中国共産党、新指導部の横顔 習氏の側近そろう

中国共産党、新指導部の横顔 習氏の側近そろう
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM2315D0T21C22A0000000/

『中国共産党の第20期中央委員会第1回全体会議(1中全会)が23日に北京市で開かれ、習近平(シー・ジンピン)総書記(国家主席)の3期目となる新指導部が正式に発足した。最高指導部を指す政治局常務委員には習氏を筆頭に7人が選出されたが、習氏をのぞく6人のうち5人を習氏の側近が占めた。中国の頂点を極めた7人の横顔をまとめた。(※のついた肩書は就任見通し)

【習近平(Xi Jinping、シー・ジンピン、69)党総書記=習派】

1強体制を確立 「毛沢東超え」狙う

父は中国共産党の革命の英雄で八大元老の一人である習仲勲氏。習氏は高級幹部の子弟が集う「八一学校」で中学まで学んだが、文化大革命で父は「反動分子」とみなされ迫害され、学校の教育も中断した。習氏も15歳になると、知識青年が農村に向かう「上山下郷」運動で陝西省延安市梁家河村で暮らした。

習氏は村で中国共産党に入党し、党支部書記を務めた。中国メディアの報道によると、習氏は後年「陝西は根、延安は魂」と語っており、同村は毛沢東思想の「大衆路線」を実践した自身の原点としている。

清華大学を卒業すると、河北省正定県や福建省、浙江省、上海市などの様々な地に赴任し、各地で将来の側近となる人物を増やしていった。当時の部下は現在「福建閥」や「浙江閥」と呼ばれ、3期目政権の中核を成している。台湾海峡に面する福建省では軍人との交流も深め、軍内で習氏に忠誠を誓う人脈の構築につなげた。

2012年の第18回党大会で党総書記・中央軍事委員会主席に就いた後は「反腐敗闘争」を通じて江派の幹部らを粛清した。同時に党や軍の組織改革を進め、自身への権力集中と個人崇拝を強化した。建国の父・毛沢東と並ぶ地位の確立をめざしているといわれる。

【李強(Li Qiang、リー・チャン、63)首相※=習派】

習氏の浙江時代の秘書 上海ロックダウンで批判も

習氏が浙江省党委書記として赴任した時代に2年半ほど党委秘書長として習氏のサポート役を務めた。そこで厚い信頼を得たといわれる。浙江省の生まれで、17歳から故郷・瑞安県で農機などを扱う労働者として働き始めた。その後、共産党に入り、たたきあげの役人として浙江省内の県や市で地道にキャリアを積んできた。

習氏が上海市から中央に転出してからは浙江省長、江蘇省党委書記と出世を重ねた。習政権が2期目に入った2017年10月の第19回共産党大会で中央政治局入りを果たし、最高指導部への登竜門の一つとみなされている上海市党委書記に就任した。

上海市党委書記としては2022年3月から約2カ月間、新型コロナウイルス対策のために上海市の事実上の都市封鎖(ロックダウン)を実施し、混乱の責任を問う声もあがっていた。

【趙楽際(Zhao leji、ジャオ・ルォージー、65)全国人民代表大会常務委員長※=習派】 

習氏父の陵墓を拡大、基盤固めに貢献

青海省で役人としてのキャリアを積み、2000年に当時最年少の42歳で省長に就任した。陝西省党委書記時代には貧困地域の視察に力を入れ「庶民派」と呼ばれた。習氏が党総書記となった2012年に党中央政治局入りを果たした。

陝西省時代には、習氏の父親で八大元老の習仲勲氏の故郷の墓を巨大な陵墓として建て直し、習氏と関係を近づけたといわれている。

習氏の1期目では中央組織部長を務めた。習氏の側近を北京市や重慶市などの要職に次々と起用する人事を推進し、政権固めを下支えした。中央政治局常務委員入りを果たした習氏2期目の政権下では、習氏の盟友といわれた王岐山氏に代わって中央規律検査委員会書記という要職を務め、習氏の「反腐敗闘争」の指揮役を担った。

【王滬寧氏(Wang Huning、ワン・フーニン、67)全国政治協商会議主席※=無派閥】

三代に仕える外交・内政のブレーン

江沢民(ジアン・ズォーミン)元総書記から習近平(シー・ジンピン)総書記まで3代にわたって仕える政治思想や外交・内政のブレーン。「三代帝師」の異名をもつ。

習指導部のもとで広域経済圏構想「一帯一路」や「中国の夢」を肉付けした。新型コロナウイルスの世界的流行後は中国の主張に合わない相手には威圧的な言動で威嚇する「戦狼外交」を提唱した。習氏の権威を高める宣伝を担ってきた。

「米国の時代はもうすぐ終わる。これからは中国だ」。党内でこう力説し、米国と対立を深める習氏の外交路線を支えてきた。

党内で「習指導部の対米強硬路線を敷き、米欧との対立を招いた張本人」として王氏への風当たりも強い。習氏の政治思想を現実路線に落とし込んできたとの評もある。

【蔡奇(Cai Qi、ツァイ・チー、66)党中央書記処書記=習派】

北京五輪を開催 福建・浙江閥の北京市トップ

習氏が浙江省党委書記だった時代に衢州市や台州市のトップを務めた。福建省三明市長時代も習氏が省党委副書記に就いていた時期であり、そこでも接点があった可能性がある。

2014年、蔡氏は習政権下で新設された中央国家安全委員会弁公室の副主任に抜てきされた。同委員会は主席を習氏が務め、国家の安全保障や治安を一貫して管轄する改革を担う組織だ。蔡氏は政権の中枢で、習政権が最重要視する改革を手掛けた。

2017年に北京市党委書記となった蔡氏は、22年の北京冬季五輪の組織委員会トップを務め注目を集めた。新型コロナウイルスが発生するさなかの五輪であり、習氏のゼロコロナ政策を維持しながら開催したことは習氏からの評価につながったといわれる。北京市政においては出稼ぎ労働者の集合住宅を真冬に取り壊した政策などが庶民から批判された。

【丁薛祥(Ding Xuexiang、ディン・シュエシアン、60)副首相※=習派】

上海から抜てき 習政権の「大番頭」

2007年に習氏が上海市党委員会書記に就いた後、習氏のもとで約半年間、上海市党委秘書長を務めた。期間は短かったものの、優秀な働きぶりで信頼を得たといわれる。習氏が国家主席になった2013年、中央に抜てきされた。

これまでは中央書記処書記・中央弁公庁主任・国家主席弁公室主任を兼ねていた。中央書記処書記や中央弁公庁主任は中国共産党や習政権、習氏に関する様々な業務を手掛けるポストで、あらゆる情報が集約される。丁氏は国家主席弁公室主任も任されており、習氏の信頼の厚い政権の「大番頭」だったといえる。

丁氏は東北重型機械学院でエンジニアリングを学んだ技術者出身。若いころは上海材料研究所という機関に約17年間務めた経験を持つ。人柄に関する情報は多くはないが、まじめで実務的、控えめな性格といわれる。

【李希(Li Xi、リー・シー、66)党中央規律検査委員会書記=習派】 

習氏ゆかりの地 整備で関係構築

陝西省延安市の党委書記に就いた際、習氏が15歳から7年間、知識青年が農村に向かう「上山下郷運動」で暮らしていた同市梁家河村を整備し、愛党教育の拠点とした。さらに村人の手紙を上海市党委書記や中央政治局常務委員となっていた習氏に届けるなどして習氏にアピールしたといわれる。李氏は習氏と共に働いた経験など直接の関係はないとみられるが、こうした実績を通じて習派の仲間入りを果たした。

習政権下に入ると、上海市勤務を経て遼寧省党委書記や広東省党委書記などの要職を歴任した。党委書記としては目立った政策はとらず、安全志向だったとの評価もある。今後は中央規律検査委員会のトップである書記として、習政権の看板である「反腐敗闘争」を主導することになる。

【関連記事】

・中国最高指導部、「習派」8割に 政治リスク増大懸念
・中国の強硬外交継続へ 仕切り役に王毅氏、台湾で緊張も
・習近平氏、長期政権へ側近登用 首相候補に李強氏

クリックするとビジュアルデータへ https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/cpc-national-congress-2022/ 

習近平氏、3期目実現への道 中国共産党大会が閉幕

ニューズレター https://regist.nikkei.com/ds/setup/briefing.do?n_cid=DSREA_newslettertop 』