英 チャールズ新国王 連合王国の訪問終える

英 チャールズ新国王 連合王国の訪問終える
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220917/k10013822001000.html

『イギリスのエリザベス女王の死去に伴って即位したチャールズ新国王が16日、西部ウェールズを訪れ、地元の人たちに連帯を呼びかけました。チャールズ新国王はこれで国王として、連合王国イギリスを構成する4つの地方すべてを訪れたことになります。

96歳で死去したエリザベス女王の長男、チャールズ新国王は16日、カミラ王妃とともに西部のウェールズを訪れ、中心都市カーディフの大聖堂で行われた、女王の追悼式典に参列しました。

皇太子として長年「プリンス・オブ・ウェールズ」 の称号を持っていたチャールズ新国王は、式典のあと、外で待ち受けた多くの市民と握手やことばを交わしていました。

さらに地元の議会を訪れ「ウェールズの人たちは、私と悲しみを共有してくれている。母にとってウェールズは特別な地だったし私はその献身的な手本にならう決意です」と英語とウェールズ語であいさつし、連帯を呼びかけました。

チャールズ新国王は10日に首都ロンドンで王位継承が宣言されたあと、12日に北部スコットランド、翌13日には北アイルランドを訪れ、これで連合王国イギリスを構成する4つの地方すべてを訪れたことになります。

一方、この日は、君主制に反対する人たちが沿道で「私の王ではない」と書かれた紙を掲げるなどして抗議する姿も見られました。

チャールズ新国王はこのあとロンドンに戻ってウェストミンスターホールに安置された、女王のひつぎの前に立ち、弔問に訪れた人たちとともに追悼の時間を過ごしました。
UAEの最大都市ドバイで女王ゆかりの豪華客船で弔問
UAE=アラブ首長国連邦の最大都市ドバイでは、エリザベス女王ゆかりのイギリスの豪華客船「クイーン・エリザベス2」で弔問が受け付けられ、大勢の市民や観光客が訪れています。

日本にも何度も寄港し、世界中で愛されてきたこの客船は、エリザベス女王が1967年に進水させたことで知られ、現在は客船としての役割を終え、ドバイのふ頭でホテルとして使用されています。

現地のイギリス大使館がホテルのロビーで記帳を受け付け、16日訪れた人たちは、「女王陛下ありがとう」などと書かれたメッセージや花束を手向け、女王をしのんでいました。

オーストラリア人の観光客の女性は、「ニュースで弔問を受け付けていると聞きつけ、やってきました。女王陛下は70年以上にわたって尊敬を集め、偉大なことを成し遂げたと思います」と話していました。
英議会 中国代表団の弔問拒否 英メディア伝える
イギリスメディアによりますと、イギリス議会は中国政府の代表団がエリザベス女王のひつぎが安置されているウェストミンスターホールに弔問に訪れることを拒否したとしています。

ウェストミンスターホールは、イギリス議会の上下両院の議長が共同で管理していますが、公共放送BBCはホイル下院議長が中国の代表団のホールへの弔問を拒んだと伝えています。

新疆ウイグル自治区の人権問題などをめぐって、イギリスと中国の関係は悪化していて、イギリスが去年3月、自治区の当局者らに対し資産凍結などの制裁を科したことへの対抗措置として中国は、イギリスの一部の議員や団体などを対象に制裁を科すと発表しました。

これを受けて、イギリス議会の上下両院の議長は去年9月、中国の大使が議会議事堂に立ち入ることを禁止する方針を示すなど、制裁の応酬が続いていました。

一方、19日にウェストミンスター大聖堂で行われる女王の国葬に関してはイギリス政府は外交関係がある国の首脳に招待状を出していて、中国政府は参列者を検討していると伝えられています。
弔問までの時間 22時間超の見通し 英政府発表
エリザベス女王のひつぎが安置されているウェストミンスターホールに弔問に訪れる人たちの列は日増しに伸びていて、イギリス政府は16日、並んで待機する時間が22時間を超えるとの見通しを発表しました。

エリザベス女王のひつぎは14日から首都ロンドンのウェストミンスターホールに安置され、一般の人による弔問が夜通し行われていて、その列は日増しに伸びています。

イギリス政府は16日夜、日本時間のけさ早くには、弔問のため列に並んで待機する時間が22時間を超えるとの見通しを発表しました。

列の最後尾は、ウェストミンスターホールからおよそ7キロの地点にある公園の中まで続いていますが、訪れた人たちは警察官や警備員の呼びかけに従い整然と列を作って、ゆっくりと歩みを進めていました。

列に並んでいた女性の1人は、「女王に敬意を表するためには『20時間待て』と言われても待ちます」と話していました。

また8歳の女の子を連れた女性は、「本当なら学校に行かせる日ですが、歴史を学ぶ意味でも重要だと思い一緒に来ました」と話していました。』