それでも脱原発に進むドイツに欧州諸国は怒り心頭

それでも脱原発に進むドイツに欧州諸国は怒り心頭
山本隆三 (常葉大学名誉教授)
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/27937

『9月5日、ドイツ・ハーベック副首相兼経済・気候保護相(緑の党)は、現在稼働している3基の原発を計画通り今年末に停止し脱原発を実行すると表明した。ただし、緊急時に備えて2基のみ来年4月まで待機状態にすることも発表した。
(Animaflora/gettyimages)

 ドイツは福島第一原発事故後に脱原発を決め、徐々に原発の閉鎖を進めてきた。2011年に19.5%あった原発による発電比率は今6.6%まで下落しているが、脱原発を実行すれば石炭、天然ガスなどの発電用燃料消費を増やすことになる。

 コロナ禍からの経済回復に伴うエネルギー需要増の中で、昨年ロシアが欧州向け天然ガス供給量削減を開始したことで、欧州はエネルギー価格上昇による危機に見舞われた。2月24日のロシアによるウクライナ侵略により、エネルギー危機はかつて欧州諸国が経験したことがないレベルまで深まり、多くの欧州市民は未曾有と呼んでよいエネルギー価格と消費者物価上昇に直面している。

 エネルギー危機に直面した欧州諸国は、化石燃料消費量削減と価格抑制に必死だが、そんな中で脱原発を行うドイツには怒りの声が上がっている。欧州メディアで引用され、400以上リツイートされたスウェーデンの緑の党の党員のつぶやきは次だ「もしドイツが自国のエネルギー安全保障に責任を持たないのであれば、スウェーデン政府にバルト海の送電線を切断するように提案したい。連帯は誰にも傷を負わせない限り成立する」。

 ドイツは再エネからの余剰電力を輸出しているが、再エネからの電力では国内需要を満たせない時には、近隣諸国から輸入せざるを得ない。スウェーデンは水力と原発によりそれぞれ発電量の44%、30%の安定的な電力を得ているドイツへの電力輸出国だ。

 最新の世論調査ではドイツ国民の約8割が脱原発の中止を支持していた。世論にも逆らい、欧州内で怨嗟の声が巻き起こるのも分かっていた筈なのに、なぜドイツは脱原発を行うのだろうか。エネルギー環境政策に関する主要閣僚を握る緑の党の成り立ちも影響している。
変わるドイツの世論

 福島第一原発事故後2011年秋に行われた英国BBCによる日本を含めた主要国の世論調査では、ドイツのみにおいて即座の原発閉鎖支持が過半数になった。世論の動向を受け、当時のメルケル政権は22年末に脱原発を行うことを決め、徐々に原発の閉鎖を進めた。しかし、ロシアの侵略によるエネルギー価格高騰の影響を受ける国民の間では、今年末の脱原発を中止し継続利用を求める声が徐々に高まった(ドイツの脱原発が世界に迷惑をかけるこれだけの理由)。

 8月に発表された調査では、78%が来年夏までの原発の利用を、67%が5年間の利用延長を支持している。脱原発を党是とする緑の党の支持者の中でも原発の継続利用支持が61%に達した。ただし、緑の党では長期に亙る原発利用の支持は7%に留まっている。原発の新設については、国民の中で依然意見は分かれ、賛成41%、反対52%となっている。

『ドイツの世論が大きく原発継続利用に傾く背景には、高騰を続ける天然ガス価格がある。欧州諸国の脱ロシア産化石燃料に対抗し、ロシアは欧州の脱ロシアの先手を打ち天然ガス供給量の削減を加速している。

 8月31日からはドイツに直接天然ガスを輸送するノルド・ストリーム1パイプラインを停止し供給量を一段と絞っている。そのため、欧州での天然ガス価格は高騰を続け、8月の平均価格は日本向け液化天然ガス(LNG)価格の3.5倍に達している(図-1)。
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 欧州連合(EU)27カ国平均の今年7月の電気、ガス料金は、対前年同月比それぞれ31%、54%上昇した。エネルギー価格は、消費者物価指数(CPI)にも大きな影響を与え、9.8%の上昇を引き起こした。

 図-2が欧州主要国と日本のエネルギー価格とCPI上昇率を示している。エネルギー価格抑制が欧州諸国には喫緊の課題だ。
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緑の党が主導する脱原発

 ドイツの連立政権の中で、緑の党はエネルギー、環境政策に関連する主要ポストを握っている。緑の党出身のハーベック副首相兼経済・気候保護相とレムケ環境・自然保護・原子力安全・消費者保護相は、今年3月に脱原発政策の見直しについて議論し、計画通り脱原発の実施を決めた。

 しかし、その後ロシアが欧州向け天然ガス供給の削減を加速したことから、原発からの電力供給がなくても冬を乗り切れるか検討するストレステストを7月から実施した。その結果が判明する直前の8月下旬、やはり緑の党出身のベアボック外相は、インタビューで脱原発に関し訊かれ次のように答えている「原発が天然ガスの問題を解決するとは思わない。脱原発のため既に多額の支出を行った。これを打ち捨てることは狂気の沙汰であり、原発の継続使用は最終的には高く付く。少しの期間、利用を継続すべきと主張している原発支持の人たちは、新増設も望むようになる」。

 なぜ原発抜きで冬の需要期を乗り切れるのか、なぜ高く付くのか、この説明では釈然としない。ストレステストの結果を受け、ハーベック経済・気候保護相は9月5日、脱原発を予定通り実施すると次の通り発表した。

 「ドイツの電力は高い安定供給のレベルにある。ドイツには十分なエネルギーがある。ドイツは電力輸出国であり、欧州電力網を構成している。最悪の場合の備えとして、送電管理者は大口需要家向け供給と輸出の中止を推奨している。原子力エネルギー法で定められている脱原発に固執する」

 原発の閉鎖を進めてきたドイツでは、工業地帯を抱える南部において電力供給が不足する事態となり、一方北部では主として風力発電設備からの電力が余る状況が生じている。南北間の送電線建設に時間が掛かっているので、南部で電力不足が生じる事態に備え南部の2基の原発を来年4月まで予備力として稼働可能な状態にしておくことも発表された。』

『渇水により周辺国で発電量が低下し、南部において電力輸入ができない事態もありえると考えてのことだろう。運転再開に必要な時間は1週間程度とされている。

 原発を動かせば、発電用化石燃料は不要になり、高騰する化石燃料市場には助けになる筈だが、緑の党の大臣たちはそれを認めない。1980年に設立された緑の党は、反原発運動を源流としており脱原発を目的とする党だ。脱原発政策を放棄すれば党の存続を左右する事態になると大臣たちは考えたのだろう。だが、周辺国を含め世界は大きな迷惑を受ける。
周辺国はどれだけの迷惑を受けるのか

 ドイツでは2011年に17基あった原発の閉鎖が進み、現在稼働している3基の設備容量は合計約400万キロワット(kW)。今年1月から9月14日までの発電量は230億キロワット時(kWh)、全発電量に占めるシェアは6.6%(図-3)。
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 仮にドイツが来年1年間原発の継続利用を行うと、年間の発電量は325億kWhになる。この発電をLNGで代替すると必要な量は、430万トン。輸入石炭で代替すると1030万トン必要になる。

 ドイツは既に、天然ガス貯蔵設備のフル能力の89%まで備蓄を積み上げている。年間消費量の2.4カ月分に相当する。冬場の需要量は大きく増えるものの、LNGの輸入も年末から始まり供給面での不安は小さい。しかし、脱原発の結果、ドイツは化石燃料を追加で購入することとなり、需給関係を悪化させ、さらなる価格上昇を引き起こすことになる。

 ドイツは電力の純輸出国だが、主として風力、太陽光の再生可能エネルギーによる発電量を消費できない時に周辺国に輸出し(周辺国でも需要がない時には出力を制御している)、再エネからの発電が不足する時に輸入を行っており、いつも電気を輸出できる状態ではない。脱原発により、周辺国からの電力輸入も増えることになるが、その発電を化石燃料で行う国もでてくるだろう。

 原発継続利用による天然ガスの節約量は、ドイツ国内よりも国外で大きくなるとの予測も送電管理者により行われている。影響は国外のほうが大きい。欧州委員よりも批判が出ている。
ドイツに対する怨嗟の声

 フランス出身のブルトン欧州委員は、7月にドイツは3基の原発を継続利用すべきと発言していたが、ドイツのハーベック経済・気候保護相の脱原発決定の発表後にドイツ政府と面談し、その後記者会見を行った。委員は、エネルギー生産のためできることは何でもするのが、全ての国の責任であると指摘した。その上で、ベルギーの脱原発の延期を歓迎するとコメントし、この冬を乗り切るために、能力を持つ国は何でも行うことが極めて重要であり、それが連帯の本質と述べた。 

 正にドイツに対する批判としか思えない。欧州議会議員からも、「天然ガス価格が急騰しているのはドイツが買い漁っているからだ。他のEU加盟国を痛みつけている」と非難するコメントが出ている。』

『EUでは、ガスが不足した時に相互に助け合う連帯制度に関する協定が2国間で行われているが、ドイツの周辺4カ国、ベルギー、オランダ、ポーランド、ルクセンブルクは、ドイツとの2国間協定の交渉を拒否したと報じられている。ガス事業者への補填が面倒という理由とされているが、本音は異なるのかもしれない。

 ドイツの脱原発により迷惑を受けるのは、欧州だけではない。日本も無縁ではない。
さらに上がる日本の電気料金

 日本の7月の石炭とLNGの輸入価格は、円安もあり、前月からそれぞれ14%、24%上昇した。前年同月比の約3.8倍と2.3倍だ。欧州との比較では、まだ相対的に安価と言えるが、それでも発電の燃料費だけで、石炭でもLNGでも1kWh当たり約17円になる。

 今の電気料金では発電事業者は大きな赤字を抱えることになるので、これから電気料金の上昇が予想される。ガス料金も同じく値上がりする。そんな中でドイツが化石燃料の追加調達に乗り出せば、LNGにも石炭にも価格上昇圧力が強まる。

 このエネルギー危機の最中でも自分たちの党が拠り所とする脱原発の主張を曲げず、世界に迷惑をかけることも厭わない緑の党を支持する欧州市民はいるのだろうか。脱原発の中止は狂気の沙汰と外務大臣は述べたが、狂気の沙汰は脱原発ではないのだろうか。』