強権・習近平氏の「魔法の杖」

強権・習近平氏の「魔法の杖」、中国憲法も縛る新規約
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK123IU0S2A910C2000000/

『9600万人超の中国共産党員が守るべきおきてである党規約は、強権を手にした党総書記兼国家主席、習近平(シー・ジンピン)が操る「魔法の杖(つえ)」でもある。建国の父、毛沢東の命日だった9月9日に開かれた政治局会議は、10月16日から開催する第20回共産党大会で党規約を再び改正する方針を決めた。

改正案の全容は未公表だ。ただ、習近平外交思想、習近平法治思想、習近平生態文明(環境)思想、習近平経済思想など、あらゆる分野で個人名を冠した思想の研究センターが続々と立ち上がった以上、思想面で何らかの突破があるのは間違いない。

まず、党大会直前で緊迫するこの時期、規約改正の方向性を示す発表があったこと自体に意味がある。思い返すべきなのは、前回2017年10月の党大会から、18年3月にかけての経緯だ。

習近平思想、領袖、そして党主席

「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」という個人名を冒頭に置いた思想の明記は、元国家主席の江沢民(ジアン・ズォーミン)や前国家主席の胡錦濤(フー・ジンタオ)にはできなかった離れ業だった。

憲法改正案の投票結果が映し出された人民大会堂のモニター(2018年3月11日、北京)=三村幸作撮影

それでも17年10月段階で、最長2期10年までだった国家主席の任期制限を撤廃する憲法改正にいきなり踏み込むという正確な予想は、内外ともほぼなかった。とはいえ毛沢東、鄧小平に続いて個人名を書き込んだ以上、習が主導する新時代が、簡単に終わるはずはない。22年党大会も超えて続くという強い予感はあった。

中国では「中国共産党がまずありき」だ。党が全てを決める。これが大原則である。その上で中国という国家が存在する。選挙という政権選択手段がある民主主義国家とは全く逆になる。

上下構造は、中国共産党員が守るべき党規約と、国家と国民のあり方を示す中国憲法の関係にも当てはまる。党規約がまずあり、その上で憲法が存在する。原則に関わる重大な党規約変更があったなら、憲法も必然的に改正される理屈になる。17年もそうだった。

では今回の党規約改正は、憲法の再改正まで伴う重大な内容なのか。論点は幅広い。まず中国語で16文字にもなる長たらしく、覚えにくい思想の表記について、個人の権威を明確にする「習近平思想」などと簡略化するのか。

党規約改正を予告した発表文には、わずかなヒントがある。「第20回党大会の(習による)報告で確立される重大な理論的な観点と、重大な戦略思想を党規約に書き入れる」としたのだ。これは党中央=習による指導強化と一体である。

既に新時代の思想が明記されているなかで、あえて新たな「重大な戦略思想」を盛り込むという。それは、習がトップとして3期目に入るために必要な思い切った措置を示唆している。

憲法再改正まであるのか

もうひとつは、習の党内呼称に関して、毛沢東を思わせる「領袖」と位置付けるのか、である。これは4月、広西チワン族自治区の会議報告で、習を指す「核心」への忠誠について「永遠に領袖をいただき、領袖を守り、領袖に従う」という表現をとって以来、大きな話題になった。

ただ、最近は新たな動きに乏しかった。21年11月の「第3の歴史決議」は、習時代の成果が、鄧小平の業績を超すような雰囲気さえ醸し出した。これを具体的な呼称で示すのかは大きな焦点だ。

現行中国憲法の前文には、党中央委員会主席(党主席)だった毛沢東を党の領袖と明記している。習の名を冠した思想も、毛沢東思想、鄧小平理論の後に並べた。もし、現トップを領袖に格上げし、その考え方を明確に習近平思想とするなら、憲法を再改正してもよい理屈になる。
習近平国家主席は、共産党規約に続き、憲法にも個人名を書き込む改正に成功した

もっとわかりやすいのは、習を毛沢東に倣う党主席に格上げした場合だ。党主席は毛の終身の地位だった。そのときは、強まった権威を何らかの形で憲法でも体現する必要がある。

廃止された党主席が復活すれば、総書記職は党主席の下で党内事務を統括する格下のポストとなる。その際、逆に問題化するのは、国家主席の任期制限を撤廃した18年の憲法改正部分だ。

この改正は、総書記、国家主席、中央軍事委員会主席の3ポストを「三位一体」で運用するところに本旨がある。想定していない党主席の復活で総書記の位置付けを下げるなら大前提が崩れる。

習が党主席と国家主席、中央軍事委主席を兼任すればひとまず問題は出ない。だが、あまりに権力が集中しすぎており、次世代の指導者らを本格的に育成すべきだとの党内世論に逆らうことになる。この声に応えるとすれば、23年以降のどこかの時点で国家主席を別の人物に譲る選択肢が出てくる。

憲法改正案の投票をする習近平国家主席(2018年3月、北京の人民大会堂)=三村幸作撮影
習ではない格下の人物が国家主席になるのに、任期制限がなく、終身さえ可能というのは論理矛盾だ。それなら18年の改正部分を白紙に戻し、再び任期を制限するのは理にかなう。しかし、党主席制度の復活は、党規約が厳しく禁止している個人崇拝につながり、大きな組織改正も伴う。ハードルは相当高い。

習の名を冠した指導思想は、既に21年9月から全国の小学校の教室で子どもらにたたきこまれている。教材は「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想 学生読本」だ。だが、5年前の党大会で突如、登場した政治的産物だけに、中身はいまも曖昧だ。

習には毛沢東のような自著、論文が豊富にあるわけでもない。乱立の感もある思想研究センターで、上からハッパをかけられて無理やりひねり出しているのが実態だ。毛沢東思想や、「黒猫・白猫論」に代表される鄧小平理論のように自然に確立されたものではなく、人工的なにおいがする。

思想研究センターの立ち上げが他分野より遅れた経済分野は、特に迷走が目立つ。今後の国民経済を左右する「習近平経済思想」は注目の的だ。今年6月には「習近平経済思想学習要綱」も出版された。

中国国務院(政府)系列で党中央宣伝部が管理する経済紙、経済日報の最新の論評も「習近平経済思想が中国経済をリードする」と持ち上げ、所得の格差解消に向けた「共同富裕」(皆が豊かに)という文字が躍っている。

一方で「共同富裕は一気に達成できるわけではない」と釘(くぎ)を刺している。実現の程度は場所によってデコボコがあってよいという。「『平均主義』に陥ってはならない」「長期的に実現すべき共同富裕というテーマの難しさ、複雑さを理解すべきだ」とも強調した。

「平均主義なら、共同貧困になりかねない」という党内からの批判に配慮しているのだ。習主導で一時強調された「資本の無秩序な拡張防止」という先鋭的な言葉も見当たらない。習近平経済思想の根幹は、ぼけてしまっている。

2年8カ月ぶりの国外で外交思想強調

そうしたマイナスを補う手段になるのが、本日14日からの外国訪問である。習が国外に出るのは、湖北省武漢で新型コロナウイルス感染症が発生・まん延して以来、実に2年8カ月ぶりだ。

目的は新時代10年の外交成果のアピールである。まず13年9月、広域経済圏構想「一帯一路」につながる新シルクロード経済圏を現地演説で打ち出したカザフスタンを国事訪問する。

2月4日、北京で会談した中ロ首脳=スプートニク・ロイター

その足で上海協力機構(SCO)首脳会議のためウズベキスタン入りし、ロシア大統領のプーチンやインド首相のモディとも会談する方向だ。習近平外交思想の中身を醸し出せれば、党大会に向けて弾みがつく。

習は、明確な形で自らの思想を示し、領袖という呼称を獲得できるのか。既に党規約の再改正確定まではたどり着いた。強権を固め、トップとして3期目を狙う手段として魔法の杖を握り、ふるおうとしているのだ。中国的な表現なら、手にしたいのは如意棒だろう。西遊記の主人公、孫悟空が持っていた何事も自由自在になる武器だ。

確かに習の魔法は、この10年間、政敵を排除する選択的な「反腐敗」という名の汚職追放運動で威力を増してきた。それでも、あくまで魔法である以上、いつかはとける。限界があるのだ。結果として「意のごとく自由自在に」となるのかは、最後まで予断を許さない。(敬称略)

中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。』