「プーチン離れ」迫られた習近平氏、その意外な手駒

「プーチン離れ」迫られた習近平氏、その意外な手駒
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK180Y10Y2A910C2000000/

 ※ 今日は、こんなところで…。

『「(ウクライナ危機に関する)あなた方(中国)の疑問や懸念を理解している」「きょうは我々の立場を詳細に説明する」。ウズベキスタンのサマルカンドでの7カ月ぶりとなる対面式の中ロ首脳会談の冒頭、ロシア大統領のプーチンは、これまでなら考えにくい、へりくだった言葉を口にした。

中国国家主席の習近平(シー・ジンピン)への最大限のリップサービスに至るまでには、複雑な駆け引きがあった。まず重要なのは、習が2年8カ月ぶりとなる外国訪問の最初の国に選んだのが、意外にもカザフスタンだった経緯だ。

ヌルスルタンに到着した中国の習近平国家主席を出迎えるカザフスタンのトカエフ大統領(9月14日)=ロイター

上海協力機構(SCO)首脳会議が開かれるウズベキスタン入りに先立つカザフ訪問は、短時間だが国事訪問という重みある扱いだった。視線の先にあったのは翌日の中ロ会談である。

ロシアがウクライナ侵攻に踏み切った後、カザフスタンとロシアの関係は険悪になっていた。米欧の対ロシア制裁を巡り、カザフスタン大統領のトカエフが、カザフは決して制裁の抜け道にならないと言明し、プーチンの強い怒りを買った。

ロシア・カザフの確執も利用

ウクライナ侵攻前の1月、カザフで大規模デモが発生した。トカエフは旧ソ連の6カ国でつくる軍事同盟「集団安全保障条約機構」(CSTO)に平和維持部隊の派遣を要請し、ロシア軍を主力とする約2000人の兵力がカザフに入った。ロシアに借りを作った格好だが、情勢はウクライナ侵攻の開始で一変する。

ロシアのプーチン大統領と中国の習近平国家主席(9月16日、サマルカンド)=AP

ロシアの圧力にあらがうには、遠方の米欧との協力だけでは心もとない。隣の大国、中国からの助力が必要だった。習は微妙な力学を十分承知しながら、あえてカザフに足を踏み入れた。中央アジアでの影響力を確保する手駒としてカザフを使ったのだ。

「カザフスタンが国家の独立を維持し、主権と領土を守ることを断固、支持する」。トカエフとの首脳会談で習が口にした言葉は突出していた。カザフが誰から国家の独立を守るというのか。もちろん念頭にあるのはロシアだ。

カザフはウクライナと同様にロシア系住民を抱える。さらに関係が悪化すれば、プーチンは、ウクライナ侵攻と同じロシア系住民の保護を理由に介入してくる。「ロシアがウクライナで勝てば、次はカザフかもしれない」という恐怖感は強かった。

「プーチンと再び会う習主席が、わざわざ事前に来訪したのは、カザフ外交の大勝利だ」。カザフの国際政治学者は、中国を盾にロシアからの圧力を軽減できる利点を強調する。かたや習は中国の利益を考えていた。「言外にプーチンをけん制する手段としてカザフを使ったと解釈できる」。カザフ側では、そう受け止められた。

習にとってカザフは「一帯一路」構想につながる「新シルクロード経済帯」を2013年に打ち出したゆかりの地だ。トカエフは北京語言学院(現在の北京語言大学)に留学経験がある。中国語も堪能で気脈を通じやすい。習はカザフとの鉄道、運輸、天然ガスパイプライン、水利などでの協力を進めた。

ロシアとの間合いをはかる習の言動には、「プーチンの侵略戦争」に距離を置かざるをえなくなった中国の外交・安保戦略の大きな変化がにじむ。2月4日、北京での中ロ首脳会談で「無制限の友好」をうたい、「北大西洋条約機構(NATO)拡大反対」を共同声明に盛り込んだ。その中ロ蜜月は、曲がり角を迎えていた。

ウクライナ東部の戦況はロシア劣勢も伝えられている。ぐずぐずしていれば手遅れになる。これが今回、習が微妙な「プーチン離れ」を選択せざるをえなかった理由でもある。

10月16日からの中国共産党大会でトップ3期目を狙う習にとって、長期政権を担う盟友プーチンのウクライナ侵攻は悩みの種だった。会うのはやぶさかではない。米国との長期的な対決を覚悟する中国は、軍事大国のロシアとの協力を今後も維持したい。

だが明確な主権侵害であるウクライナ侵攻を中国が全面的に後押ししている、という悪いイメージからは早く脱却する必要があった。中国は、習の尊厳を保つ仕掛けが欲しかった。

それがウクライナ侵攻に関する中国の懸念について、プーチンが自ら説明するという儀式だ。中国側は、習が直接、ウクライナに触れたという公式発表は避ける一方、プーチンが国際社会にわかる形で語るなら、双方ともメンツを保てる。

プーチンは不愉快だろう。勢力圏とみなす中央アジアで中国がやりたい放題なのも苦々しい。それでも、ウクライナ情勢が不利だけに、対面による中ロ首脳会談の実現が最優先課題だった。一定の譲歩はしかたなかった。

習氏とプーチン氏の差別待遇

中国は用意周到だった。異例のプーチン発言を引き出した隠れた功労者は、習側近で中国序列3位の栗戦書(リー・ジャンシュー)である。全国人民代表大会常務委員長の栗は9月7日、ウラジオストクでプーチンと会談している。

9月7日、ウラジオストクでプーチン氏と会談する栗戦書・中国全国人民代表大会常務委員長=AP

「世界的に注目された(サマルカンドでの)中ロ首脳会談について、ウラジオストクを含め、様々な調整が事前になされていた」。SCO首脳会議参加国の関係者は、栗による重要な前さばきを指摘する。

習はカザフ同様、ウズベキスタンでも大歓迎された。9月14日夜、SCO首脳会議のためサマルカンド空港に到着した習を盛大に出迎えたのは、会議のホスト役であるウズベキスタン大統領のミルジヨエフ、首相のアリポフらだった。

サマルカンドに到着した習氏を出迎えるウズベキスタンのミルジヨエフ大統領(9月14日)=AP

対照的だったのが、プーチンの出迎えである。大統領は不在で首相のみ。明らかな差別待遇だ。しかもSCO首脳会議の集合写真を撮影した際も、ミルジヨエフは、まず習に丁重に尊敬の念を表明し、次にプーチンに「どうぞ」と話しかけた。この順番も意図的だ。

中央アジア各国は、表向きの態度表明とは別に、同じく旧ソ連に属していたウクライナへの全面侵攻に衝撃を受けていた。プーチンにとってサマルカンドは針のむしろだったに違いない。

インド首相のモディはロシアとの首脳会談で「今は戦争のときではない」とストレートに忠告した。「私たちは全てをできるだけ早く終わらせたい」と返したプーチンの言葉は、ウクライナ側に責任を押しつける容認しがたいものだが、早期停戦に触れたことは驚きである。

中国メディアは、中ロ首脳会談でのプーチンの微妙な発言を中国国内で公式に報じていない。ウクライナ侵攻以来の7カ月、一貫して「プーチン寄り」の報道を続けてきたため、いきなり急転換すれば中国国民が面食らう。慎重なコントロールが必要だった。

だが、中国外務省の影響力が強い一部中国メディアは、モディの忠告を紹介している。プーチンが置かれた厳しい環境を紹介し、中国の外交姿勢の微妙な変化もにじませる。そういう意図があった。

2年8カ月ぶり出国で巻き返し

各国首脳が勢ぞろいして歓談したSCO首脳会議の夕食会の場に習の姿はなかった。確かに中国共産党大会を前に新型コロナウイルス感染症にかかるのを恐れていた。一方、悪役が定着したプーチンとにこやかに談笑し、そのツーショット写真が世界に出回るのを避けた面もある。

中国は事後のフォローも忘れなかった。サマルカンドでの中ロ首脳会談に同席した中国外交トップの楊潔篪(ヤン・ジエチー)は、わずか4日後、中国福建省でプーチンに極めて近いロシアの安全保障会議書記であるパトルシェフと戦略的安全保障を巡って協議した。

注目点は、中国側が、先の中ロ首脳会談と一転して、ウクライナに関する意見交換を明言したことだ。福建協議に習側近で公安相に昇格して間もない王小洪が同席したのも目をひく。ロシアとの安全保障協力は軍事に重点を置かず、警察部門が仕切る治安面の協力、「テロ対策」が主体だと中国側は言いたい。

それでも、衣の下から鎧(よろい)がのぞく。パトルシェフも治安を担うロシア連邦保安庁(FSB)出身だが、プーチンと一心同体の側近としてウクライナ侵攻に立案の段階から深く関わっている人物なのだ。

習は、ウクライナ危機の収拾で中国が力を発揮するチャンスを虎視眈々(たんたん)と狙っている。見通しはまだ立たない。それでもプーチンとの会談で、中国が懸念を示している雰囲気を世界に宣伝できたのは大きい。楊潔篪もパトルシェフとの協議で、中国が今後、担える役割を探ったはずだ。
プーチン氏と握手するインドのモディ首相(9月16日、サマルカンド)=ロイター

中国外交は、新型コロナ感染症が最初に発見された湖北省武漢での事実隠蔽と初動の遅れによって長い間、劣勢に立たされた。それ以来、2年8カ月ぶりだった習の外国訪問は、巻き返しへの第一歩となるのか。もう少し見極める必要がある。(敬称略)

中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。
習近平帝国の暗号 2035

著者 : 中澤 克二
出版 : 日本経済新聞出版
価格 : 1,980円(税込み)

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益尾知佐子
九州大学大学院比較社会文化研究院 教授
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分析・考察

中国にも地政学的な視点はあります。今日、中国から見て海域は米国中心勢力が良からぬことをたくらむ危険地帯。その分、ユーラシア大陸の陸域は自国の勢力で固める必要があります。中国はこれまでロシアに遠慮し中央アジアの主導権を二分してきましたが、今回の外遊で明確に踏み出しました。上海協力機構は中国中心組織に変質しています。

カザフスタン、ウズベキスタンは中央アジアの大国で、両国の指導者にとっても中国からの支持は国内的に大きな得点です。逆に習近平も、今回、彼に勲章を授与してくれた両国の大統領に「習近平主席は真の偉大な領袖だ」と言わしめたことで、中国人民に彼の世界的威光を示せることになりました。
2022年9月21日 20:27 (2022年9月21日 20:31更新)

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上野泰也
みずほ証券 チーフマーケットエコノミスト
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別の視点

中国にとっては寝耳に水で、ある意味迷惑でもある、ロシアのウクライナ侵攻。この暴挙についてプーチン大統領が公の場で習近平国家主席に対する事実上の釈明を余儀なくされるに至ったのは、中国の外交上の勝利と言えるだろう。それに加えて、記事でも触れられているが、中央アジアにおける中国の影響力を格段に強めることができたのも、中国からすれば大きな成果である。英紙フィナンシャルタイムズは9月17・18日付けで、中央アジアにおいて中国とロシアの利害は対立すること、ウクライナ侵攻をうけてカザフスタンなどはロシアへの警戒心を強めたこと、中央アジアにおける中国の影響力は増し、ロシアに対して優位に立ったことを報じていた。
2022年9月21日 13:06』