中国と北朝鮮 「血で結ばれた同盟」は続いているのか

中国と北朝鮮 「血で結ばれた同盟」は続いているのか
樋泉克夫 (愛知県立大学名誉教授)
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/28206

『10月16日の開催目前になっても〝習近平軟禁説〟がまことしやかに流れる第20回中国共産党全国大会だが、習近平中国共産党総書記(国家主席)が同大会で前例のない政権3期目続投を果たし、毛沢東に匹敵するとも評価される権力と権威を手中に収めることが確実視されている。一方、東の隣国である北朝鮮では、金正恩朝鮮労働党総書記(最高指導者)は空前の頻度でミサイル発射を繰り返し、核実験実施の構えを隠さない。
政権3期目をほぼ手中に収めた中国の習近平とミサイル発射を繰り返す北朝鮮の金正恩。2カ国は「血で結ばれた同盟」を保ち続けるのか(代表撮影/AP/アフロ、Korean Central News Agency/Korea News Service/AP/アフロ)

 ――鴨緑江と豆満江の両河川を境にして国を接する中国と北朝鮮の両国では、共に最高指導者の強権振りがエスカレートするばかり。彼らの独裁の度合いが強まるほどに台湾、朝鮮半島のみならず東アジアの不安定化は増す。そこで、この地域の安全保障は「血で結ばれた同盟」で結ばれた両国の最高指導者の振る舞いに、否応なく、しかも大きく左右されることになる。

 一般に「血で結ばれた同盟」で形容される中国と北朝鮮の関係は朝鮮戦争(1950~53年)を機に成立し、現在に続いている。
中国人の北朝鮮への〝本音〟

 「血で結ばれた同盟」で思い浮かぶのが、朝鮮平安北道出身で1925年に広州で中国共産党に入党した張志楽(1905~38年)である。金山(キム・サン)の別名を持つ彼は、36年に朝鮮民族解放同盟代表として延安入りし、37年夏には延安の抗日軍政大学で物理・数学・日本語・朝鮮語などを教えていた。

 彼が語った人生の激動の軌跡は、米国人女性ジャーナリストのニム・ウェールズ(『中国の赤い星』(ちくま学芸文庫)を著したエドガー・スノーの前夫人)の手で記録され、『アリランの歌 ――ある朝鮮人革命家の生涯――』(岩波文庫 1987年)として出版された。そこには、張志楽が中国と中国人に抱いた素朴な感情が赤裸々に記されている。
――「中国では澄んだ川や運河を見たことがないのです。私たち朝鮮人は朝鮮の川で自殺するなら満足だというのですが、中国の川はきたなくて、そんな気になりません」と呟き、「自分たちがもうかるというのでなければ面倒を避けたがる中国人の性格を承知していた」と語り、「中国は無法律だ」と断じ、逮捕に来た官憲に対し無抵抗の中国人同志を前に「なぜあほうみたいにつっ立ってる? 卑怯者め! なぜ逃げないんだ?」「朝鮮人ならこんな時絶対にあきらめない」と罵声を浴びせ掛ける。
 「私の苦労の幾分かは朝鮮人である自分が中国人の中に立ち交じっているところから来るという感じを捨て去ることができなかった。中国の共産主義者にしてもナショナリズムの傾向は持っているのである」と、中国の共産主義者が宿す「ナショナリズムの傾向」を指摘することを忘れない。共産主義者であったとしても、やはりインターナショナルというわけではなかった。
 張志楽を変わることなく援助した兄は、中国に向かう彼を「われわれ朝鮮人はすべて理想主義者であり、理想主義は歴史を創り出す。中国人はあまりにも拝金主義者であるためキリスト教民族とはなれず、やがてその物質主義のため亡びるであろう」と諭した――

 ここに見られる張志楽の激語の多くは、もちろん彼の個人的体験に強く裏打ちされているに違いない。だが、当時の朝鮮半島の多く人々が共通して持った素朴な感情を含んでいるようにも思える。

 時代は下って2010年5月のこと。黒河、孫呉、ハルピン、瀋陽、営口、大連など旧満洲の主要都市を周った旅行の最後の目的地である旅順で、筆者は偶然にも中国旅行中の金正日一行に遭遇したことがある。』

『その日の昼過ぎから、旅順市内の幹線道路は厳重に封鎖され身動きが取れない。夕闇が迫る頃、歩道に幾重にも列をなした野次馬の1人となった。やがて目の前を数輌の大型ベンツを守るかのように、60数台で編成された車列が猛スピードで駆け抜けた。

 「北の将軍様」の一行滞在によって、旅順中心部は半日以上も交通マヒ状態を余儀なくされたわけだ。やがて車列が去り、人だかりが崩れ出す。隣の中国人が「厄介な国の厄介な人がやって来た。大型ベンツに納まっていたのがイチバン厄介な人だ」と話してくれた。

 どうやら旅順の一般市民からするなら、北朝鮮は「厄介な国」で、その国を統べる金正日は「イチバン厄介な人」でしかなかったことになる。

 たしかに張志楽と筆者が接した旅順の野次馬との間には70年以上の隔たりがあり、この間に、この地域を取り巻く国際環境は激変している。だが張志楽の思い、あるいは名も無き中国人の「厄介な国の厄介な人」との呟きからは、「血で結ばれた同盟」は浮かび上がって来そうにない。
幻影か、外交的な装いか

 「血で結ばれた同盟」を生み出すに至った朝鮮戦争を米国の中国政策の失敗の延長線上で捉えた『ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争(上下)』(文春文庫 2012年)で、著者のデイヴィッド・ハルバースタムは金日成に対する毛沢東の印象を、次のように描いている。
――「毛はけちな軍功?しかないこの自信過剰な若造が高飛車な態度で自分をあつかい、(駐中国ソ連大使に向かって)公然と自分を代弁したことが不愉快だった」。
「金日成に再教育が必要なことは明らかだった。中国が軽蔑しきっている金日成に中国部隊を任せることなどありえなかった」――

 「自信過剰な若造」が金日成を指していることは言うまでもないが、「中国が軽蔑しきっている」ことを知ったなら、金日成が次の措置を取ったことは十分に想像できる。つまり「朝鮮労働党政治局と軍内の親中派は高度な機密部署から念入りに排除された」。

 中国側で「血で結ばれた同盟」に疑義を唱えたのが、沈志華(1950年生まれ。華東師範大学周辺国家研究院長)である。彼は『最後の「天朝」(上下)』(岩波書店、2016年)で「血で結ばれた同盟」は「神話」に過ぎないとまで断言する。

 毛沢東は自らが打ち立てた共産中国の心臓部である北京を守るために朝鮮半島に対する影響力保持を狙い、朝鮮労働党内での親中派拡大に腐心した。それは、彼の立場からするなら、東方の守りを固めようと朝鮮半島へ強い関心を持ち続けた中国歴代王朝の皇帝に倣ったとも考えられる。

 だが、同書の「朝鮮民族の参加がなければ、満洲事変以後(特に初期)における中国共産党の指導する武装抗日運動はなかったと言ってもよい」との指摘に従うなら、金日成が毛沢東に対して「高飛車な態度」で応じたことも想像可能だ。中国共産党に貸しはあっても借りはないと考え、自ら指導する朝鮮労働党内の親中派を毛沢東の手先を見なし、金日成が毛沢東に強い警戒感を抱いたとしても、あながち不思議ではないだろう。

 こう見ると、どうやら「血で結ばれた同盟」は発足当初から幻影に過ぎなかった。少なくとも双方の対立を包み隠そうとする外交的装いではなかったか。』

『因みに中国共産党欽定の毛沢東伝でもある『毛沢東伝(1949-1976)(上下)』(中共中央文献研究室編、中央文献出版社、2003年)では、朝鮮戦争の部分は時系列に沿った記述に終始し、「血で結ばれた同盟」を称える雰囲気は薄い。むしろ同じ時期に中国全土で展開された反革命鎮圧闘争に力点が置かれていると感じた。
それぞれが突き進む一強体制

 「血で結ばれた同盟」の今後を考えた時、中国は習近平の、北朝鮮は金正恩による、一元的強権支配が当分は揺らぎそうにない現況が大前提となるだろう。

 習近平からするなら、台湾問題はもとより、朝鮮半島をめぐっても、米国との対決姿勢は必然的に先鋭化の方向に進まざるをえない。それは覚悟のことだろう。

 そこで米国を牽制するためにも、韓国を巻き込みながら朝鮮半島に対する影響力の行使を強めるはず。であればこそ核とミサイルによる軍拡のみならず米国との直接交渉を含め、金正恩による〝独断専行〟は断固として避けたい。

 一方、金王朝を存続させ、祖父以来の悲願である朝鮮半島の統一を進めるため、金正恩にとっては核とミサイルによる国防体制確立が急がれる。金正恩は米国を交渉のテーブルに引きずり出すことを目的に核とミサイルの開発に政策資源を傾注していると、一般に伝えられる。だが、それだけが金正恩の狙いとも思えない。

 あるいは金正恩はウクライナの現状から、超大国に接した小国にとって「核」の果たす役割の大きさを痛感したのではないか。太平洋を隔てた遙か東の超大国だけが敵ではなく、国境を西に接する超大国もまた自らの存立を脅かす可能性を秘めている敵であることを、祖父である金日成が身を以て教えている。

 ミサイル発射の頻度を逆算するなら、それが習近平一強体制のさらなる強化を確約する第20回中国共産党全国大会に向けた、北朝鮮なりの意思表示と読み取ることも可能だ。

 もちろん中朝両国関係は北朝鮮の核保有をめぐるチキンレースを水面下で展開しながら、今後とも「血で結ばれた同盟」を内外に誇示し維持されることだろう。だが、ここで両国共に最高指導者による一強体制が一層強大な方向に突き進んでいるという事実を忘れてはならない。

 内外に難問の山積するわが国にとって選択肢は限られている。当面は歴史的経緯を踏まえ、予断を持つことなく、現実を冷静に直視することしか打つ手はなさそうだ。』