エリザベス女王、変革期の英国で存在感 最長在位70年

エリザベス女王、変革期の英国で存在感 最長在位70年
英フィナンシャル・タイムズ前編集長 ライオネル・バーバー氏
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB091Q00Z00C22A9000000/

 ※ 虹が二本、かかったそうだぞ…。(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220909/k10013810241000.html『女王の死去が発表される直前の8日午後、ロンドンにあるバッキンガム宮殿の上空には2つの虹がかかりました。』)

『英国の女王エリザベス2世が8日、滞在先の英北部スコットランドのバルモラル城で死去した。96歳だった。分断と経済混乱の時代で、英国の国家としての連続性を象徴した唯一無二の存在だった。

在位は70年余りで高祖母のビクトリア女王を超え、英国の君主として最長だった。長男のチャールズ皇太子が新国王に即位した。

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ほかの国王の時代を生きたことがない多数の英国民にとって、女王は安心をもたらす存在だった。第2次世界大戦期と現代との最後のつながりの一つでもあった。チャーチル元首相と同じく、消えることのない足跡を英国史に残した。

体力が衰え、背中の曲がった女王は今週、最後の公務としてリズ・トラス氏を招き、新首相に任命した。首相任命はロンドンのバッキンガム宮殿で実施されるのが伝統だったが、医師団の進言でバルモラル城に変更された。不吉な予兆ではあった。

1952年2月に25歳で即位した女王にとって、トラス氏は自身に仕えた15人目の首相となった。チャーチル、マクミラン、サッチャー、ブレア、キャメロン、ジョンソンの各氏など、首相が入れ替わる一方、唯一変わらないのがエリザベス2世だった。

スコットランド独立に反対する姿勢をのぞかせはしたが、これを例外として、政治を巡る考えは胸の内にしまっていた。英王室ジャーナリストのクライブ・アービング氏の言葉を借りれば、ほとんど不可知な存在であり続けた。それが権威の源泉だった。

BBCとともに、王室は英国のソフトパワーの2本柱を形成する。エリザベス2世は70年間にわたり、英国の顔であり、英連邦を率いた。英連邦に自発的に加盟する56カ国の多くは、かつて大英帝国が支配した。

英王室の威光は薄れたが、いまも思わぬ場所で威厳をみせている。女王の生涯を描いた米動画配信大手ネットフリックスのドラマシリーズ「ザ・クラウン」の大ヒットだけが理由ではない。

中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席は2015年、国賓として英国を訪問した際、王室馬車に女王と同乗したがった。馬車はダイヤモンドとサファイアで飾り、ニュートンにひらめきを与えたリンゴの木の一部を車体に用いるなど、英国の歴史を凝縮していた。

エリザベス2世は、趣味である馬の飼育と競馬を通じ、アラブ諸国の君主らと特別な関係を築いた。その一人がアラブ首長国連邦(UAE)を構成するドバイ首長国の独裁的な指導者、ムハンマド首長だ。首長は女王のお気に入りである英国のニューマーケット競馬場を頻繁に訪れていた。

女王は時に、荘厳な儀礼の世界から踏み出し、英国の政治に欠かせない役割を担った。最たる例が11年のダブリン訪問だ。英君主として100年ぶりにアイルランドを訪れたのだ。

英領北アイルランドで数十年にわたった流血の紛争に終止符を打つ「ベルファスト合意」を補強するため、当時のキャメロン英首相が女王に訪問を求めた。

1979年にはカトリック系の過激派、アイルランド共和軍(IRA)が女王のいとこのマウントバッテン卿を暗殺する事件があった。それでも女王は、アイルランドにおける過去の英国の行為を公式に謝罪する芯の強さを見せた。それだけではない。その後、IRAの指導者を務めたマーティン・マクギネス氏と握手をしてみせた。

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女王は歴代の首相と内閣の「知恵袋」だった。その政治感覚にほとんど狂いはなかったが、例外は1997年、チャールズ皇太子(当時)のダイアナ元妃が亡くなった際の対応だった。国民に広がる悲しみに、王室はなかなか反応しなかった。しびれをきらしたブレア首相(当時)が「国民のプリンセス」に哀悼の意を表し、王室はようやく後に続いた。

英王室の将来への疑念が生じる事態は避けられない。実際には最近、皇太子だったチャールズ新国王へ公務の移譲が進められていた。新国王は、国民の税金でぜいたくな暮らしをするメンバーを減らす王室の「縮小」を約束してきた。

まず対象になったのが、女王のお気に入りの息子と言われていたアンドルー王子だ。女王自ら、21年に軍籍を剥奪し、王室からの支援を取りやめた。王子は、児童買春の罪で起訴された米富豪、故ジェフリー・エプスタイン元被告との関係を巡るスキャンダルに巻き込まれていた。

さらに、女王の孫のヘンリー王子とメーガン妃が称号を返上し、米カリフォルニア州に移住した。2人は王室内の人種差別について告発していた。ヘンリー王子はこの一件で、新国王に次いで王位継承順位が第2位だった兄のウィリアム王子との亀裂を深めた。

王室内の軋轢(あつれき)が女王のストレスになっていた事実は疑いようがない。政界の緊張も女王の負担になった。英国の欧州連合(EU)からの離脱の是非を問う16年の国民投票の後、激しい政治上の対立が起きた。それからの6年間で4人の首相が官邸の主になった。

トラス氏を新首相に任命したバルモラル城での最後の公務は、国内の分断を越え、幅広い敬意を女王にもたらした無私の義務感を物語っていた。女王の逝去は、巨大な空白を残した。
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滝田洋一
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ひとこと解説

コロナに襲われロックダウン(都市封鎖)となった2020年春。自宅待機を余儀なくされ、不満を募らせた英国の人々に寄り添い、女王は「私たちは再会できるでしょう(We’ll meet again.)」と励まされました。第2次世界大戦を想起して国難に立ち向かうよう、静かに訴えたのです。FTは女王の存在を「危機の時代の団結を体現した(acting as a unifying figure at times of crisis)」と振り返ります。英国民は名状し難い喪失感に襲われていることでしょう。でも新国王の下で立派に国難に立ち向かうところを見せてください。直面する難局は我々も同じなのですから。(再掲)
2022年9月9日 7:02 (2022年9月9日 15:27更新)

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菅野幹雄
日本経済新聞社 上級論説委員/編集委員
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分析・考察

トラス新首相を任命してわずか2日後の逝去とは、本当に驚きです。まだ元気そうな表情の写真が報じられましたが、文字通り最後の最後まで英国民のために公務に力を振り絞っていたのですね。英国は喪失感とともに、亡き女王への深い尊敬の念を改めて感じているのではないでしょうか。

70年という信じられない長期にわたり、英国と世界の戦後を見届けた女王陛下にも浮き沈みがありました。ダイアナ妃の件で批判が高まり、王室内での様々な波乱も人々の記憶に刻まれています。それでも深い慈愛で英国民に寄り添い続け、高い人気を回復した。その貢献はかけがえのない女王の遺産です。安らかに天に召されるよう、お祈りしたいです。(再掲)
2022年9月9日 5:18 (2022年9月9日 15:31更新)

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高橋徹
日本経済新聞社 編集委員・論説委員
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分析・考察

2016年に逝去したタイのプミポン前国王(70年4カ月)の在位期間を3カ月前に抜いたばかりです。トラス新首相任命時の元気そうな様子から、フランスのルイ14世(72年3カ月余り)をも抜いて史上最長を更新するものと思い込んでいました。

本来、ある種の特権的な一族・人物を奉る君主制度と、すべての人間を平等とする民主主義制度は相いれないはずです。そこに議院内閣制を導入し、民意次第で権力の所在が移ろう政党政治家とは別に、永続性の高い王室が国民の象徴として振る舞う体制は、国家のダイナミズムと安定を両立させる「発明」でした。エリザベス女王はまさにその体現者でした。
心からご冥福をお祈りします。(再掲)
2022年9月9日 6:40 (2022年9月9日 15:28更新)』