し、日本で碍子のリーディングカンパニーとなった。戦後は電力需要の増大に合わせ、電力大手と強固な関係を築いた。

「水力(揚水)発電のように都市部でも電気をためて、需要が出れば発電するような技術はないものか」。1980年代、通商産業省(現経済産業省)と東京電力は充放電が自在にできる新たな「電源」の開発を模索。67年に米自動車大手フォードが基本原理を発明したNAS電池に注目し、セラミックに一日の長がある日本ガイシに声がかかった。

84年に東電との共同開発が始まり、日本ガイシはセラミックの電解質部材を完成させた。部材を電池メーカーに供給したが、電池メーカーは部材と電極をモジュール化してセルにする技術の確立に難儀した。東電が求める安全性や性能を満たせなかったことから、撤退する企業が相次いだ。

日本ガイシはセラミックの高精度な加工など独自技術を持つ(写真:吉田伸毅)

それならと、日本ガイシは電極も含めてオールインワンで電池を開発。送配電設備などでの実証試験でも98%の確率で需給調整に成功したことから、2002年に世界で初めてNAS電池の量産を始めた。ポスト鉛蓄電池として今や飛ぶ鳥を落とす勢いのリチウムイオン電池が、電力業界でまだ台頭していなかったころだ。

蓄電池というより、「ためる、放流する」を繰り返す水力発電のような新電源として一躍、注目株となったNAS電池。発送電設備に組み込んで需給調整に使われるようになったが、思わぬところで市場が広がった。工場や商業施設など電力会社の顧客だ。

蓄電池火災事故で暗転

2000年代、日本の総発電量の3割前後は原子力発電所になっていた。だが、原発は火力発電と違い出力の調整がごくわずかしかできない。需要動向にかかわらず発電しっぱなしで電気をどんどん出し続ける。東電と日本ガイシは、これを逆手に取った。

夜間、あふれてくる割安な電気をNAS電池で蓄電し、電気料金の高い昼間に放電することで「ピークカット」するビジネスモデルだ。東電がNAS電池とセットにした法人向け料金引き下げプランを打ち出すと、多くの顧客が飛びついた。主力の小牧事業所(愛知県小牧市)の生産量は尻上がりに伸び、09年には生産能力の上限に達した。

2000年代、小牧事業所では右肩上がりに出荷が増えたが、火災事故後に急変した(写真:吉田伸毅)

だが11年、日本ガイシは地獄に突き落とされる。NAS電池が顧客の三菱マテリアル筑波製作所(茨城県常総市)で火災事故を起こしたのだ。「運転を止めてください」。営業部隊は全国各地の顧客におわび行脚。活況を呈していた工場から従業員が消えた。技術開発から生産担当まで日夜、原因究明に追われた。

12年3月期の連結決算では電池事業で特別損失を計上、日本ガイシとして創業以来初の赤字に陥った。基本設計を一から見直し、大型蓄電池を構成する一本一本のセル(単電池)の耐熱・耐火用シートを三重にして防護力を高めるなどした。1年以上かけて対策品を開発し出荷を再開したが、その先に再び不遇が待っていた。

11年の福島第一原発事故だ。全国で原発の稼働ができなくなり、NAS電池を使って電気料金を引き下げるという勝利の方程式が崩れ去ったのだ。出荷再開後、アラブ首長国連邦のアブダビやイタリアなどで蓄電池を使った需給調整の実証試験向けに需要が出た結果、電池事業の売上高は13年3月期の1億円から16年3月期に262億円まで回復。しかし、こうした需要が一回りすると、国内の原発再稼働の遅れが響いて売上高は10億強~30億円前後と再び低迷。累積赤字は膨らんでいった。

他方、10年代半ばからは太陽光や風力など再生可能エネルギーが普及期に入った。出力変動を補う蓄電池の出番かと思いきや、市場はNAS電池を求めなかった。一体何が起きていたのか。

(日経ビジネス 上阪欣史)

[日経ビジネス電子版 2022年10月20日の記事を再構成]
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