北朝鮮を利した自壊説 失われた28年の深層

北朝鮮を利した自壊説 失われた28年の深層
政治部長 吉野直也
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA100ZP0Q2A011C2000000/

『北朝鮮の弾道ミサイル発射が2022年に入ってから22回に達した。年間発射数で最多を更新し続けている。

バイデン米大統領との直接対話や米国の武力行使はないと安心して軍事技術を革新しているように映る。

北朝鮮危機が顕在化したのは28年前の1994年だ。2月の細川護熙首相とビル・クリントン米大統領との会談で、クリントン氏が日本側が想定していなかった開戦準備を伝え、協力を要請した。

会談後、日米双方は貿易不均衡が主題だったと発表し、クリントン氏の要求を伏せた。日本は数カ月後、米側に「日本は憲法上できない」と回答した。

今なら安全保障関連法で日本の存立が危ぶまれる「存立危機事態」と認定すれば、集団的自衛権を行使できる。

94年は北朝鮮の核開発凍結を定めた米朝枠組み合意により、米側は空爆を見送った。その後、北朝鮮は合意をほごにして弾道ミサイル発射や核実験をした。

そのたびに国連安全保障理事会で制裁の議論が盛り上がり、時間の経過とともに冷める。現在もこの循環にある。

なぜクリントン政権は北朝鮮を空爆しなかったのか。米側が踏みとどまった理由は「手を下さなくても北朝鮮は早晩、自壊する」との分析だった。この自壊説がそれ以降の政策に影を落とし、北朝鮮を利した。

北朝鮮危機の直後、金日成主席が死去した。北朝鮮は混乱なく94年に金正日氏、2011年には金正恩(キム・ジョンウン)氏に権力を継承した。

北朝鮮の後ろ盾である中国が公表する国防予算は30年で40倍ほどに増えた。名目国内総生産(GDP)も40倍を超す伸びだ。当時は現在とは比較にならない水準の国力で、米国の視界には入っていなかった。

元米政府高官は「1994年に北朝鮮を空爆しても中国は手出しできなかっただろう」と振り返る。

ブッシュ(第43代)米大統領の一時期は北朝鮮政策が機能した。2002年の一般教書演説でイラン、イラク、北朝鮮を「悪の枢軸」と名指ししてイラクへの攻撃に踏み切った。

北朝鮮は本気でおびえた。米国の同盟国である日本に接近するため、一部の拉致被害者らの帰国につながったと受け止められた。

ブッシュ政権の05年、マカオの銀行、バンコ・デルタ・アジア(BDA)を北朝鮮の資金洗浄の懸念先に指定。米国内の金融機関にBDAとの取引も禁じた。

BDAは北朝鮮関連の口座を凍結し、主要国の金融機関は北朝鮮との取引に慎重になった。北朝鮮は追い込まれた。

ブッシュ政権末期の08年に北朝鮮の口車に乗り、テロ支援国家指定を解除した。「北風」から「太陽」路線に転じたのである。功を焦って失敗した典型だ。

トランプ米大統領も当初は武力行使の選択肢を持ち、金正恩氏を慌てさせた。結局、首脳会談に応じ、時間を無駄にした。

北朝鮮は9月下旬以降の弾道ミサイル発射について戦術核の実戦使用を模擬した訓練だったと明らかにした。

米軍の原子力空母や米韓軍の中枢施設に核攻撃をしかける作戦を試した様子がうかがえる。ミサイルで日米韓を狙う能力を着々と高めている。

先例にならうならば北朝鮮政策は軍事と経済両面で制裁を強化するのが有効だ。順法意識がない北朝鮮に国際社会の非難や警告は無力に等しい。いわんや自壊説という楽観論とは決別しなければならない。

政治部長 吉野直也

政治記者として細川護熙首相から岸田文雄首相まで15人の首相を取材。財務省、経済産業省、金融庁など経済官庁も担当した。2012年4月から17年3月までワシントンに駐在し、12年と16年の米大統領選を現地で報じた。著書は「核なき世界の終着点 オバマ対日外交の深層」(16年日本経済新聞出版社)、「ワシントン緊急報告 アメリカ大乱」(17年日経BP)。ツイッターは@NaoyaYoshino

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