劣勢ロシア、狂う歯車 焦り募らすプーチン氏

劣勢ロシア、狂う歯車 焦り募らすプーチン氏
編集委員 池田元博
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD173VM0X11C22A0000000/

『ロシア軍が先週、ウクライナ各地で大規模なミサイル攻撃を強行した。国際社会は対ロ非難を一段と強めている。プーチン大統領はウクライナ南部のクリミア半島とロシアを結ぶ「クリミア橋」で8日に起きた爆発への報復と主張するが、戦局の劣勢を隠すのが真の狙いとの見方も浮上する。

クリミアは「聖地」

「わが領土に対するテロ行為が続けば、ロシアの報復は厳しくなる」。プーチン氏は10日の安全保障会議で、クリミア橋の爆発はウクライナ特殊機関による「テロ行為」だと主張。報復措置としてウクライナのエネルギー、軍事、通信施設を標的に大規模な攻撃を実施したと述べた。

発射されたミサイルは100発超で、首都キーウ(キエフ)を含む各地に着弾。住宅や電力施設などが被害を受け、多くの民間人が死傷した。
8日、ロシア本土と結ぶクリミア橋。一部が崩落し、貨物列車の燃料タンクが炎上している=タス共同

クリミア橋は2018年に開通した。プーチン氏は14年のクリミア併合を政権最大の成果とみなしており、ロシアと結ぶ橋の存在は大きな政治的意味を持つ。爆発で一部が崩落したものの、軍事作戦への影響は軽微とみられる。それでも激しい空爆を加えたのは、「聖地」のクリミアに手を出すなというウクライナへの警告とされる。
国民からの懸念払拭の狙い

同時に、政権がより重視したと指摘されるのが国内への配慮だ。ロシア支配の象徴ともいえるクリミア橋の爆発は、ウクライナに侵攻したロシア軍の劣勢ぶりを国民に印象づけかねない。焦った政権がそれを払拭しようと、より強硬な報復に出たというわけだ。

戦闘が長引く中、プーチン氏はドネツク州などウクライナ東部と南部の4州のロシアへの「併合」を宣言した。兵員不足を補おうと、予備役を中心にした部分動員令も発令し、「20万人以上が軍に入った」(ショイグ国防相)という。だが、国連総会の決議では4州の「併合」を143カ国が非難した。ウクライナ軍の反撃は強まり、ロシアの占領地域は狭まっている。

ロシアを非難する決議案採択の結果を示すモニター(12日、米ニューヨークの国連本部)=AP共同

国内でも部分動員令などを受け、政権への不信が広がってきた。独立系世論調査会社レバダセンターによれば、ウクライナ侵攻後、80%台に上っていたプーチン氏の支持率は、直近で70%台に低下した。ウクライナ侵攻を巡る政権運営の歯車は大きく狂い始め、ロシア軍の苦境に「国民も気づきつつある」(英政府関係者)という。

トヨタ、日産も 外資撤退打撃大きく

市民生活でも、ロシア国民の不安や不満は募りつつある。日米欧による対ロ制裁などの影響で、実質国内総生産(GDP)は今年、来年と2年連続のマイナス成長が避けられそうにない。西側企業の完全撤収も相次ぎ、日本企業でも、トヨタ自動車、日産自動車などがロシアでの現地生産事業からの撤退を発表した。

モスクワ大学教授のナタリア・ズバレビッチ氏は「西側の対ロ制裁の影響はまだ本格化していないものの、外国の大手民間企業が撤退した打撃はかなり大きい」と言明。「自動車はほとんど買えなくなった。電子機器は価格が急騰し、家電製品の販売も落ち込んだ。市民の間ではとくに、手ごろで品質の良い家具を提供していた(スウェーデンの家具大手)イケアの撤退を惜しむ声が根強い」と話す。

閉店直前、買い物客が殺到したイケアの店舗(3月、モスクワで)=ロイター

もっとも、同氏は「国民は我慢強いし、ロシアでは公共の場で不満を訴えることは危険だ」と指摘。今のところ、経済苦境が大きな政権批判につながる可能性は小さいと分析する。
敗戦が改革につながった歴史

レバダセンターのレフ・グトコフ前所長も、国内では政権によるプロパガンダ、検閲等の情報統制、反体制派などへの弾圧が徹底されていると強調。現状では「プーチン氏に代わる人物はおらず、国を改善しようとする試みもない」と語る。

とはいえ、ロシアの歴史を振り返ると、日露戦争の敗北が第1次ロシア革命、第1次世界大戦での苦戦がボリシェビキ革命(十月革命)のきっかけになった。「敗戦はしばしば国内の改革や革命の導火線となる」(グトコフ氏)。ウクライナ侵攻の結果、ロシアが敗北するようなら、プーチン体制は大きく揺らぎかねないと指摘。政権が仮に総動員令に踏み切れば、「国民の間で敗戦ムードは一気に広がる」と同氏は予測する。

「追加の(動員)計画はなく、当面はその必要性もない」。プーチン氏は14日、カザフスタンでの記者会見で断言し、一部動員令などで表面化し始めた政権不信の払拭に躍起だ。
高まる社会の閉塞感

だが、ロシアによるミサイル空爆を受け、米欧はウクライナの防空能力向上など追加の軍事支援に動いている。ウクライナ軍のさらなる反転攻勢でプーチン氏が追い詰められ、将来的に戒厳令や総動員令の発令に踏み切る恐れはゼロではない。

2014年12月、ロシアのプーチン大統領(左)から「祖国功労勲章」を受けたアーラ・プガチョワさん(モスクワ)=タス共同

ロシアでは最近、国民的女性歌手のアーラ・プガチョワさんが夫とともにウクライナ侵攻を批判し、祖国を去った。ただでさえ、社会の閉塞感は増している。プーチン体制のほころびはすでに、少しずつ広がりつつあるようにもみえる。

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