それでも政府・日銀が金利を引き上げない理由

それでも政府・日銀が金利を引き上げない理由
島澤 諭 (関東学院大学経済学部教授)
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/28033

『9月22日、政府・日本銀行は、1998年6月以来24年ぶりに円安に対応した円買いドル売りの為替市場介入を断行した。この介入により、円ドル相場は午後4時台1ドル=145.90円から約5時間後には140.40円と3.8%の円高となるなど、一定の介入効果はあったように見えた。

政府・日本銀行による市場介入により、円は一時140円台に上昇した(ロイター/アフロ)
 しかし、9月26日現在、円ドルレートは144円台後半まで円安が進むなど、再度1ドル=150円を目指した動きになりつつある。

 主要先進国がインフレ退治のために軒並み金利を引き上げる中、政府・日銀が金利の引き上げを頑なに拒否し、米国による為替操作国認定のリスクを冒してまで円安局面での介入という戦後日本では稀有な対処に及んだ。理由は、故安倍晋三元首相の悲願であったデフレからの脱却、インフレ率2%達成というよりはもっと深いものがあるのではないか。
 つまり、金利を引き上げたくても引き上げられないのだ。

日本国債の最大の保有者は日銀

 なぜ、政府・日銀は金利を引き上げられないのだろうか。

 金利引き上げが日本経済に与える影響は広範囲に及ぶが、最大の懸念は国債価格暴落、つまり、国債バブルの破裂にある。』

『現状では、国債の保有主体は、日本銀行44.3%を筆頭に、生保等19.6%、銀行(預金取扱機関)14.7%となっている。
(出所)日本銀行「資金循環統計」 写真を拡大

 つまり、日銀は世界最大の日本国債保有主体であり、金利引き上げによる国債バブルの破裂の影響を最悪の形で受けることになる。

 ただし、金利引き上げにより国債価格が暴落したとしても、あくまでも含み損でしかなく、日銀が日本国債を満期まで保有すれば形式上問題はない。しかし、日銀が満期償還まで含み損を抱えている事実に変わりはない。マーケットがこの含み損をどう評価するかに日銀の信用力は依存することになる。

 仮に、マーケットが問題なしとすれば日銀の信用力は維持され、したがって日銀の信用力に裏打ちされる日本円の信用力も維持される。

 反対に、マーケットが日銀の国債関連の含み損について、日銀のバランスシートを著しく棄損し、日銀の経営基盤に大きなマイナスだと評価すれば、日銀の信用力は地に落ちる。そうすれば日本円の価値も地に落ち、日本経済と日本国民は激しいインフレと激しい円安に見舞われる。
金利を引き上げても引き上げなくても結果は同じ

 このとき、金利を現状から据え置いても、円安によるインフレの高騰が生じるのに対して、金利を引き上げても日銀が大量に日本国債を保有することから生じる財務悪化を懸念してインフレが生じる。面白いことに、金利を引き上げても引き上げなくても結局同じ結果が生じていることに注意が必要だ。

 結局、日銀が金利を引き上げても引き上げなくても、現状の世界経済環境が続くのであれば、日本経済はいずれハイパーインフレとハイパー円安のリスクに直面する。

 つまり、黒田東彦日銀が現状のインフレに対して金利を引き上げないということは、結果が同じならば、円安に対しては米国に睨まれない程度に要所要所の介入で対応し、世界的なインフレに対しては、資源価格や食料品価格への政府補助金で対応してもらう方がましと判断したのだろう。インフレはともかく、円安であれば海外に展開する企業からの利益還流による税収増が見込めるのに対し、円高では元々国際競争力が落ちてしまっている日本企業の競争力がいっそう低下して景気も冷え込むだけだからだ。』

『このように、黒田日銀は金利を引き上げた場合のリスクの蓋然性の方が大きいと判断した可能性が高い。

利上げで早まる財政破綻

 現在、国家予算は新型コロナ対応もあって、2020年、21年と140兆円を超え膨張した。22年度当初予算は107.6兆円だが、自民党の茂木敏充幹事長は30兆円規模の補正予算を提言していることもあり、最終的には140兆円近くの予算規模と引き続き拡張的な予算となるだろう。

 一方で、大規模な歳出を支えるのは国債の発行だ。新発債と借換債を含めて毎年200兆円を超える国債を発行しても、低金利で推移しているのは、先にも見た通り、日銀が事実上の財政ファイナスを行っているからだ。この結果、日銀が保有する国債からの受取利息は1兆1233億円である上、国税を加えると1兆2584億円を国庫納付金として政府に還流させている。

 現状では、政府がさらに歳出規模を拡大させ、日銀が引き続き財政ファイナンスを行ったとしても、問題なさそう見える。しかし、金利を引き上げた場合、この好循環が断たれてしまうどころか、日銀のバランスシートが含み損のせいで棄損するのに加えて、政府の財政破綻を早めるリスクまで抱えてしまう。

 黒田日銀はインフレ率を口実に金利政策の変更は時期尚早としているが、実はそもそも何が起きようとも金利の引き上げは困難なのである。内外金利差の拡大で円安になれば、「円安のデメリットももちろんあるが、輸出が伸びるメリットが上回る」と言ってみたり、インフレ率が2%を達成したら「コアインフレ率はまだ2%に到達していない」と言ってみたり、今後も金利引き上げの要求が高まったとしても、結局、あれこれ理由を付けてそれに応じることはないだろう。

  なぜなら、日銀が安心して金利を引き上げられる環境が整うのは、政府債務の削減が進んだ時であり、そのためには短期的にはバラマキ的な財政運営からの脱却、中長期的には社会保障制度の抜本的な改革という2つの政府財政赤字の根源を退治することが必要だからだ。

 政府も政治も高齢者の票を大切にするあまり、日本経済や若者の未来を大きなリスクに晒している点を反省すべきだろう。』